表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/140

第100話 ラフォーレ写真展と、その先へ


11月1日、土曜日。

世間は、11月3日の文化の日を含む三連休の初日。

カフェ・ラフォーレ・リーヴルスの展示エリアでは、写真展が静かに幕を開けようとしていた。


メイはいつもより少し早く出勤していた。

ラフォーレの制服をきちんと身につけ、控え室を出て、まだ静かな店内を抜けて展示エリアへと向かう。


「……よし」


スイッチをパチン、パチンと入れていくたび、

眠っていた展示エリアが少しずつ目を覚ます。


ふわりと漂う木の香りを思わせるアロマ、森の中にいるような自然音のBGM。


──ちゃんと、流れている。


空間の“呼吸”を確かめるように、メイはゆっくり歩を進めた。


入口近くの一角には、撮影スポットが作られていた。

木漏れ日を模したライトに、フェイクの落ち葉。

小さな空間の隣には、イーゼルに掲げられた公式ポスターが立っている。

『木陰にしゃがむ女の子』の写真。その上には、展示タイトル。


『ラフォーレ写真展 ふれる、なじむ、自然』


その下には小さな札も添えられていた。


“撮影OK/#ラフォーレ写真展”


丸太のスツールに腰掛けて写真を撮れば、

まるで本物の森の中にいるような仕上がりになるよう演出されている。


「……ここで、いっぱい写真撮ってくれたらいいな」


メイは心の中でそうつぶやいて、少しだけ微笑んだ。

細部を軽く手直ししながら、展示エリアの奥へと進んでいく。


いくつもの写真パネルと展示品が並ぶ静かな空間。

一枚一枚を目で追いながら、メイはぐるりと一周して、再び入口付近に戻る。


「──うん、大丈夫」


そう言って、メイは静かに、けれど確かに微笑んだ。


そんなメイの背中越しに、声が聞こえた。


「メイちゃん、おはよう」


振り向くと、詩音が制服姿で立っていた。


「おはよう」


「いよいよだね」


「うん。楽しみだけど……なんか緊張しちゃうな」


そう言いながらも、メイの表情はどこか穏やかだ。


そこへ、明るい声が割って入った。


「おはよー! お、いい感じだねぇ!」


沙織が展示エリアに入ってくる。その後ろにはユキの姿も。


気配を感じ取ってか、早番のスタッフたちが次々にやって来て、

「すごーい」「雰囲気いいね」と感嘆の声が上がる。

展示エリアが一気ににぎやかになった。


「ねぇ、この撮影スポットで写真撮ろうよ、みんなで!」


詩音が声を上げる。


「いいねぇ」

「撮ろう、撮ろう!」


自然と集まってくるスタッフたち。


詩音は、撮影スポットに設置されているスマホ台座に自分のスマホをそっと乗せ、タイマーをセットした。


「いくよーっ!」


走って輪に加わる詩音。

思い思いのポーズを決めた瞬間──パシャッと、シャッター音。


「うぁー! 見て見て! いい感じ〜!」


画面を覗き込んで、はしゃぐ詩音に、みんなも集まってくる。

「これ、スタッフ用のオンスタにアップしちゃおう!」

その場でちゃちゃっと投稿文を打ち込む。


『今日から写真展、開催でーす!みなさんのお越しをお待ちしてます』


#ラフォーレ写真展


「えへへ、一番乗りだ〜!」

ピースをしながら笑う詩音。


その隣で、自分のスマホで投稿を開いているユキ。

画面に映る営業スマイル全開の自分を、いつもの無表情で見つめていると──

沙織がそっと肩を叩いた。


「ユキ、相変わらず抜かりないなぁ」


「……仕事だから」


ユキは小さくうなずいた。


「さぁ、ミーティング始めよっか!」


詩音の声に、スタッフたちがざわざわと動き出す。

展示エリアから、にぎやかに会話を交わしながらカフェエリアへと移動していく。


メイは、少しだけその場に残り、展示エリアを振り返った。

まだ誰もいない、けれど確かに“何かが始まりかけている”空間。

そして──静かに、その背中を向ける。


「……よし」


小さくつぶやき、メイもみんなのあとを追った。


◇◇◇


午前10時。

いつもと同じように、カフェ・ラフォーレ リーヴルスがオープンする。


三連休の初日とあって、朝から客足は多め。

そのほとんどが、展示エリアの写真展を目当てにやってきているようだった。


入口の撮影スポットでは、代わる代わるお客さんがスマホを構え、笑顔で写真を撮っている。

SNSには、いつの間にかハッシュタグをつけた投稿がいくつも上がり始めていた。


展示エリアの中も、そこそこの賑わい。

メイは隅の方に立ち、目の前に広がる光景を静かに見守っていた。


──そのとき。

『木陰にしゃがむ女の子』の前で足を止めた女性が、メイに声をかけてくる。

メガネをかけた、若い女性だった。手には、展示のそばに置かれた一冊の本──『風景万葉』を持っていた。


「この本って、買えるのかしら?」


「はい、カフェのレジの方でご用意しております」


軽く会釈をし、答えるメイ。


その後も──


「この撮影者の、リリカって人……プロの方?」

「写真集とか、出してたりするの?」

「この写真、すてきね……なんか、引き込まれる感じ」


次から次へと、お客さんからの質問が飛ぶ。

そのほとんどが、凛々花の写真についてだった。


忙しなく応対に追われながらも、

展示を楽しんでくれるお客さんの姿を目の当たりにして、メイの胸の中には、言葉にならない充実感が、静かに満ちていった。


◇◇◇


お昼前、展示エリアの混雑が少し落ち着いたころ──

ふらりと、凛々花が姿を見せた。


シックな装いで、目立たない服装。

人の多さに、思わず立ち止まり、少しだけ驚いたような顔をする。


「あ、凛々花ちゃん──」


思わず声をかけかけたメイだったが、

凛々花はすぐに唇に人差し指を立てて「しーっ」のポーズ。


──撮影者だと、気づかれたくないらしい。


それを察して、メイは声を飲み込み、そっと凛々花のそばに寄る。

ふたり並んで、展示の様子を見守った。


「……すごい人」


凛々花がぽつりとつぶやく。


「凛々花ちゃんの写真、好評だよ」


そう伝えると、凛々花はにこっと笑って見せた。

けれどその表情には、どこか不安がにじんでいる。

──メイには、わかる。


ちょうどそのとき、二人のすぐ横を、

若い女性の二人組が話しながら通り過ぎていった。


「あの一番大きな写真……リリカって人のやつ。なんかいいよね」

「だよね! 私、ちょっとウルってきちゃった」


会話はそのまま遠ざかっていく。


メイは何も言わず、隣の凛々花に向かって「ね!」と、にっこりうなずきながらジェスチャーを送る。

凛々花と視線が合う。


一瞬、伏し目がちになった凛々花は──

それでも、もう一度メイを見て、そっと笑った。


さっきまで浮かんでいた不安の影が、少しだけ和らいでいるように見えた。


◇◇◇


「うあ〜〜、つかれた〜〜……!」


営業終了後の控え室。

椅子に座って思いきり背伸びをするメイ。


その隣で、詩音が苦笑しながら言った。


「メイちゃん、休憩取らなさすぎだって。

くるみちゃんが言ってたよ──

『交代しますぅ〜って言っても、なかなか展示エリアから離れないんですぅ〜〜』って」


語尾をのばして、くるみのモノマネを披露する詩音。

思わず、ふっと吹き出すメイ。


「だってさぁ……お客さんの顔見てたら、なんか嬉しくなっちゃって」


「ふふっ。メイちゃんらしい……

頑張ってきたもんね、ずーっと」


詩音がにこっと笑って、そっと言葉を添える。


メイは少しだけ下を向き、

照れくさそうに、けれど確かな笑みを浮かべた。


──こうして、

メイたちがコツコツと作り上げてきた写真展が、静かに、そして確かに動き出した。


◇◇◇


その翌日の日曜日も、

さらに翌日の文化の日も──

多くの人が、ラフォーレの写真展に足を運んでくれた。

SNSでの投稿やシェアも、日に日に増えていく。静かに、でも確かに──反響は広がっていった。

写真展のスタートは、上々の滑り出しだった。


◇◇◇


三連休最後の日、営業を終えた後の更衣室。


「この三連休、すごかったね」


制服を畳みながら、詩音が言った。


「だね。本もかなり売れてたみたいだし」


隣でブラウスのボタンを留めながら、メイが答える。


「うん。『風景万葉』なんか、売り切れちゃってさ。

淳子さん、ちょっと焦ってたよ〜」


「凛々花ちゃんの写真、反響すごかったから…」


「『リリカって方はプロのカメラマンですか?』って、何回聞かれたか分かんないよ」


「本人は、かなり戸惑ってたけどね」


「出版社から写真集のオファーが来たりしてね。

『あー、ぜひ、うちでやらせてください!』とかさ」


「誰それ?」


詩音の誰だかわからないモノマネに、メイがツッコミを入れる。

ふたりで顔を見合わせ、くすっと笑った。


「そうそう、メイちゃん。明日の夜、キャンプ計画の最終会議やるの、忘れてないよね?」


「もち、覚えてるよ。来週だもんね、キャンプ」


メイがにこっと笑う。


「お、いよいよキャンプかぁ〜」

着替えを終えた沙織が、にやりと口を挟む。


「うん、お土産買ってくるからね!」

振り返りながら、詩音が軽く手を振る。


「楽しみにしてるわ。お先に〜」


「お疲れさまでした〜」


メイが沙織を見送る。


「そうだ! 明日、梓ちゃんにも来てもらおうよ」


「……あ、それ、いいかも。あとでRainしてみようか」


「うん! なんか楽しみになってきた〜!」


そんなふたりの笑い声が、更衣室にやわらかく響いていた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

「第7章 別れと出会いのあいだ」、この第100話でひと区切りとなります。


この章では、メイの“積み重ねてきた時間”がひとつの形となり、

詩音は責任の重さを感じながらも、しっかりと前を見始め、

梓には思いがけない風が吹き込み、

凛々花は、自分の写真と初めて真正面から向き合いました。


そしてもう一つ──

ラフォーレのオープニングを支えてきたスタッフたちとの“別れ”。

短い期間でも、一緒に駆け抜けた仲間との別れは、メイや詩音にとって確かな節目だったように思います。


その一方で、“出会い”もありました。

凛々花との距離が少しずつ近づき、

スイング・ブラスの加輪隅さんや草薙マスターのような、大人の新しい縁がそっと差し込んでくる。

彼女たちの世界が、気づかないうちに少しずつ広がっていく──

そんな瞬間が、この章にはいくつもありました。


大きな声では語られないのに、胸の奥で何かがふわりと動き始める時間。

「別れ」と「出会い」が静かに重なっていく季節を、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


次章からは、いよいよキャンプ本編です。

彼女たちが見つける“次の景色”を、また一緒に見届けてもらえたら幸いです。


いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ