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学園生活のスタート2

 


 支度を終えた私は、制服の襟元をそっと整えてからダイニングへと向かった。

 扉を開けると、暖かな香ばしいパンの匂いとともに、楽しげな家族の声が耳に飛び込んでくる。


 そこには、いつものように両親とふたりの兄、アレクシスとエミル――そして、リアムの姿があった。


(……すっかり馴染んでる)


 リアムは皆と談笑しながら、パンに手を伸ばしていた。その姿はまるで、最初からこの家の一員だったかのように自然で、私は思わず、そんな光景を微笑ましく見つめてしまった。



「おはよう」


 私が声をかけると、ふたりの兄と母がすぐさまこちらを見て――


「「可愛い!」」


 エミルと母の声がほぼ同時に飛んできた。続けてアレクシスが「春の妖精が降り立ったかと思った」と真顔で言い出すし、父まで「やっぱり我が家の誇りだな」とにこにこしている。


「や、やめてよ……もう……!」


 私は顔が熱くなるのを感じながらも、家族のあたたかい視線に小さく笑う。


 ――そしてそのすぐ横で、リアムだけがカップに口をつけながら、私にだけ分かるように、呆れたような笑みをこぼしていた。



(……素の顔が出てますよ!)


 目でそう訴えかけても、リアムは何も言わずにまたカップを置き、静かにパンにジャムを塗っていた。


 そんな中、アレクシスが神妙な顔で言い出す。


「でも、これだけ可愛いと……学園でいじめられたりしないだろうか。魔力がないことを馬鹿にされたりとか……」


「兄さん、まだそんなこと言ってるの?この前の魔力測定のときだって、特に何もなくて大丈夫だったって聞いたじゃん。過保護もほどほどにしないと、ウザがられるよ?」


 エミルの軽口に、アレクシスは眉をひそめる。


「過保護で何が悪い。俺たちの妹だぞ?心配するのは当然だろう」


「はいはい、心配するのは自由だけど、それを本人の前で言いすぎるのはどうかと思うけどな〜?」


 そんなふたりの言い合いに、空気が少しざわつき始めたころ。



「……あの、お話の途中にすみません。スフィアさんのそばには、僕がずっと一緒にいるので、どうかご心配なさらず」


 リアムが、落ち着いた声音でそう言った。


 その声はダイニングにすっと染み込むように響いて、兄たちの口論がぴたりと止めた。


「あー、たしかに。リアムがそばにいるなら、むしろ安心かもね」


 エミルがぽつりと呟くと、アレクシスが小さく頷いた。


「今年の入学生首席だしな」


 ふたりともすっかり納得したようで、あっさりと会話を終えると、再び食事を再開する。


(あんなに心配してたくせに……切り替え、早すぎじゃない?)


 あまりのあっさりさに、私は思わず内心でツッコミを入れた。


 そんな兄たちの様子を見て、両親がくすくすと微笑み合う。


「ふふ……このまま本物の息子にしたいくらいね」


 母が冗談めかして言うと、父も軽く笑いながら、リアムに向き直った。


「君を預かっている私まで鼻が高いよ。……スフィアに何かあった時は、頼むよ」


 リアムはというと、いつもの憎たらしいくらい整った顔でにっこりと微笑み、


「はい、お任せください」


 と、完璧な受け答えをしてみせた。


 その姿はまるで、最初から我が家にいたかのように馴染んでいて。


(あの、性格にちょっと難があるリアムが……うちの家族とこんなに自然に話してるなんて)


 内心、感心せずにはいられなかった。


 無愛想なはずなのに、必要なときには完璧な受け答えができて、しかも家族の誰もがそれを疑わないほど自然。


(……なんかもう、すごすぎて、ちょっと笑っちゃう)


 そんな風に思った自分に、少しだけ苦笑した。



 * * *


 朝食を終え、家族で賑やかに会話を楽しんでいたその時。


「……っ!! 忘れてた! アーノルドに呼び出されてたんだ!!」


 突然エミルが椅子を跳ねるように立ち上がり、慌てた様子でそう叫んだ。


「僕、先に学園へ向かうよ!」


 そう言うなり、慌てて身支度を整えると、そのまま馬車に飛び乗って勢いよく屋敷を出ていった。



 そんなわけで――入学式へ向かう馬車の中には、私とリアムのふたりきり。


 馬車の窓から差し込む春の陽射しが、淡く揺れるカーテンを優しく照らしていた。


 しばらくの間、揺れる車内に静かな時間が流れていたけれど――リアムがふと、ポケットに手を入れる音が聞こえた。


「これ、リボンに着けとけ」


 ぽつりと呟くようにそう言って、私の前に差し出されたのは、小さなサファイアの石がついたブローチだった。


「えっ……これって……」


 驚いて手に取ったそのブローチは、リアムの瞳の色をそのまま映したみたいに澄んでいて、深い青が光の粒を集めていた。


「お前の家族には、“ずっと一緒にいる”って言っちまったけどな。……さすがに、四六時中そばにいるわけにもいかないだろ」


 そう言いながら、リアムは少しだけ視線を外して、窓の方を見やる。


「それには俺の魔力を込めてある。まあ……何かあった時に、少しは役に立つはずだ」


 リアムは、あくびを噛み殺しながら伸びをひとつして、面倒くさそうに言葉を続けた。

 屋敷で見る“貴族のリアム”ではなく、素のリアムを前にすると、自然と肩の力が抜けてしまう。


 私はそっとブローチを手のひらにのせて、馬車の窓から差し込む光にかざした。


 淡い陽射しの中で、サファイアの輝きがきらきらと弾ける。



「……すごく、綺麗ですね」


 ぽつりとこぼれた言葉に、リアムはちらりとこちらに視線をよこすと、少しだけ視線を伏せた。


 そして、ぼそっと呟くように言った。


「……できるだけ、そばにいるようにはするから。安心しとけ」


 それはまるで、照れ隠しのような、でもちゃんと私を気遣ってくれているような――そんな、リアムにしては珍しい“優しさ”だった。


 私は思わず、手の中のブローチをぎゅっと握りしめた。

 その美しい輝きが、なんだか心まで強くしてくれる気がする。


「ありがとうございます。すぐ付けますね!」


 そう言って胸元のリボンに手を伸ばす。けれど、慣れない作業に少し戸惑ってしまった。

 うまく位置が定まらないし、留め具も思ったより固くて、何度試してもずれてしまう。


「……ちょっと、待っててくださいね……これが……」


 もたついていると、向かいに座るリアムがじっとこちらを見ていた。


 そして――ふぅ、とため息をひとつ。


「……貸せ」


「え?」


「……ったく、手間のかかるやつだな。こっち向け」


 少しだけイラついたような声でそう言って、リアムは私のリボンに手を伸ばした。

 手早く、でも丁寧に位置を整えて、カチッと留める。


「はい、終わり。これでもう動かねえよ」


「わ、ありがとうございます!」


 私は両手でリボンをそっと押さえながら、ふと思いついてリアムに顔を向けた。


「どうですか?似合ってますか?」


 そう聞くと、リアムはふっと鼻で笑って、腕を組みながらどこか得意げに言った。


「まあ、俺のセンスがいいからな。お前みたいなガキでも、そこそこ様になってんじゃね?」


「ガキって……自分だって、今は私と同じ年齢くらいじゃないですか」


 私は思わずむくれて言い返した。だって事実、今のリアムは見た目だけなら、私とほぼ変わらないのに。


「は?俺とお前じゃ全然違うだろ。鏡見てこい」


 リアムは、少し眉をひそめながら、ちょっとムキになったように返してきた。


(……あれ?もしかして、自分でもそう思ったとか?)


 そんなふうに内心でくすりと笑っていると、ふと馬車がゆっくりと止まる感覚がした。


「――着いたぞ」


 リアムが、窓の外をちらりと見ながらぼそりと呟いた。


 その言葉に、私は胸の奥がぎゅっと引き締まるような感覚を覚えた。


 (いよいよ……今日から、学園生活が始まるんだ)


 窓の外に見える立派な校門が、自然に私の喉をごくりと小さく鳴らした。


(……なんか、すごく緊張してきたかも)


 そんな私の様子に気づいたのか、リアムがニヤリと口角を上げる。


「まさか、ここまで来て今さらビビってんのか?」


 からかうような口調に、私は少しだけ睨み返しながらも、すぐに背筋を伸ばして言い返した。


「…っ!……大丈夫です!」


 きっぱりと返すと、リアムはどこか愉しげに目を細め、口を開く。


「んじゃ、行こうぜ」


 ――まるで、それが学園生活の始まりを告げる合図であるかのように。


 ゆっくりと、馬車の扉が開いた。



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