第101話 キャンプ計画、最終会議
11月4日、火曜日の夕方。
文化の日の翌日。日が落ちかけた空の下、
梓の愛車・ホンダ レブルが、メイの家の駐車スペースにゆっくりと入ってきた。
隣には、見慣れたプジョー208。
エンジンを止めると、ドッ、ドッ、ドッ──と余韻のように音が響いて、静けさが戻った。
バイクを降り、ヘルメットを外した梓は、玄関へと歩く。
インターホンを押そうとした──その瞬間。
バコーン!
勢いよく玄関のドアが開いた。
「うあっ……!」
「梓ちゃん、おかえりーっ!!」
飛び出してきたのは、詩音だった。
「お、お前なぁ……」
「バイクの音がしたから、梓ちゃん帰ってきたと思ってさ〜!」
「……ってか、“おかえり”って、ここメイんちだろ」
「メイちゃんちは、私んちだよ〜〜♪」
「はぁ?……まあ、いいけどさ。メイは?」
「はいっ、メイ様は只今、奥でお休みになられております!」
背筋をピンと伸ばし、低い声で言う詩音。
「今度は執事かよ……」
梓が思わずツッコむと、奥から声がした。
「休んでないよ、もぉー」
メイが顔を出す。
「梓ちゃん、いらっしゃい。さ、入って」
「あぁ……お邪魔します」
メイに促され、玄関から中に入る梓。
「きたきた、あずさちゃ〜ん!」
そのあとを、飛び跳ねるように詩音が続いていった。
ダイニングに入ると、テーブルの上には、見慣れないお弁当が三つ並んでいた。
「……瀬陽軒の元町中華弁当?」
「これ、人気でいつもすぐ売り切れちゃうんだよ〜」
詩音が誇らしげに言う。
「いくら?」
梓は財布を出しかけた。すると──
「なにをおっしゃいます、あずさ師匠!」
詩音が急に芝居がかった声を上げた。
「遥々、矢鞠の地までお越し頂いておるのに……!」
メイまで乗っかってくる。
「ここはひとつ、授業料ってことでお納めくださいませ!」
「なにとぞ! なにとぞぉ〜〜!」
ふたりして、崇め奉るように頭を下げ、
「どうぞ」と言わんばかりに、お弁当を差し出してくる。
「……なんだ、その小芝居」
軽くツッコむ梓。
すると、ふたりが揃って上目遣いで、にこっと笑いかけてきた。
「……まあ……そう、そういうことなら……ありがと」
照れ隠し気味に言って、財布を引っ込める梓。
すかさず顔を上げる詩音とメイ。
詩音が、にやっと笑ってメイの方を振り返る。
「ふっ、ふっ、ふっ……平瀬屋も、悪じゃのう……」
「……まだ続けるの? これ」
あきれたようにメイが言うと、梓は小さく苦笑いを浮かべた。
お弁当と湯気の立つ温かいお茶が並んだダイニングテーブル。
三人は向かい合うようにして席についた。
「では、いっただきまーす!」
詩音とメイが声をそろえる。
その勢いに釣られるように、梓も小さく言った。
「……いただきます」
お弁当の包みを開けると、色とりどりのおかずが目に飛び込んできた。
横浜名物のシウマイをはじめ、海老のチリソース、黒酢の酢豚、油淋鶏──
おかずの横には、黒ゴマのまぶされた俵型のごはんがぎっしり。
ひとつの箱の中に、小さな中華街が詰まっているようだった。
「ここのシウマイ、大好きなんだよぉ〜」
嬉しそうに頬をふくらませる詩音。
「私も。でも、中華弁当は初めてかも」
「梓ちゃんは、食べたことある?」
メイが尋ねると、梓は首を少し傾けた。
「……ない、かな」
そう言って、シウマイを箸でつまんだ──その瞬間。
「ちょ、待って! 梓ちゃん、それ、醤油とカラシつけないと〜!」
詩音が叫ぶ。
「でたな、シウマイ奉行……」
呆れたように言うメイ。
「お前たち、メシ食うとき、いつもこんなにうるさいのか……?」
ぼそりと呟く梓。
「え? うるさいかな?」
「私は……慣れたかな」
ふたりのやり取りを見て、梓はまたも深いため息をついた。
──呆れながらも、どこか笑いをこらえているような顔だった。
◇◇◇
お弁当をすっかり平らげた三人。
テーブルの上から湯気が消えた頃──
「ポテチもあるよ〜!」
詩音が嬉しそうに袋を取り出す。
「……まだ食うんか」
梓が思わずツッコむ。
「いつものことだよ。梓ちゃん、コーラでいい?」
台所に立っていたメイが、振り返りながら聞いた。
「うん、ありがとう」
ポテチを囲んで、コーラのキャップを開ける音が響く。
三人は、そのまま作戦会議モードに突入した。
「で、リスト。見せてみな」
梓が手を差し出す。
「はいこれ」
詩音が、キャンプ計画帳を開いて持ち物リストのページを渡す。
梓はざっと目を通しながら、眉をひそめた。
「晩ごはん、どうするの?」
「鍋にしようかと思うんだ……なんで?」
メイが答える。
「何作るかで、持ってくもん変わるだろ。
クッカーとか、調味料とかも」
「なるほど!」
ふたりが声をそろえる。
「何の鍋にするかも、考えたほうがいいよ」
「私、キムチ鍋がいいー! 温まりそうだし!」
「それ、いいね。そうしよう」
「梓ちゃん、ちょっと貸して」
詩音がノートを受け取り、ボールペンを走らせる。
「……メニュー:キムチ鍋。
材料:豆腐、白菜……キムチ鍋の素もいるよね」
ひととおり書き終えると、詩音はノートを梓に戻した。
ノートを受け取った梓は、さらにページをめくってチェックを続ける。
「……これ。詩音の持ち物の欄、ランタンないけど」
「え? だってメイちゃんのあるし、いいかな〜って」
「いや、一人一個はあった方がいいよ。
夜、トイレ行くときとか。真っ暗だからさ」
「……ほぉ〜なるほど!」
感心したように詩音が身を乗り出す。
「ちょっと貸して!」
またノートを梓から受け取ると、勢いよく書き込んでいく。
「ランタン……っと。はい!」
「おう」
梓が再びノートを受け取る。
「寝袋に……マットはあるし……」
「ねぇ……夜、寒いよね」
メイが不安そうにつぶやく。
「たぶんな……」
梓はスマホを取り出し、天気予報を確認する。
「来週の火曜から水曜だよな……最低気温は……マイナス2度」
「マイナス2度ぉ〜〜!?」
思わず詩音が声を上げる。
「防寒対策、しっかりしないとだね……」
「だな。ホッカイロとか、湯たんぽとか……」
「湯たんぽ! いいじゃん!
梓ちゃん、ちょっと貸して!」
またしてもノートをひったくる詩音。
「えーと……湯たんぽ、っと。はい!」
「……お前、いちいち、めんどくさくねーか?」
「これがいいんだよ〜〜」
なぜか誇らしげに笑う詩音。
ノートを返すその手つきも、どこか堂々としている。
「……そんなもんか」
梓は肩をすくめて、ノートを受け取る。
「朝ごはんとかは?」
その一言で──
「おー、そうだ!」
ふたりが同時にハモった。
「お泊まりだから、朝ごはんもいるじゃん! ちょっといい? ノート!」
「……もういいから、お前が持ってろよ」
「うん、そうする。……朝ごはんっと。で、何にする?」
「簡単なのでいいよね……」
「……あ、メイちゃんの“手抜きご飯作戦”? カップ麺とか〜♪」
「手抜きじゃないし!」
「お前、今カップ麺、バカにしただろ」
「してないもん!」
わいわいとしたやり取りが続くなか、
ダイニングの空気はどんどんあたたかくなっていった。
◇◇◇
「……こんなところかな。持ち物は」
梓がノートを見ながら言うと、
詩音がその隣で眉を寄せた。
「まだけっこうあるなぁ……揃えるもの」
「まあな。お前たちの計画、ゆる過ぎだし」
呆れたように言う梓に、詩音は「デヘヘ」と笑って返す。
「あ、そうだ。梓ちゃん──」
と、メイがふと思い出したように顔を上げる。
「帰り、本栖湖から身延に抜けようと思ってて……」
「それ、なかなかいいコースじゃん」
梓はスマホを取り出し、地図アプリを開いた。
画面を指でなぞりながら言う。
「この本栖湖から下部あたりは、下りでカーブ多いから気をつけないとだな」
「麓高原から本栖湖通って、身延まで……
ノンストップだと1時間くらいなんだね」
メイも経路検索を見ながらつぶやく。
「ここの道の駅──朝霧高原にも寄りたい!」
「いいね! ……だとすると……」
マップを囲んで、三人の会話が次第に熱を帯びていく。
あーだこーだと話しているうちに、
当日のルートは少しずつ形を帯びていった。
気づけば、時計の針は夜の10時を指しかけていた。
「うわー、もうこんな時間だ……」
詩音が時計を見て目を丸くする。
「私たちは明日休みだけど……梓ちゃん、明日も仕事?」
メイが聞くと、梓はうなずいた。
「うん、仕事」
「そっか……なら、明日、買い出し一緒に行けないよね」
「お前たちのキャンプなんだから。
お前たちだけで行くのも、いいんじゃないか?」
少し照れくさそうに言う梓。
「おお……金言だ……」
詩音がじーんとした表情でうなずく。
「……なんだそれ」
ぷっと吹き出す梓。
思わず微笑むメイ。
デヘヘと笑う詩音。
三人三様の笑顔が、平瀬家のダイニングにあふれていた。
◇◇◇
梓を見送るため、メイと詩音は家の外に出た。
夜風が少し冷たくなってきている。
「今日はありがとう。気をつけて帰ってね」
メイがそう言うと、梓は小さくうなずき、愛車のレブルにまたがる。
ヘルメットをかぶり、ゴーグルをつけると、
ドッ、ドッ──とエンジンが響き始めた。
その音の中、詩音が声を上げる。
「梓ちゃん……あのさ」
梓が、ゴーグル越しに振り向く。
「今度、グルキャンの本……貸してね」
──う、お……
こいつら、知ってやがった……
「え〜!ずるい〜! 私にも読ませてよ〜!」
詩音がにこにこと笑いながら、追い打ちをかけてくる。
言葉が出ず、動揺を隠しきれない梓。
それでも、軽く手を挙げて──
そのまま、ゆっくりとレブルを走らせた。
バックミラーには、手を振るメイと詩音の姿が映っている。
──あの野郎……
やっぱ、しゃべってたんだな……
ふと、凛々花のふわっとした笑顔が脳裏に浮かぶ。
「今度会ったら、ただじゃ置かねぇからなっ!」
心の中でそうつぶやいた梓の顔は、
どこか楽しげだった。
夜の矢鞠の街に、レブル250のエンジン音が低く響いていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!




