リリアの決意
――穏やかな陽が心地好い、翌朝のこと。
「――おはよう、ロイ。これから宜しくね?」
「……へっ? あ、うん……宜しくね、リリア」
通学路にて、そう声を掛ける私。すると、声を掛けられた美少年――ロイは困惑の表情で答える。まあ、それはそうでしょう。ずっと一緒にいたのに、これからなんて言われたら。
ですが、私としてはこれが正解……私にとっては、ここが出発点なので。人間として今後の生を全うする、もう一つの出発点なので。
『……人間になりたい、か。その言葉に、偽りはないのじゃな? リリア』
『はい、もちろんです神様。この忠実なる下僕たるわたくしめが、貴方様に嘘を申したことなどありますか?』
『いや、もうその言葉が嘘じゃと思うが。そもそも、忠実なる下僕でもなかったじゃろうに』
『ふふっ、そうですね。そして、もちろん問題はありませんよね? 私だって、ちゃんと例の水準を満たしているはずですし』
一週間前、校長室にて。
私の申し出に、何とも珍しく真剣な表情で確認を取る神様。その申し出とは、彼の言うように人間に――天使を辞めて、人間になりたいというもので。
だけど、神様に驚いた様子はない。むしろ、分かっていたように見受けられます。それから、再び真剣な表情を浮かべ――
『――ああ、承知した。ちなみに、分かっているとは思うが……決してやり直しは効かんから、後悔するでないぞ』
そう、真っ直ぐに告げる神様。私だって、彼とそれなりに長い付き合い――それが、彼なりの餞だということは流石に分かった。
「……ところで、リリアさん。その、ほんとに今更だけど……こうして、僕と一緒にいて良いの?」
「それは本当に今更ですね。それでは逆にお尋ねしますが、どうして一緒にいてはいけないのでしょう?」
「それは……ほら、僕みたいな落ちこぼれと一緒にいたら、リリアさんの評判に酷く傷が――」
「そうですね、ロイは弱いですし。恐らくは、この学校の誰よりも」
「……ぐっ。……でも、だったらどうして……」
その日の昼休みのこと。
いつもの中庭にて、そんなやり取りを交わす私達。何とも遠慮のない私の言葉に、流石に少し傷ついた様子のロイ。……ふふっ、可愛いですね。
ですが、意地悪はほどほどにしておきましょう。私のために言ってくれているのに、あまり揶揄っては申し訳ないですし。そういうわけで、再び口を開いて――
「……確かに、貴方は弱い。この学校の誰よりも。ですが……同時に、貴方は誰よりも強い――私はそのように思っていますよ、ロイ」
「…………えっと、どゆこと……?」
私の言葉に、ポカンと口を開けるロイ。まあ、そうなりますよね。ですが、これに関してはくどくど説明するつもりはありません。代わりに――
「――さて、改めてではありますが……ありがとうございます、ロイ。あの時、私を守ってくれて」
「…………別に、僕は何も……そもそも、僕なんかが出しゃばらずとも、リリアさんなら自分でどうにでも出来ただろうし……」
そう伝えると、少し目を逸らしつつボソボソと答えるロイ。……全く、そんな寂しいことを言わないでほしいですね。こっちは感謝してるんですから、余計な心配などせずに素直に受け取って頂きたいものです。
ともあれ、何のお話かと言うと――遡ること一年ほど前、入学から三ヶ月ほど経過したある日のことで。




