秘めたる魔力
「……魔力の吸収……やはり、そうでしたか」
「うむ、生後その者が蓄積した魔力を残らず全て吸い取る――それが、ロラの能力じゃ」
青と赤のコントラストが美しい、ある薄暮の頃。
私の呟きに、深く頷き説明を加える白髪の男性。我らがソルエ魔法学校の学長であり、一応は私のご主人さまでもあります。と言うのも――
「……ところで、貴方はこの事態を事前にご存知だったのではないですか――神様」
そう、ジトッと視線を向け尋ねる。そう、彼は学長でありこの街を護る神様――そして、私は彼に仕える天使だったりするわけで。
ところで、そんな人間ならざる私がどうして人間の皆さんと共に学生として過ごしているのかと言うと、それは偏に神様の計らいで……まあ、この辺りの事情は今は割愛すると致しましょう。
ともあれ、質問の返事を待つ。すると、少し間があった後――
「……ふう、お主には隠しごとが出来んのう、リリア。まあ、お主に隠す必要もないんじゃが」
「……あの、つかぬことをお伺いしますが……よもや、貴方が仕組んだことでは――」
「心外にもほどがあるわい。わしはただ、降って湧いたようなあやつの企みを利用すべく放置しただけじゃというのに」
「いや、それもどうかと思いますが」
すると、言葉通り心外とばかりにそんなことを宣う神様。……いや、それもどうかと思いますが。民を護る立場でしょう、貴方。……まあ、それはそうと――
「……それで、理由はやはりロイですか? 彼の、秘めたる魔力を引き出すために」
そう、彼の目をじっと見つめ尋ねる。基本おちゃらけた神様ですが、馬鹿ではありません。なので、今回の件に関しても何か重要な理由が――
「――今から七年も前の話じゃが……ロイは、自身の両親を殺してしまった」
「…………え?」
不意に語られる、衝撃の言葉。……まさか、あのロイが。誰に対しても優しい、さながら善を体現したようなあのロイが? でも、神様が嘘を言っているようには思えないですし……そもそも、こんな悪質な嘘を吐くとは思えな――
「――まあ、もちろんロイの意思ではないのじゃが。ただ、暴走する魔力を制御できなかっだけ――常人には及びもつかない、辺り一帯を壊滅させてしまうほどの甚大な魔力をな」
すると、常ならぬ表情で告げる神様。普段の剽軽なものとは想像も及ばない、甚く重々しい表情で。
そして、それは彼の表情を差し引いても十分に信憑性のあるもので。辺り一帯を壊滅させてしまうほどの……意図せず命を奪ってしまうほどの魔力なんて、俄には信じ難い。
……だけど、実際に感じてしまった。あの時、ロイが纏っていた魔力は、あの教室にいなかった私にすらひしひしと伝わって。それこそ、私の魔力すら霞んでしまうほどに。暴走しなかったのは、当時と違いある程度は制御できるようになったからでしょう。魔力の制御は、感情の成熟度合いが大いに関わってきますから。
……ですが、それでもあれほどの魔力……いつ何時、再び制御不能になってもおかしくはありませんが……まあ、流石に今回はそうなる前に神様がどうにかしてくださるでしょう。
……ただ、それはそれとして――
「……それが理由で、ロイの魔力を完全に抑えつけたということですか? ですが、流石にそれは理不尽――いえ、そもそも貴方なら事前に止められたのではありませんか? 彼の魔力が暴走してしまう、その前に」
「……そう責めるでない、リリア。止められるものなら止めておったが、わしだって万能ではない。間に合わないことだってあるのじゃ」
「…………」
そう、淡く微笑み答える神様。……まあ、そう言われてしまえば返す言葉もないのですが。ですが……それでも、とは思ってしまいます。もし、事前に止められていれば、彼は――
「――じゃが、流石にわしも不憫に思った。じゃから、あの時は特別に両親を生き返らせることにした――ある代償と引き換えにな」
「……そう、だったのですね」
そんな神様の説明に、呆然と呟く私。……そっか、生き返らせてあげたんだ。それは素晴らしい、大変素晴らしいのですが……いや、代償取るなよ。不憫と思うなら代償取るなよ。それも、何の責任能力もない子どもに対して。
「……それでは、ロイの魔力を奪ったのはご両親の命の対価でもあったということですか? 彼の魔力の暴走を止めるためだけでなく」
ともあれ、そう確認してみる。……まあ、いずれにせよ魔力を奪う必要はあったのでしょうけど。ロイ自身を守るためにも、当時は制御し得ないその桁外れな魔力を奪う必要はあったのでしょうけど……それでも、全部奪う必要はなかったのでは? 尤も、二人の尊い生命の対価であるなら、決して重い代償とは言えないのでしょうけど……それでも、繰り返しになりますが、相手はまだ責任能力のない子ども。なので、そこは手心を加え暴走しない程度の魔力くらいは残しておいてあげても――
「――ほう、もしやとは思っておったが……本当にそう思っておったのか? わしがロイの魔力を奪ったと、本当にそう思っておったのか?」
「…………へっ?」
そう、何とも呆れたような表情で尋ねる神様。……うん、その表情は些かイラッときますが……でも、どういうこと? 魔力を奪った……いや、抑えた、かな? まあ、この文脈では同じことだろう。ともあれ、そうでなければどうして彼の魔力は――
「――不思議に思わんかったか? あやつの能力は、魔力を吸い取るというもの――じゃとしたら、突如生じたロイのあの魔力はどう説明するんじゃ? わしが魔力を奪っていたら、そもそもあやつが吸い取る魔力など皆無――じゃとしたら、『良くも悪くもロイには何も起こらないはずじゃろう』」
「……っ!!」
神様の指摘に、思わず言葉を失う私。……確かに、そうだ。タイミングがタイミングなだけに、きっと何かしらの作用が生じたのだと思っていた。彼の秘めたる魔力を目覚めさせる、何かしらの特殊な作用が。
……だけど、それはおかしい。既に神様が魔力を奪い取っていたとしたら、間違ってもあんな現象は起きていない。だとしたら、いったい――
「――答えは簡単じゃよ、リリア。わしは魔力を奪ったのではない――与えたのじゃ。あの莫大な魔力さえ無効にするほどの、途方もないほどに甚大な『負』の魔力をな」




