表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/143

第1話 空虚と動画と心の火種


平瀬メイは、夜が嫌いではなかった。


誰とも話さず、一日が終わるこの時間が、一番自分のままでいられる気がした。


短大を出て、地元・神奈川県矢鞠市の小さな会社に勤めて一年と少し。

仕事内容はいたって普通。電話をとり、ファイルを整理し、コピー機の調子をたまに伺う。それだけの日々。


誰かと競うこともなければ、特別期待されることもない。

「平瀬さん、今日もありがとうね」

そう言われるたびに、笑って「はい」と返す。けれど、その声がどこまで届いているのか、自分でもよく分からなかった。


職場は家から徒歩圏内。満員電車に揺られずに済むのは助かる。就活のときから、そんな職場を探していたのも事実だ。


家は立派な一軒家。正確には母方の祖父母が建てた家を、両親がリフォームしたもの。

けれど両親はもういない。二つ下の妹も地方の大学へ行き、今はひとり暮らし。


広すぎる家は、良くも悪くも「ひとり」を強く意識させる。

だけどメイは、寂しいと思ったことはない。

むしろ——一人って、楽だなぁ。そう思っていた。


そんな家に、今日も帰ってきた。


コンビニのパスタを食べ、インスタントのコーヒーを淹れて、自室へ。

灯りは消して、デスクライトの光だけにして、ベッドに寝転がる。


唯一の趣味は読書。といっても恋愛小説や自己啓発本には興味がない。

彼女が読むのは、UFOとか幽霊とか時空のねじれとか、そんな類いの本ばかりだった。

それも「読むだけ」。心霊スポットに行くわけでも、誰かと語り合うわけでもない。

ページをめくって「ふうん」と思って、それで終わり。


今夜は読書じゃなくスマホの気分。

音のない部屋に、スマホの画面だけが光っていた。


何気なくSNSを開く。

「#ねこ」「#今日の晩ごはん」「#空が綺麗だったから」

タイムラインは、誰かの“今日”で溢れていた。


知り合いも少しはいるけれど、ほとんどは知らない人。

タグの海に漂うように、指先が画面を滑っていく。


そのとき、不意に親指が止まった。


焚き火の動画。


暗い背景に、ぽっと灯る小さな炎。

薪が燃える音がスマホ越しに届く。


パチ……パチッ……。


風の音も、虫の声もない。ただ火だけがそこにあった。


理由なんてなかった。偶然かもしれない。

でもメイの目は、その炎から離れられなかった。


燃えては揺れ、揺れてはまた燃える。

一定のようで、不規則な火の揺らぎ。

画面越しにじわじわと、心の奥へ染み込んでいく。


それは、音もなく降る雪のようだった。

冷たくもなく、あたたかすぎるわけでもなく。

ただ静かに──すっと、心に入ってきた。


気づけば、頬をつたうものがあった。

スマホの画面に、小さな雫がひとつ落ちる。


自分でも、いつ流れたのか分からない涙。

だけど、どうでもよかった。


「……火、きれい」


声にならないような言葉が、部屋の静けさに滲んでいく。


炎が、ただきれいだった。

それだけ。


小さな、小さな火種。

何かを変えるほど強くはない。

けれど確かに——彼女の心の奥に、ぽっと灯っていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ