第57話 謀略
「おかしい。」
セレスは、赤い月の平原でコレットとミカゲからの合図を待っていた。
ミカゲには今世界樹との繋がりが構築されていたお陰で、かつて世界樹の守り人だったセレスとレオルステイルとの間で、距離感を無視して意識を疎通する事が出来るのだ。
その高機能を最大限に利用して今回の作戦を実行しているのだが、想定していた予定が過ぎても弓のすり替えを実行しても良いと言う合図が来なかったのだ。
「さっき、コレットを家まで連れて言った所までは連絡が来ているんじゃがの、それ以降の連絡はまだ来ておらぬのでな。」
レオルステイルは済まなそうに答える。
「いや、気にしないでくれ、母さん。これは、連絡する任務を怠っているミカゲの責任だ。」
とセレスは手をヒラヒラとさせながらレオルの言葉を突っぱねる。
ヒラヒラと手を動かしながら、ミカゲは一体何をやっているんだ?とセレスは天を仰いだ。
赤い月の平原の上空の薄緑色の空には雲一つ無く、ただただ広かった。
まるで、空の色がセレスの瞳になったかの様だった。
誰も居ない?自分の家の中を探索していたコレットは、ある部屋で普段は目にしない状況を目の当たりにした。
そう、それはコレットの自室で、普段は自分の魔道の研究や新しい魔法の開発をするために、部屋の壁と言う壁に本棚が設置されていて、まるでソラ・ルデ・ビアスの書架コレットの家支店の様な状態になっていた。
そんな本だらけのコレットの部屋が、何者かに荒らされた様な状態になっていたのだ。
特に、コレットの魔法の研究には欠かせない魔導書の入っていた本棚が荒らされていて、何か重要な書物を探していた様な状態になっていた。
「これってもしかして、私があの書架から珍しい書物を借りて来ていると想定して、その魔導書なりなんなりを盗み出そうとしてたって事?」
言いながら、床に散乱した本を拾いながらコレットは、この状況は何者か?賊の侵入によるものだと悟った。
一体誰が?
そう思いつつも、ある人物に心当たりがあった。
「多分あの、御三家の次男の人ね。」
そう言って本を机の上に置く。
「残念でした、私はまだあの書架から、何の本も借りてないのよね。」
そう言い残すとコレットは、自室を後にした。
あと行っていない部屋は、ダンスパーティも出来る広間と、いつも美味しい料理を作ってくれるシェフが集うキッチン・・・・
普段なら、お腹が空い帰宅して、ルンルン気分でスキップしながら向かうキッチンだったが、今日に限っては、まるでツルツルに凍った池の氷の上を歩くかの様な慎重な足取りになった。
何か、恐怖の権化のような存在がキッチンに居る様な、そんな感覚が襲い掛かってきた。
とりあえずキッチンに向かうには広間を通り抜けなければならなかったので、まずは目の前に近づいてくる広間へ続く両開きのドアと開けてから広間に入り、その後でキッチンに行く事にした。
もしかしたら実は、今正にミカゲから貰った鱗を使うタイミングなのでは?ともコレットは思ったが、真実を見るまでは重い足取りでも歩みを前に進めた。
広間に続くドアの前に立つ。
玄関先の『アリエルシアの弓』から歩いてきたコレットだったが、今の今まで誰にも会うことは無かった。
つまり今、この家は誰も居ない状態になっていた事になる。
誰も居ない状態ではあったが、これから入る広間からは少し人の気配がした。
「もう、皆もしかしてサプライズ?私を驚かそうとしているのかしら?」
コレットは少し安堵した様な気分になって、広間のドアを開く。
ギィ~っとちょっと立て付けの悪いドアの様な音がして、広間が開かれた。
「・・・・・・・」
しばしの沈黙があった。
コレットは目を疑った。
広間の天井には、凝った意匠の豪華なシャンデリアがかかっていた筈だったが、シャンデリアは地面に落ち、ガラスの破片を氷の様に散乱させている。
その、氷の様なガラスの破片を更に輝かせるかの様に、広間の床は赤く染められていた。
「・・・・・・・・・」
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・
「ああ・・・・・・」
「ああああ・・・・・・」
息が続かない。
呼吸が、何とか命をこの世に踏みとどまらせるのが精いっぱいな程度にしか続かなくなっていた。
「ああああああああああああ!!!!」
「ああああああぁぁぁあああ!!ミカゲぇぇぇえええええ!!!!」
コレットは、鱗に全身全霊の力を振り絞って、ミカゲの名を叫んだ。
「あいよ!!」
ミカゲは、瞬き程の時間でコレットの傍らに現れた。
あの鱗は、鱗の妖精が現れるとか使い魔が現れるタイプのモノだったのだが、コレットの叫びがただ事ではないと判断したミカゲは、鱗から発せられた危機感を頼りに瞬間移動をしてきたのだ。
「コレット、何があっ・・・・・た・・・・・」
ミカゲは、コレットの身体を支えながら広間の光景を目の当たりにした。
そこには、累々と積み重ねられたこの家の住人の魂無き骸があるばかりだった。
「やられた!!」
ミカゲは唇を噛みしめながら怒りを露わにした。
唇からは鮮血が滴り落ちたが、ミカゲは一切気にする事は無かった。
そして、
「来い!!『慟哭の門』!!!」
渾身の力を振り絞って、魔力の反転無しの膨大絶大な最大級の『慟哭の門』を召喚した。
『慟哭の門』は、赤い月とこの蒼壁の大陸までとの距離感を無視して、先程のミカゲと同じ位の速度でコレットの家の広間に展開した。
急にミカゲによって展開を余儀なくされた『慟哭の門』の本来の主であるソフィアステイルは、少々苛立った様な表情を見せながら、門の中から出てきてミカゲに詰め寄った。
「ちょっとちょっとミカゲさん?今回の作戦の方針だった魔力質量の反転しなくてイイんですか?と言うか、何で主であるこの私より、ミカゲの方が『慟哭の門』を自在に動かせるんでしょうか?その辺の説明を是非!聞かせて頂ける・・・・・んで・・・しょ・・・・・・・・・」
途中まではミカゲの首根っこを捕まえて文句を言っていたソフィアステイルだったが、途中から広間の中心に視線を落として言葉が出なくなった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・な!」
「やられた!!!!」
やっと言葉を出して憤慨したソフィアステイルは、ミカゲにしがみついて今にも死にそうになっているコレットを見た。
コレットは感情を無くし、声も失い、ただやっと生きている様な状態になっていた。
ソフィアステイルは、コレットの身体をミカゲごと抱きしめて涙した。




