令嬢道~婚約者にべっとりな病弱従姉妹の心を折ろうとしたら、ヒーローを手に入れた令嬢の話
肉を切らせて骨を断つ。
骨を断たせて髄を斬る。
髄を斬らせて・・・・
【心を折る!】
ペチン!ペチン!
と私は庭に設置された立木に扇をたたき込む。
「オ~ホホホホ!扇は人を叩くものではないですわ!心を斬るものですわ!」
「はい、師匠!」
「師匠ではありませんわ!紅薔薇と呼びなさい!」
「はい、紅薔薇様!」
・・・私はヴァルキリア・ロードス、伯爵家の総領娘。
今日も修行に励む。
何故なら、私は婚約者の従姉妹に暴力をふるった事になっているからだわ。
少し説明が必要ね。
☆☆☆回想
私の婚約者はエルデン侯爵家の第2子ノベルト様、いつも婚約者の私を差し置いて従姉妹と一緒にいる。
「ゴホゴホ!ノベルト~」
「ヴァルキリア、スーザンにもお茶とケーキを用意してくれ」
「あの、今日は私とのお茶会ではないですか?」
「スーザンは病弱なのだ。気を使ってくれよ!」
「キャ、ノベルト~、いいの。私が我慢すればいいのよ」
「スーザンは優しいな。それに比べて」
薄い白銀の髪を揺らしてゴホゴホする。薄幸の美少女のようだわ。
デートにもついてくる始末だ。
パーティーの時もエスコート無し。スーザンのエスコートをする。
「ルド、代わりにエスコートしてやってくれ。一応、お前は我が家門の親戚だから面目は立つな」
「・・・はい」
と護衛騎士に頼む始末だ。
「「「プゥ~クスクスクスクス~~」」」
笑われたわ。騎士のルドは謝罪をしてくれた。
「お嬢様・・申し訳ございません」
「貴方が謝ることではございませんわ」
でも、入婿で来たら変わるだろうと思っていた。
しかし、結婚後の生活の話会いの時にとんでもない事を言う。
侯爵家で行われたわ。
「スーザンが病弱で心配でたまらない。伯爵殿にスーザンの部屋とメイド、諸々の予算を確保するようにお前からお願いしてくれないか?」
ガタ!
思わず立ち上がってしまったわ。
「なら、ご自分で言ってくださいませ!」
さすがに怒った。このまま退室しようとすると、
ノベルトの隣にいたスーザンが私を止める。
「ゴホ、ゴホ!ヴァルキリア様、申し訳ございません!でも、ノベルトの優しさを・・キャアアーーー」
「えっ」
肩を掴んできたので、軽く手を払ったら、大げさに倒れてしまったわ。
「スーザン大丈夫か!」
嘘でしょう。
それから、私が暴力をふるった事になった。
普通なら婚約を解消、破棄になるが、それはならなかった。
向こうは、私は結婚まで躾役をつけて、マナーを学べ。
スーザンの部屋を用意しろとの事だ。
お父様は怒って下さったわ。
「婚約を解消しよう。どこかに、ヴァルキリアを大事にしてくれる貴公子がいるはずだ」
「お父様・・もうすでに出資は終わったのでは?」
「何、亡きクラウディアとの約束だ。お前を幸せにすると約束したのだ。出資金が返ってこなくても伯爵家の屋台骨は揺るがない程度の金だ」
嘘・・・家門の命運をかけた事業だわ。
私はそれから、暴力女との噂がたった。
スーザンのファンが私にちょっかいをかけて来た。
「スーザンは病弱なんだ。それを殴るなんて!」
「お前も同じ目にあわせてやる!」
噂を真に受けた貴公子達に囲まれた。
「お嬢様!」
「ケリー!」
メイドは止めるが、男を止める事なんて出来ない。払われたわ。
私は肩を掴まれて、拳をあげられたわ。
その時。マダムの高笑いが響いて来た。
【オ~ホホホホホホホホ、か弱い令嬢に拳をあげるなんて、女神様が目をつぶっても、私!紅薔薇が許さないわ!】
仮面パーティーでつける蝶のアイマスクの貴婦人が現れたわ。
真っ赤なドレスだわ。
「クスクス、紅?薔薇だって?おばさん。あっちに行って、僕ら正義の行いをしているのだ」
「ババ、無理するな・・・グギャーーーー!」
その貴婦人は扇で貴公子の腕を叩きボキっと骨が折れた。右腕が断裂してブラーンと垂れ下がっているわ。
・・・扇よね。
【まああ!小便臭いジャリタレが!ババ?!ですってーーーー!お前の母ちゃんに言ってみろ!】
ボキ!ガキ!
倒れた貴公子の脇腹に蹴りをいれているわ・・・
「「「ヒィ!」」」
「「「逃げろーーー!」」」
貴公子達は仲間を見捨てて逃げ去ったわ。
「もう、結構です!お止め下さい!白目を剥いていますわ!」
私は必死に止めた。
「あら、そうだったわ。オホホホホホ!」
何故かそのままついて来て・・・
私の躾役におさまったわ。父の名を親しげに言うわ。知り合いかしら。
「オ~ホホホホ、デルタール様!ご息女のマナー教育お任せ下さい!結婚までに仕上げますわ!」
「うむ・・・この推薦状は・・陛下だと!」
それから、扇でペチンの修行の毎日だ。
「良いこと?1日千回をもって修となし!1日万回をもって極となす!」
裏庭の立木に扇を打ち込む毎日だ。
我家の使用人達も不思議そうに見ている。
父はうなっている。
これがマナー教育かしら。
でも陛下の推薦状があるからとりあえず任す事で落ち着いた。
「良い事、この地は修行の神聖な場所よ!使用人に任せずに草刈りをしなさい!」
「はい!」
「違うわ!根っこまでよ!」
「はい!」
「迷い込んだ猫ちゃん、お魚をくわえているわ!ハンティングしたのね。いけない猫ちゃんね!追いかけて!」
「はい」
「ミャアアアアーーーー!」
そんな日が続き。打ち込みの練習をしているとき。
疲労で膝がガクンと落ちた。
バチン!
一瞬、立木が揺れたように思えた。・・・これは。
「フフフフ、気がついたようね。見てご覧なさい」
紅薔薇様は・・・
スパン!
扇で立木を斬ったわ!
「柔らかいものでも、速ければどんなものでも切断できるわ。これぞ、令嬢道!扇垂木斬り。別名、泥棒猫殺しよ!」
「はい!」
それから、毎日練習をした。
草むしりで手首が鍛えられた。
「エイ!」
「お嬢様、それは木の苗木です!」
猫ちゃんを追いかけることで、体力がついたわ。
今日はお魚泥棒猫ちゃんを捕まえる事ができた。
「ウニャーーー!」
「フフフ、食堂に話を通してお食事を用意するから、庶民の糧をとるのはおやめなさい!」
「ミャアアアーーー」
首根っこを捕まえて、優しく諭したわ。
そして、ついに、
「令嬢道!泥棒猫斬り!」
スパン!!
立木が斬れたわ。
「お見事、令嬢道、泥棒猫斬りを会得したわね。これからは私を義母と呼んでも良いのよ」
「いえ、それはさすがにお父様が誤解されますから、紅薔薇様で」
「あ、そう」
謀略を圧倒する力を手に入れた。
そして、満を持して、
今、侯爵家のパーティー会場にいる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
侯爵閣下を筆頭に大勢集まっているわね。ガーデンで私の公開謝罪が行われるわ。
スーザンは相変わらずにノベルトの隣にいて、手を腰に回されているわ。
「ヴァルキリア!性根は直ったか?とりあえずスーザンに謝罪しろ」
この国では女でも当主になれる。
しかし、スーザンの実家は貴族位ないはず。
「わ、私、謝ってくれたら、それで良いから!ゴホゴホゴホ!」
「いや、言葉ではいくらでも言い繕いが出来る。そうだ、スーザンの靴にキスをするのはどうですか?父上」
「うむ。それが良かろう。スーザンは我が家門の一員だ。侯爵家と伯爵家の差を考えたら当然だな」
とんでもない提案を出されたわね。スーザンもニヤニヤしているわ。
扇の先端を顎にあて、
ユラ~リと二人に近づく。
考えるのよ。
感じるのよ。
何をすれば良いのか分かるわ。
「・・ヴァルキリア?!」
「オ~ホホホホホホ!秘技!令嬢道!泥棒猫斬り!」
体が勝手に動いた。足を大きく踏み込み扇を高く上げる。
一閃!
ノベルトとスーザンの前で扇を斬る!
【バチン!】と何かを叩いた大きな音が会場に響いたわ。
それから、
ヴァオン!と風を斬る音が後から会場に響く。
ノベルトは腰を抜かして尻餅をつく。
スーザンは、四つん這いになり。まるでGのように、手足をバタバタして逃げ出したわ。
「ヒィ!ヴァルキリアがおかしくなったわーーー誰か助けて!」
話す時にいつもゴホゴホしているが、今回はないわね。
侯爵も膝を落としている。夫人は失神しているわね。
皆、逃げ出したわ。
その時、護衛騎士のルドがノベルトの前に出てきて庇う。
護衛騎士だからね。当然だわ。
腰の剣の柄に手を当て、私と対峙する。
「お嬢様!!どうか、お止め下さい!重々同情いたしますが・・・これ以上は罪になります!どうかお考え直しを!」
「笑止!あら、ルド様、私に勝てるつもりかしら」
「空間を切り裂く妙技!勝てる道理がございませんが、これも護衛騎士の役どころ!」
私は扇を降ろし微笑んだわ。
「フフフフ、あ~ら、私、スーザン様が蚊に襲われそうだったから扇でペチンとしただけですわ」
扇を見せた。
わずかな血と蚊の死骸が張り付いていた。あの大きな音は蚊を潰した音よ。
「なんと・・」
「スーザン様に謝罪をしますわ。どこかしら・・あら、庭の隅で壊れたオモチャのように塀によじ登ろうとして、落ちているわね。ノベルト様、エスコートを・・・まあ、お小水を漏らしているわね。ルド様、エスコートをお願いします」
「是非もなし」
スーザン様の元に行くと、病弱な令嬢の面影はどこにも無かったわ。
「ヒィ、化け物よーーー!ルド、斬りなさい!一回ぐらいならやらせてあげるから!」
喚き散らすスーザン様の前で、スカートの裾を少しあげて、丁寧に謝罪をしたわ。
「申し訳ございませんでしたわ。屋敷に犬小屋ぐらいの大きさの箱を用意してございますわ。箱入り娘として生涯をお過ごし下さいませ」
「ヒィ、ノベルトあげるから、来るな!来るな!」
「えっと、靴にキスでしたわね」
「ヒャアアーーーー!」
スーザンの片足を持ち上げた。スカートがめくれる。
ルドは顔を背けて目をつぶったわ。
ほんの少し、スーザンの靴にキスをした。これでおしまいね。
「ルド、そやつを斬れ!」
侯爵が息を吹き返して、屋敷の使用人達を集めて、ルドに命令をしたわ。
ルドは一瞬微笑んで。
「侯爵閣下、お嬢様はきちんと謝罪をしました。理にかなった行動を取られています。これで討伐をしたら当家の名折れでございます」
「お前など首だ!」
ヒヒヒ~~~ン!
その時、馬のいななきが聞こえた。
あの赤い制服は近衛騎兵団だ。
先頭に紅薔薇様がいた。
今日はアイマスクをつけていない。
薄々わかっていた。あの方は王妹殿下のグレース様。
婚約破棄をされ、その後、令嬢道を極めようとしている求道者だわ!
「よい所に来られた!あの女を捕まえてくれ!」
侯爵は馬の上のグレース様の足にすがりつく。
すると、
「無礼者よ!王家の者に触れるなんて!」
パチンと扇で侯爵を叩いたわ。
「聞け!陛下のご裁可である。エルデン侯爵家とロードス伯爵家、婚約を一時見直す!婚約者チェンジのご命令だ!」
ルドが心配してくれたわ。
「お嬢様、良かったと言って宜しいのですか?」
「あら、私はヴァルキリアよ。次からはそう呼びなさい。首になったのだから我家に来なさい」
と、今は、ルドは私の婚約者として屋敷にいる。
父から領地経営を学んでいる最中だわ。
「ルド君、領地周りに行こう」
「はい、伯爵様」
後2年で結婚になったわ。
王都のタウンハウスから領地に向かう二人を見送る横に。
何故かグレース様がいたわ。
「オ~ホホホホ!デルタール様!留守はヴァルキリアと私にお任せ下さいませ!」
「ああ・・・」
父が王宮に出仕していたときに、一目惚れをしたそうだわ。
しかし、お母様との婚約が決まって思いを告げられなかったそうだ。
グレース様の令嬢道は終わりを告げるわ。
これからはお義母様と呼ぶことになるのかしらね。
最後までお読み頂き有難うございました。