第71話 メルヴィ人
最初に、ソフィアステイルが見解を話す事になった。
100年前のあのトトアトエ戦役の時の話だ。
ソフィアステイルとベルフォリスは、当時からアルメイレ国を拠点にしていた事もあり、トトアトエ・テルニアがソルフゲイルに侵攻されて来た事には早い段階から気付いていたのだ。
「あの頃、セレスにはまだ話していなかったと思うが、私とベルはトトアトエ・テルニアの領内に入る事が出来ぬ状態だったのだ。何とかして入ろうとアルメイレとトトアトエ・テルニアの国境の地域は全部まわってみたのだけど、全く入れなかった。何者かが仕掛けた大掛かりな結界の所為でな。」
ソフィアステイルは一息つくと、カップに注がれたコーヒーを口にする。
「その結界には、私とベルにしか発動しない何らかの術式が組み込まれていた様でね、その結界を張った何者かの記憶をすっぽり抜き取られてしまった訳だ。」
首を横に振りながら、ソフィアステイルはため息をついた。
「所が、僕は結界を破ろうとしているソフィアの後ろから見ていた、つまりあまり結界の影響を受けていなかったのが幸いして、結界を張った人物の事をかろうじて覚えていたんだよね。」
ため息をつくソフィアステイルの言葉の続きを紡ぐ様に、ベルフォリスが続ける。
「みんな、思い出して欲しいと言っても多分トトアトエ・テルニアの中に居た人は全員記憶を奪われていると思うんだけど、僕らにはこうやって集まって色々話し合ったり作戦を練ったりする親しい仲間がもう一人居たんだよ!」
仲間がすっかり忘れている人物の事を少しでも思い出して欲しいと言う願いから、ベルフォリスはかつての仲間の事を話す。
「彼が何のために僕達を裏切ったのかは分からない。けれど、僕らは結構仲が良かったと思うんだよ。僕は・・・」
ベルフォリスは、今の自分の中にあるその人物の記憶の印象を話す。
「彼はメルヴィ人で、ちょっと小柄で人見知りがあったけど、仲良くなってからは凄く良い仲間だったと思うんだ。彼の特技の結界術はかなりのモノだったから、あのトトアトエ戦役の時の結界は彼が術式を構築した結界だと思う。
そして、今回のあのコレットの家の・・・・・周囲に張られた結界も多分、彼がやったんだと思う。」
ここまで話すと、ベルフォリスは少し落ち込んだ様な状態になった。
あの惨劇を、かつての彼がやったのだと思うと、ベルフォリスの心の中には憤りを通り越して悲しみが渦巻いていた。
「な、なるほど・・・・・この話は知らなかった。確かに聞いてなかったアタシは。ミカゲは知ってたか?」
セレスは、ベルフォリスが話している間は何度も頷きながら頭にその情報を叩きこんでいた。
「あちしも知らなかったんだち。」
セレスに急に話を振られたミカゲだったが、ミカゲ自身もその謎の結界術師のメルヴィ人の事は、全く持ってサッパリ記憶に無い状態になっていた。
かつてこの土地がまだトトアトエ・テルニアだった頃からの仲間達の中に居た仲間の一人が、何らかの理由で裏切って、更に仲間全員の記憶から自分自身に関する記憶だけをサッパリ消し去ると言う、ある意味礼儀が正しい様なそんな彼の事を、これから思い出そうとしている。
完全には忘れ切っていないベルフォリスと、完全に覚えていると思しきレオルステイルだけが、少々複雑な心理状態になっていた。
「では、次は儂が話そうぞ?」
少しの沈黙の後、誰もが話しづらい状況だと思っていた空気をバリバリと破壊する音が聞こえてきそうな程の剣幕で、レオルステイルが話し始める。
トトアトエ戦役を乗り越えたメンバーの中では唯一、その謎の人物の事を覚えていると思われるのがレオルステイルだった。
当時、レオルステイルは諸国漫遊の旅に出かけていて、トトアトエ・テルニアはもちろんの事、そもそも蒼壁の大陸にすら居なかった。
当時は白壁の大陸に行って、巨大な白鯨と一騎打ち?的な事をしていたらしい。
この辺は、セレスも『慟哭の門』を使って時空間移動をした時に知った事実だったので明確な理由は分からないが、とにかく諸国漫遊の旅をしていたと言う事にしておけば、面倒臭い事が回避できそうだと思っていた。
その、トトアトエ戦役時にはこの地を離れていたレオルステイルだったが、それ以前は世界樹の守護者をやっていたので、当然トトアトエ・テルニアにはいつも居たのは間違いなかった。
「ヤツと儂らが最初に会ったのは、今から約130年前じゃ。メルヴィの寿命から考えると、今を生きているのは到底信じられん。しかし、今回の話を総合的に考えると、やはりヤツが今回の事件の黒幕なのは間違い無かろう。」
この、現メルヴィ・メルヴィレッジをまとめるメルヴィの長ですら年齢が約150歳程なのだが、既に見た目はエルフの数千歳以上と言った高齢の状態になっている。と言う事から考えられるのが、実はメルヴィ人はそんなに長生き出来ない種族だと言う事だ。
この辺の国に住んでいる者の常識では、普通の人間よりもちょっとだけ寿命が長い位なのがメルヴィと、認識しているのが当たり前だった。
「確かに、そう考えると本来の彼ならもう、どこかで命を全うしていてもおかしくない年齢になっているよな・・・昔、僕の記憶が正しければ、当時で既に彼は30歳近い年齢になっていた筈だから。」
ますます、話の渦中のメルヴィ人への疑惑が更に深くなっていく。
「皆はヤツが高位の結果術師だと認識しているやも知れぬが、実はヤツに結界術を教えたのはこの儂よ!」
レオルステイルは、明確にメルヴィの人物の事を覚えているどころか、それ以前の経歴の部分からの知人であることを今、初めて語る。
「ヤツは今、このメルヴィの行政府の行政官になって潜伏して、『アルセア・ティアード』なる名で暗躍している様じゃがの、本当の名は別にあるのじゃ。」
・・・・・・本当の名。
レオルステイルがその名を放つ瞬間、書架の中の空気が一瞬凍てついた。




