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第105話 迷走!場所選び大作戦 〜デュオキャン Ⅲ〜


第105話 迷走!場所選び大作戦 〜デュオキャン Ⅲ〜



午前11時少し前。

メイと詩音を乗せたプジョー208は、緩やかな坂道を登りながら、憧れの麓高原キャンプ場の脇を走っていた。


「……ねえ、ここから入るんじゃない?」


詩音が助手席から看板を指差す。


「みたいだね」


メイは頷きながらウインカーを上げ、ゆっくりと場内の敷地へと車を滑り込ませた。


──麓高原キャンプ場。


静岡県富士宮市と山梨県南巨摩郡身延町にまたがる、毛無山のふもとに位置するキャンプ場。

その最大の魅力は、何といっても目前にそびえる雄大な富士山。


遮るもののない草原が広がり、標高830メートルの高原には清々しい風が吹き抜ける。

東京ドーム五つ分にも及ぶ広大なフリーサイトは車の乗り入れも可能で、荷物の搬入も楽々。


“自由”をテーマにしたこのフィールドは、人気アニメ『ゆるキャン△』のモデル地としても知られ、多くのキャンパーたちを惹きつけてやまない。


未舗装の道をガタゴトと進むと、正面に小さな木造の建物が見えてきた。

キャンプ場の入り口にある、ドライブスルー式の受付所だ。


メイはプジョーを窓口に寄せ、停車させて窓を開ける。


「こんにちは〜」


受付の男性スタッフが笑顔で声をかけてきた。


「こんにちは。予約した平瀬です」


「はい、お二人でのご利用ですね。料金は4,000円になります」


支払いを済ませると、スタッフは場内マップを手渡しながら続けた。


「麓高原キャンプ場は初めてですか?」


「あ、はい。初めてです」


「では、簡単にご案内しますね」


スタッフは地図を指し示しながら、ゴミの分別や水場の位置、トイレの場所などを丁寧に説明してくれた。


「それでは、ごゆっくりお楽しみください」


「ありがとうございます」


メイは軽く会釈し、再びアクセルを踏んでプジョーをゆっくりと場内へと走らせた。


未舗装の道は細かな起伏が続き、プジョー208 GTiの車体が大きく揺さぶられる。

スポーツタイプ特有の硬めの足回りが、でこぼこ道ではなかなかの主張を見せていた。


「うわぁ、けっこう揺れるねぇ」


助手席で身を揺らされながら、詩音が苦笑いする。


「こういう時はスポーツタイプ、しんどいんだよ」


メイも体をユサユサと揺らされつつ、慎重にハンドルを握り続ける。


やがて、売店やレストハウスの横を通り過ぎると、前方がパッと開けた。


視界の先に広がるのは、草原のキャンプサイト──。


広々とした原っぱに、色とりどりのテントがぽつぽつと立ち並んでいる。

その向こうには、裾野までくっきりと伸びる巨大な富士山の姿。


ただし、山頂から上の部分は、大きな雲にすっぽりと隠れていた。


「おお、富士山……!」


「おっきいねぇ……!」


二人は車を停めて、しばしフロントウインドウ越しにその光景を見つめた。


「……あの雲ちゃんたち、もうちょっと移動してくれると嬉しいんだけどなぁ」


詩音が手で空を払うように、雲を追いやる仕草をする。


「だね」


そんな様子に、メイは思わずクスッと笑った。


「まずは……テント張る場所を探さないとだね」


メイがそう言って、ダッシュボードに置いてあった場内マップを広げた。


二人で身を寄せ合い、ひとつの地図を覗き込む。


草原の中央には、「草原中央トイレ」と記された建物。

そこを軸に、場内にはいくつかの未舗装路が走っており、その道を挟んで大きくA〜Hのアルファベットで区分けされたエリアが広がっている。


富士山は東の方角にそびえ、その大きな姿は、どこからでも視界に入ってくる。


ひとつのサイトはとにかく広く、区画というより“エリア”と呼ぶほうがふさわしいスケール。

それぞれの区画には複数のテントが余裕で張れる広さがあり、グルキャン組も多く見られる。


「さすが東京ドーム五個分って感じ……どこに張るか迷っちゃうね」


「せっかくだから、ぐるっと回ってみようよ」


詩音の提案に、メイはマップをひとしきり眺めてから言った。


「とりあえず……このAサイトのほうから見てみようか」


ハンドルを右に切り、プジョーを南の方向へと進める。

タイヤがまた、ガタガタとリズムを刻み始めた。


右手にレストハウスを見ながら、プジョーは緩やかに芝地の中へと進んでいく。


Aサイトはキャンプ場の中でもやや端のほうに位置しており、西側から風が吹き抜けやすい場所にあるようだった。


「景色はいいけど……風、けっこう強そうだね」


メイがそう言いながら、ちらと空を見上げる。


「テント飛ばされたりしないかな?」


「でも雰囲気、すごくいいよ。炊事場も近いし」


詩音は窓の外を見ながら、ちょっと嬉しそうに言った。


たしかに、見晴らしは抜群だ。

木陰はないけれど、広々とした草原が気持ちいい。


「……じゃあ、候補地Aってことで」


小さく笑いながら、メイは再びハンドルを握り直した。


次に向かったのはBサイト。

Aサイトの東側──富士山の方角へ進むと右手に広がるサイト。

左手には小さな池と、中央にそびえる草原中央トイレが見えていた。


昨日の雨の影響か、道沿いの地面はあちこちぬかるんでおり、タイヤでえぐられた跡もちらほら。

ぬかるみを避けるようにして、大小さまざまなテントがひしめくように立っている。


「この辺、けっこう混んでるねぇ」


「中央トイレが近いから、人気なのかも」


キョロキョロとあたりを見回しながら、二人はよさそうな場所を探す。


けれど、すでに地面の乾いた場所は埋まっており、空いているのはぬかるんだ隅や、他のテントのすぐ隣だけ。


「ここは……無理っぽいかなぁ」


「うん。狭いとこに無理やり張るのも、なんかね」


「じゃあ、ここはパスしよ」


プジョーは再びゆっくりと動き出し、Bサイトをあとにした。


中央の道をそのまま富士山の方角へ進むと、車はCサイトのあたりに出た。


「お、ここいいかも」


詩音が思わず身を乗り出す。


開けた芝の中央に、ぽつんと一本の木。

風景のアクセントのように、そこだけ影を落としていた。


周囲にはいくつかテントが並んでいたが、Bサイトほど混んではいない。

ぽつぽつと空いたスペースもあり、全体的に静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。


「富士山、ばっちり見えるし……トイレも近いし……」


「ほら、あそことか空いてる」


メイが指さす先には、テントとテントの間にちょうどよさそうな区画がぽっかり空いていた。


「うん、でも……もうちょっと奥も行ってみようよ」


詩音はまだ探す気満々の様子。


「じゃあ、ここは候補地Cってことで」


車は再び走り出し、ガタガトと東を目指す。


やがて、麓高原キャンプ場の一番奥──富士山にもっとも近づけるOサイトのあたりに差し掛かった。


「おお、富士山、近くなってきた……!」


助手席の詩音が、わかりやすくテンションを上げる。


「でも、あまり近すぎると……裾野のあたり、森で隠れちゃうんだね」


メイがゆっくりと車を走らせながら、ちらりと富士のシルエットを見上げた。


そのまま左折し、北のほうへ。

道沿いにぽつりぽつりとテントが見え始める。


「このあたり……Gサイトかな」


「空いてるけど……なんかちょっと、寂しい感じしない?」


「うん、トイレ遠くなっちゃうしね」


「梓ちゃんも、トイレ近いほうが安心って言ってたし……」


「……漏れちゃったらヤバいもんね」


詩音がいたずらっぽく笑い、メイもつられて笑う。


くすくすと笑いながら、再び左折。車は富士山を背に西へと向かう。


進行方向には、最初に通った入口と売店、そしてレストハウスの姿が、豆粒のように見えていた。


「……それにしても、ほんと広いね」


「だよね。さっきの入口、あんな遠くに……」


走っても走っても、終わりが見えない草原。

二人はその広さをあらためて実感しながら、ゆっくりと車を進めていくのだった。


草原中央のトイレを左手に見ながら、車はさらに西へと進んでいく。


「ここは……右がEサイト、左は……Mサイトかな」


詩音がマップを確認しながらつぶやく。


「たしか……梓ちゃん、前に来たとき、Eサイトに張ったって言ってなかったっけ?」


メイがそう言いながら、右手のEサイト方向を見渡す。


中央トイレから少し距離があるためか、BやCサイトほどの混雑はない。

地面にはところどころぬかるみも見えるが、平らで乾いた草地もそこそこありそうだ。


「なんか、良くない?」


「……ちょっと止めてみようか」


二人はEサイトの入口からそろりと車を乗り入れ、広めのスペースに停める。


ドアを開けて外に出ると、土の湿り気と草の匂いがふわっと鼻をくすぐった。


「少しぬかるんでるところあるけど、避ければいけそうだね」


「うん、悪くないかも」


足元を見つめながら、メイが静かに言う。


「……じゃあ、ここは候補地Eだね」


そう言ったとたん──


「……あっ、あれ! アニメでも見たやつ!」


いきなり詩音が叫んだ。


視線の先──西のほう、売店の奥にある水色の建物。

壁にふたつ並んだ四角い窓。その姿は、まるで顔のように見える。


「……あれが、牛舎トイレか」


「そうそう! アニメで出てきたやつ! 行ってみようよ!」


はしゃぐ詩音が駆け出そうとするのを、メイがすばやく制止する。


「その前に……場所、決めないと」


「あ、そうだった……」


照れたように戻ってくる詩音に、メイが改めて口を開いた。


「候補地は三つだね。


ひとつは、景色は最高だけど風が強かった候補地A。

もうひとつは、トイレが近くて便利な候補地C。

それと、牛舎トイレが見える……この、候補地E」


「どこも良いんだよね〜……」


悩ましげに空を見上げながら、メイがつぶやく。


「……私は、Aがいいかなって思うけど」


「景色、良かったもんね、あそこ」


「……Aに、しちゃう?」


間をおいて──


「カビラ!」


「またカビラかいっ!」


笑いながらツッコむメイ。


ふたりはそのままプジョーに乗り込み、再びエンジンをかけた。


車はガタゴトと南の方角へ。

レストハウスと売店の前を再び通過する。


さきほどより少し車が増えたような気がする。


「……さっきの、景色のいい場所。候補地A〜」


「あそこ、良かったもんね〜」


ほんのり期待を乗せて、車はAサイトの奥へと進んでいく。──が。


「あっ」


詩音が小さく声を漏らす。


「……もう空いてないや」


メイがポツリとつぶやいた。


そこにはすでに別の車が停まり、ファミリーらしき一団が荷物をわらわらと下ろし始めていた。

折りたたみチェアやクーラーボックスが次々と地面に置かれ、子どもが嬉しそうに駆け回っている。


「……ちーん」


隣で詩音が、見えない鐘でも鳴らすように肩を落とした。


「お昼どきだし、もうどんどん埋まってるのかもね」


「やだ〜、Aサイトでメイちゃんと富士山見ながら、ぼーっと焚き火して、ちょっと泣いちゃう感じのやつやりたかったのに〜……」


「泣くの前提なの?」


メイが笑いながらハンドルを切る。


「じゃあさ、中央トイレ近くの候補地Cにしようよ」


「……うん、そうしよ」


少しトーンは下がったものの、切り替えは早い詩音。


「候補地C〜、待っててね〜♪」


詩音の変な歌が響く車内。

メイはふっと笑って、ギアを1速に入れる。


プジョーは、ふたりを乗せて再びガタガトと走り出した。


中央トイレの候補地Cのあたりに戻ってきたふたり。


「この辺だったよね……あ、ほら、あそこだ。まだ空いてるよ!」


ガタゴトとゆっくり進みながら、目指すスペースへ。

そのときだった。


反対側から来た大きな黒いミニバンが、突然ブーンと音を立てて横切ると──

目の前で、キィッと鋭く止まった。


「あっ……取られた……」


詩音の顔が固まる。ミニバンは「勝ったぜ!」と言わんばかりの顔をしていた(ように見えた)。


「タッチの差……」


「世の中、弱肉強食とは、よく言ったもんだね」


メイのひと言に、詩音はあぁ〜っとため息。


「仕方ないよ、早いもん勝ちだから……」


ふたりを乗せたプジョーは、静かにその場を離れていった。


「そうなると……最後の候補地、Eだね」


「まだ空いてるかなぁ……」


ふたりを乗せたプジョーは、牛舎トイレの見える候補地Eを目指し、

焦る気持ちを抑えながら、ガタゴトとゆっくり進んでいく。


「あっ、まだ空いてるよ、ほら!」


詩音が身を乗り出すように叫んだ。


「ラッキー!」


メイはゆっくりと車を乗り入れ、広めのスペースでUターンして停車。

フロントウインドウ越しには、雲の帽子をかぶった富士山が静かにそびえていた。


「どう?」


「うん、うん。いいかも」


ふたりは車を降り、足元の地面を確認する。


「ここ、あまりぬかるんでないよ」


「案外、平らだし」


メイは軽く足をずらして、感触を確かめながらつぶやいた。


「……もうちょっと中央寄りだといいんだけどな。草原中央トイレも近くなるし……」


ぽつりとこぼしたそのとき──


「ねえ、あそこ、空いてるよ!」


詩音が指をさした。


候補地Eから草原中央トイレの方へ道を挟んだ先──

Mサイトの端に、ぽっかりと空いたスペースが見えた。


「あ、ほんとだ……!」


「私、場所とっとくよっ!」


そう言って、詩音は急に走り出す。


「急げぇーっ!」


「……そんな慌てなくても」


笑いながらメイは再びプジョーのエンジンをかけ、詩音のあとを追っていった。


目当てのスペースに立つ詩音が見える。

両手を広げて通せんぼのポーズをしながら、手招きしていた。


その横にプジョーを止めて、メイが車を降りる。


目の前には、およそ十メートル四方の平らなスペースが広がっていた。


「スペースの前の方は、ちょっとでこぼこしてるよね」


スペースの東側──富士山寄りには、かなり凹凸が激しかった。


「うん。でも、だからこそだよ。前にテントが立つこと、たぶんないと思う」


「なるほど。じゃあ、富士山の眺めが遮られることも……ない、ってことか」


「そう、そう!」


さらに周囲を見渡す。


スペースの後方──西側には大きな溝が走っており、背後のテントとはしっかり距離が取られている。

左右のスペースもそこそこ離れていて、窮屈な印象はない。


「ここ、いいかも……」


メイがぽつりとつぶやいた。


「ここなら、中央トイレも歩いて行けそうじゃない?」


「……だね。詩音、グッジョブだよ。ここにしよう!」


「カビラー!」


元気よく答える詩音の声が、空に抜けていった。


時刻は、すでに11時半を回った頃。

ようやく──ふたりの“初キャンプ”の設営場所が決まった。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

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