第104話 寄り道だって、旅のうち 〜デュオキャンⅡ〜
第104話 寄り道だって、旅のうち 〜デュオキャンⅡ〜
メイと詩音を乗せたプジョー208は、ミックスバリュ富士宮宮原店をあとにした。
富士宮市街を抜けて県道414号をのぼっていくと──
やがて「白糸の滝」の案内板が見えてきた。
そこは、環状交差点。
ぐるっと円を描くような、いわゆるロータリー式の交差点だった。
「うわ、これ……どう走るの?」
助手席の詩音が、ちょっと焦り気味に声をあげる。
「ここで一時停止して……左回りにぐるっと回って、行きたい方向にそれるの。合図はしっかり出すんだよ」
メイは落ち着いて、プジョーを白糸の滝方面へと向けた。
「ほえ〜、こんなのあるんだねぇ……」
詩音が感心したように、窓の外を眺める。
ロータリーを抜けてすぐ、目的の駐車場が見えてきた。
「白糸の滝 駐車場」の看板が掲げられていて、9時のオープン直後とあって、まだガラガラだった。
メイは車をゆっくり進め、パワーウィンドウを下ろす。
小屋の横に立っていた年配の係員が、にこやかに歩み寄ってきた。
「お願いしまーす」
「はい、500円ね」
メイが支払いを済ませると、おじさんは案内図を手渡しながら言った。
「お嬢ちゃんたち、滝を見にきたんかい?」
「はい」
「それなら、こっちに止めたほうが近いよ」
駐車場の一角を指さしながら、親切に教えてくれる。
「ありがとうございます!」
「ごゆっくりね〜」
おじさんはにこっと笑った。
「なんか、あったかいね」
詩音がぽつりとつぶやく。
「うん。知らない土地で親切にしてくれると、うれしいよね」
メイはそう言いながら、教えてもらった場所へとプジョーを停めた。
プジョーを降りたふたりは、小さなサコッシュだけを持ち、身軽なまま案内板の方へと向かった。
「こっち、みたいだね」
メイが指さす方向へ、詩音もうなずき、並んで歩き出す。
──白糸の滝。
国立公園の一角に位置するこの滝は、国の名勝および天然記念物にも指定されている、富士宮を代表する観光名所だ。
門のようにそびえる観光案内所の建物をくぐると、その先には下りのスロープが続いていた。
スロープの向こうには、公園のように開けた広場。
朝のやわらかな光に包まれて、まだ人影は少ない。
メイがスロープを下りようとした、そのとき──
「メイちゃん、見てっ!」
詩音の声に振り返ると、彼女が指さすその先には──
かなり雲をかぶっているものの、すそ野までしっかりと姿を見せた富士山が、青みを帯びてそびえていた。
「うわ……かなり見えてきたね」
「今日の富士山、恥ずかしがり屋さんなんだねぇ」
詩音がそう言って笑う。
メイもつられて、ほっとしたように微笑んだ。
ふたりはそのまま、富士山に見守られるようにして、スロープをゆっくりと下りていった。
広場に出ると、木々に囲まれた空間にいくつかの建物が点在していた。
しゃれたカフェ、土産物屋、民芸品の並ぶ店──
どれも観光地らしい、ゆるやかで開放的な雰囲気をまとっている。
その中のひとつ。
赤い暖簾が風にはためく、素朴な雰囲気の食堂が目に入った。
そこには、はっきりと書かれている。
**「富士宮やきそば」**の文字。
「あそこだねっ! 富士宮焼きそば!」
「うん。平岩屋さん」
メイが自信ありげに店名を口にする。
事前に調べておいた、今日のランチ候補だった。
店の前には扉がなく、外からでも椅子やテーブルが見えるつくり。
入りにくさはまったくなく、まるでふらっと入っていけそうな、そんな雰囲気。
「うわ、暖簾見たらなんかお腹空いてきた〜」
詩音がお腹をさすりながら笑う。
「でも、先に滝を見てからにしよっ」
「だねー! 楽しみぃ〜!」
ふたりは暖簾を名残惜しそうに横目で見ながら、その前を通り過ぎる。
そして、**「白糸の滝 →」**と書かれた案内板に従って、滝の方へと歩いていった。
---
「けっこう、歩くんだね」
メイが足を止めて言うと、隣の詩音が笑った。
「焼きそば前のいい運動だよ〜」
ふたりは広場を抜け、小さな坂を登っていく。
その途中で、かすかに水音が聞こえてきた。
「もうすぐじゃない?」
詩音が耳を澄ませた先、案内板には「白糸の滝 210m」の文字。
その下にはアーケードが伸び、両脇には土産物屋が並んでいた。
鮎の塩焼きの匂いや、お土産のモービルのシャラシャラという音。
観光地らしい活気が、そこにはあった。
アーケードを抜けると、右手に急な階段が現れる。
その先、眼下に広がるのは──
「……あれだぁ!」
詩音が指さした先、遠くに見える滝の姿。
「降りてみようよ!」
「……あ、うん」
メイは思わず足を止めてしまう。
(うわ……けっこうキツそう……)
それでも、一段一段と慎重に階段を下っていく。
そのたびに、滝の音が近づき、耳に響いてきた。
階段を降りきった先には、小さな橋がかかっていた。
橋の中腹に立つと──
目の前に、白糸の滝が全貌を現した。
幅およそ150メートル。高さは20メートルほど。
馬蹄形に広がる崖から、無数の細い流れが一斉に落ちている。
水の糸が空を裂くように、静かに、でも確かに流れ落ちていく。
「……なんか、滝のカーテン、みたい」
さっきまで階段にビビっていたメイが、目を輝かせていた。
「行ってみようよ! あの一番前まで!」
詩音の声にうなずき、ふたりは橋を渡って遊歩道へ。
滝壺のそばまで進むと、辺りには無数の水のしぶきが舞っていた。
「マイナスイオン、いっぱい〜〜〜!」
「……滝に囲まれてる感じ、圧巻だよね」
「滝壺の色、きれい……」
ふたりは言葉を交わしながら、思い思いにスマホを取り出し、
その迫力と美しさを、静かにシャッターに収めた。
スマホをしまったメイは、ふぅっと息をついて、手すりに両手で寄りかかった。
冷たい風と、滝から立ち上る水のしぶきが、頬にやさしく触れる。
その景色をしばらく、うっとりと見つめていた。
すると──
「ねぇ、写真、ふたりで撮ろうよ!」
詩音がぽんっと声を上げて、ポケットからスマホを取り出した──その瞬間。
「あっ、うおっ……わっ!」
スマホが、宙に舞った。
手の上で3回、ピョンピョンと跳ねて──
「うわあぁ……」
なんとか、最後の一回で両手にキャッチ。
「セーフ!! あっぶなっ……!」
詩音が目をまんまるにして言う。
手のひらの中のスマホを、ぎゅっと握りしめた。
「ここで落としたら、洒落にならないよ」
メイは思わず笑ってしまう。
気を取り直して、ふたりは滝をバックにスマホを構え、
顔を寄せ合ってパチリと自撮り。
──が、撮れた写真を見てみると、ふたりの頭で滝がほとんど隠れてしまっている。
「うーん……もう少し、滝入れたいなぁ」
「自撮り棒……車の中だったよ……」
ぶつぶつ言いながらスマホをのぞき込んでいると──
「よかったら、撮りましょうか?」
やわらかい声に、ふたりが顔を上げる。
声をかけてきたのは、上品なリネンのワンピにネイビーのコートを重ねた、おしゃれなお姉さん。
隣には、同じく落ち着いた雰囲気の男性。仲の良さそうなカップルだった。
「あ、いいんですか……すみません」
「お願いしますっ」
詩音がスマホをお姉さんに手渡す。
「はい、チーズ」
滝をバックに、ふたりの笑顔を切り取るシャッター音。
「これでいいかしら?」
スマホの画面には、ピースするふたりが滝と一緒に綺麗に収まっていた。
「うわ〜、ありがとうございます!」
「そちらも、お撮りしましょうか?」とメイが声をかけると、
「あら、じゃあお願いする?」とお姉さんが連れの男性に目をやる。
「ああ、お願いします」
男性もうなずいた。
今度はメイがスマホを受け取り、「はい、チーズ!」と撮影。
「どうですか?」とスマホを手渡すと、
「まぁ、素敵に撮ってくれて……ありがとう」
お姉さんがにっこり笑った。
「それじゃあ…ありがとうございました」
メイたちは軽く会釈して、その場をあとにする。
「キレイなお姉さんだったね」
「うん、なんか、旅してるーって感じだったねぇ」
なごやかな空気に包まれながら、ふたりは滝をあとにした。
---
「行きは良い良い、帰りは怖い」
童謡の一節が頭をよぎるほど、白糸の滝の帰り道はなかなかの登り坂だった。
さっき降りてきたとき、「あとでこれ登るのかぁ……」とビビっていたメイ。
その記憶を上書きするように、急な階段を一段ずつ登っていく。
ぴょんぴょんと軽やかに駆け上がる詩音。
足取りの重いメイ。
「メイちゃーん、がんばれ〜!」
上から元気に声をかける詩音に、メイは思わずつぶやく。
「詩音、どんな体力してるんだぁ……」
ヒィヒィ言いながら、なんとか登りきった。
「がんばったね!」
そのままドサッとベンチに座り込む。
「ヤバい、体力落ちたわ……」
息を切らしながら、日頃の運動不足を痛感するメイ。
隣でスマホをいじり、さっき撮った滝の写真を見ていた詩音が、ふとつぶやいた。
「凛々花ちゃんなら、どんな風に撮ったんだろうね」
「きっと滝が語りかけてくるような写真になるんじゃない?」
メイがそう返しながらスマホを覗き込むと──
画面には、先ほどの滝の写真のあとに、階段を必死に登っている自分の姿。
「なに、こんなの撮ってるの!?」
「この写真も語りかけてこない?
『もう死ぬ〜』って」
詩音が吹き出す。
「確かに……死にそうな顔……」
「だねっ!」
ふたりでぷっと笑い合う。
「運動の後は、焼きそばだよー!」
詩音が立ち上がると、メイもヨロヨロと続いた。
「お腹、空いてきた〜」
滝からの帰り道、ふたりはふたたび広場へ戻ってきた。
目当ての「平岩屋」の暖簾をくぐる。
「おはようございまーす」
ふたり揃って声をかけると──
「いらっしゃいませ〜。好きなお席どうぞ!」
明るい声で迎えてくれたのは、笑顔が印象的な元気なおばちゃんだった。
詩音がテーブルの上に立てかけられたメニューを見て、目を輝かせる。
「これだね〜、富士宮焼きそば!」
ふたりは迷わず、焼きそばを注文。
出来上がりを待ちながら、店内を見渡す。
白木を基調にした内装は、ほっとするような温かさがあった。
ちょっぴりレトロで、どこか懐かしい空気感。
「……なんか落ち着くね」
ふたりの表情が自然とやわらいでいく。
ーーー
「富士宮焼きそばって、どう違うのかな?」
興味津々に詩音が尋ねる。
「コシが強いのと、イワシの削り粉が特徴って、何かで見たよ」
メイが答えたそのとき──
「お待ちどうさま〜」
にこにこ顔のおばちゃんが、焼きそばをふたつ運んできた。
香ばしさが立ち上る、食欲をそそる一皿。
太麺に炒められた野菜と豚肉。彩りの紅しょうがが、どんと中央に添えられている。
「この“だし粉”をかけて食べてね〜」
おばちゃんが、たっぷりと入った大きめの調味料入れをテーブルに置いていった。
「おお、これだね!」
詩音がうれしそうに声をあげる。
ふたりは、だし粉をたっぷり振りかけ、箸を割った。
「いただきまーす!」
ひとくち、口に運んだ瞬間──
「もちもちしてて美味しいっ!」
「だし粉が効いてるね〜」
目を見合わせて笑い合うふたり。
時計の針は、まだ朝の9時半。
それでも、まるで昼食かのような勢いで、あっという間に完食してしまった。
店を出たふたり。
「うあー、食べたねぇ! お腹いっぱいだよ〜」
詩音がぽんぽんとお腹をさする。
「でも、意外と食べられちゃうもんだね」
「階段、効いたんだよ〜。あれで完全にお腹空いたもん!」
そんな話をしながら、広場をのんびり歩いていく。
ふと、詩音が足を止めて空を見上げた。
「あれ? さっきより雲、多くなってない?」
見ると、富士山のあたりは灰色の雲がかかり始めている。
さっきまで青空だった空も、なんとなく陰りが出てきていた。
「ほんとだ。良くなりそうだったのに、また曇ってきたね」
「ふぅーって吹いたら、雲飛んでくかもよ」
詩音がいたずらっぽく笑って、空に向かって息を吹く。
「ふぅ〜〜〜っ!」
「……えー」
と言いながらも、メイも付き合って、ふぅーっと息を吹いた。
当然、雲はびくともしない。
ふたり、ほっぺを膨らませたまま顔を見合わせる。
次の瞬間──
「ぷっ……!」
「ふふっ……!」
お互いの顔がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「さて、そろそろ行きますか、麓高原」
メイが笑いながら言うと、
「ねぇ、メイちゃん。あのね……寄って行きたいとこあるんだけど」
詩音がスマホを取り出して言った。
「いいよ。どこ?」
「さっきスマホで見てたんだけど……ここ」
画面を見せる詩音。
そこには“マカノ牧場”という観光牧場の紹介ページが表示されていた。
「麓高原に行く途中にある牧場でさ、動物とふれあえたり、バターとかソーセージ作り体験もできるんだって」
「へぇ、楽しそう」
「で、ここで──ソフトクリーム、食べたいの!」
「え、まだ食べるの!?」
「だって、ソフトクリームは別腹じゃん」
「……まぁ、わかるけど……」
「メイちゃんも食べたくない? “生クリームみたいなソフト”だってよ?」
「……食べたい……」
「はい、決定っ! マカノ牧場、行きまーす!」
「りょーかい!」
「……もー、“了解”じゃなくて」
「はいはい……カビラ」
「はい、カビラー!!」
詩音は嬉しそうに跳ねるような足取りで歩き出す。
その背中を見ながら、メイもにこにこと後を追った。
◇◇◇
白糸の滝から環状交差点を抜けて、国道をしばらく進むこと五分ほど。
やがて左手に、“マカノ牧場”と書かれた赤い屋根が見えてきた。
「あれだぁ!」
詩音がフロントガラス越しに指をさす。
「ほんと、すごい近かったね」
メイは左にウインカーを出して、駐車場へとハンドルを切る。
平日にもかかわらず、思ったよりも車が多く停まっていた。
「やっぱ人気なんだね、ここ」
ゆっくり車を進めながら、空いているスペースを探す。
「このへんでいいかな」
メイは、紺色のBMWの向かい側にプジョーを止めた。
BMW X3。ちょっと大きめのSUV。
「ねぇ、メイちゃん。あのビーエム、横浜ナンバーだよ」
「ほんとだ。あっちの車は相模ナンバーだし」
「出先で地元ナンバー見ると、なんか親近感湧くよね」
「うん。勝手に“仲間”って感じ」
そんな話をしながら、ふたりは車を降りた。
風がさらりと頬を撫でる。
高原の空気を、ほんの少し感じる気がした。
建物の方へ歩きながら、詩音がふと口にした。
「ここって、入場料かかるのかなぁ」
「どうだろう……」
メイが返す。
そんな話をしていたちょうどそのとき、向こうから歩いてくるカップルの姿が目に入った。
あれ? どこかで──
そうだ、白糸の滝で写真を撮ってくれた、あのふたりだった。
「あら、こんなところでまた会うなんて」
女性の方がにこやかに声をかけてくれる。
「さっきはどうも」
メイが軽く頭を下げる。
すると詩音が一歩前に出て、尋ねた。
「あの、私たちソフトクリーム食べに来たんですけど……入場しないと食べられませんか?」
「いえ、大丈夫よ。そこのアーチをくぐってすぐ右に、お店があるから」
「あ、そうなんですか!」
「ありがとうございますっ」
「どういたしまして。じゃあ、素敵な旅を」
女性は笑顔で手を振ると、男性と一緒に駐車場の方へ向かっていった。
ふたりが乗り込んだのは──メイの車の前に停まっていた、あの紺色のBMWだった。
「あの車、お姉さんたちのだったんだ」
詩音がぽつりと言う。
「ってことは……あのお姉さんたち、横浜の人かもね」
ナンバープレートを思い出しながら、メイが呟いた。
「神奈川人は優しいのだよ、ワトソンくん!」
「なにその、地元愛!」
ふたりは笑いながら顔を見合わせ、再び歩き出す。
白いアーチをくぐって、マカノ牧場の建物へと向かっていった。
「マカノ牧場」と書かれた白いアーチをくぐると、ちょっとした庭園のような小径が続いていた。
整えられた植栽の向こうに、可愛らしいソフトクリーム屋さんの建物が見える。
「あった、あれだね」
詩音がうれしそうに指を差す。
ふたりは迷わず向かい、カップソフトを注文。
併設されたイートインスペースに腰を下ろして、ひんやりとしたご褒美をひと口──。
「濃厚! おいしいね!」
メイが目を丸くする。
「やっぱ別腹だよ〜!」
詩音は口の端にクリームをつけながら、にっこり。
ソフトクリームは、あっという間にぺろりと消えた。
「ふぁ〜、おいしかった」
詩音がほっとしたように息をつく。
「なんか今日は、食べてばっかりだね」
メイも笑う。
「もう思い残すことはないわ〜」
詩音が両手を広げて、大げさに言った。
「いやいや、これからが本番でしょ」
「あっ、そうだった!」
急に背筋を伸ばす詩音。
メイがちらりと時計を確認する。
時刻は、10時45分になろうとしていた。
「時間もいい感じだし……いよいよ、行っちゃいますか」
「カビラ!!」
詩音が満面の笑みで、勢いよく立ち上がった。
◇◇◇
少し細くなった道を進むと、右手に柵が現れ、その向こうに──テントの群れが広がっていた。
「うわー! テント立ってるよ!」
詩音が窓にかぶりつくように言う。
「ホントだ……いっぱいあるね」
メイもちらりと視線をやって応える。
視界の先に広がるのは、色とりどりのテントたち。
柵越しながらも、その奥にはさらに広いサイトが続いているのが見て取れる。
「なんかドキドキしてきた……!」
詩音の声が弾む。
流れる車窓の風景に、詩音は目を輝かせ、メイは静かに息をのむ。
──とうとう、来たんだ。私たち……
その実感が、胸の奥からふわっとこみ上げてきて。
気づけば、メイの頬が、ほんのりと緩んでいた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!




