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無慈悲な救済

作者: 衛宮


「なんで、こうなったんだろうな...」


力なく地面に倒れ伏している彼は思わず溜息を零した。自身の無力さに、この世界の理不尽さに。


 青年の体はもうピクリとも動かない。3日間なにも食べてないのだから当然だろう。


 ***


 最悪な事態の始まりは3日程前に遡る。


冒険家である青年は、興味本位で辺境の奥地の森の中に入った所、遭難してしまった。


混乱しながら周辺を散策したものの、見えるのは木々と花ばかり。川すら見当たらないかったのでそれから3日間は飲まず食わずで過ごしていたので、青年は遂に限界を迎えてしまったのである。


 「...死にたくない...死にたくない」


 追い縋るように声を上げながら、ふと空を見上げる。


 ーーああ、今日は綺麗な青空だなーー


 雲一つもなく澄み渡っている空。

 その青さが心に染み渡る。


 まるで、神様が僕の為に用意してくれたかの様な見事なまでの快晴。不安と恐怖も、この空の前では少し軽くなったような気がした。


 

 ーーああ、本当にーー


 徐々に意識が朦朧としていく。

 辺りがだんだん暗くなる。


 

 ーー綺麗だ ーー





 








 


 

 「そんな所で何をしているのかな?」


 ーーーーえ?


 聞こえてきたのは、飄々とした声。

 声質から察するに女性だろうか。


 青年は思わず声の方に顔を向けようとするも、体が言う事を聞かない。


 「君は私と同じ匂いがするね。フフ、私にしては運が良い。そして青年、君は運が悪かったね」


 そんな女の言葉を聞きながら、青年の意識は闇に落ちていった



 ***


......ここは?


 見知らぬ場所で目が覚めた。

 埃だらけの、生活感のない貧相な部屋だ。


 「目が覚めたか」


  「...貴方、は?」


 「悪いが、早速試験だ。ほらよ」


  やたらガタイの良い男から投げ渡されたのは、ナイフだった。それも玩具や家庭用ではなく、無骨なサバイバルナイフ


 「そのナイフでかかって来い。本気で良い」


 「......え?...いやいや、なんで僕がそんな事を...大体ここは何処で、貴方は誰なんで...」


 シュッ


 言葉を言い終わる前に、男の冷たいナイフが青年の頬に走った。


 「来なければ殺す。早く来い」


 冷たい視線が青年を突き刺す


 なんなんだ...まるで状況が分からない...


 

 「う、うわぁぁっ!」


 青年は耐えきれないとばかりに、部屋の出口へ向かって疾走。


 「無駄だ」


しかし次の瞬間、空間でも切り取ったかの様に、男が出口の前に立ち塞さがった。


 そしてゆっくりと、強烈な殺意を向けて青年に近づいていく。


 ドクン、ドクン、ドクン


 「はぁ、はぁ、はぁ...」


 恐怖で、心臓が破裂しそうな程に高鳴る。

 逃げようにも、体が震えて動かない。

 

 ああ...死にたくない。


 死にたくない、死にたくない、死にたない...


死なない為には、どうすれば良い?


 逃げようにも、あの男の速さならすぐに捕まる。

 攻撃を止めるよう説得しようにも、相手は話を聞く気が全くない様に見える。

 

 「どうやら死にたい様だな。なら仕方ない」


 男は呆れたとばかりに肩をすくめ、そして呟いた。


 「じゃあ、殺す」



 感情を感じさせない黒く濁った瞳で

 先程以上の確かな殺意を持った目で


 男は非常な結論を淡々と口にした。

 


 ーーーああ、僕は本当に殺されるんだな。

 この男に


 本能的に死を実感する。

 この男は本気で僕を殺すのだと。


 ーーそう、か...


 ーーなら殺られる前に、殺らなきゃ...


 頭が真っ赤に染まった


 「うぉぉぉ!!!!」


 腹の底から雄叫びを上げながら、男に向かって突進する。


 「っ!?」


 男は少し驚きながらも、こちらに向かってナイフを振るう。しかし、突然の事に驚いたのか、男のナイフの機動は直線的。


 青年は床に滑りこみ凶刃をギリギリで回避し、そして流れる様に男を突き飛ばして、そのまま強引に押し倒した。


 そして、倒れた男に向かってナイフを振り上げる。


 「待て、参っ...」








 青年は一切の容赦なく、ナイフを振り下ろした。


「なんだ、随分とあっさり殺せ.........え?僕は一体、何、を...これは...」


「素晴らしいね。やはり、私の勘は当たっていたようだ。流石は私」


 聞こえてきたのは飄々とした声。

愉快げで、どこか不気味な雰囲気を持つ不思議な声。


「この声は...」


 聞き覚えのある声の方へ振り返ると、いつの間にかに見知らぬ女が笑顔でこちらを見つめていた。


 「さ、君もこれでソールの一員だ。大したものじゃないか」


  「ーーーー」


「まずは古株のアンノルに半年程しごかれなきゃね。あのおじさん、厳しいから覚悟しなよ?」


 「ーーーだ」


 「まぁとにかく、君の活躍を楽しみに待ってるよ」


 「ーーそだ」


 「...無視する男はモテないよ?」


 「...う..そだ...」


 「えっ、何?」


 「こんなの嘘だっ!!!」


 青年の叫び声が、 部屋中に響き渡る


 「嘘?何が嘘なのかな?」


 そう不思議そうに問いかけた女に、青年は焦ったように口を走らせる。


「これは何かの間違いだ!この人も、人形かロボットかなにかの筈で...この血も偽物の筈だ!だって、俺が...人殺しなんてする、筈が...」


「嘘てはないよ。君は殺意を持った男に襲われ、反撃して殺害した。晴れて人殺しさ」


「ーーー違う、違う...俺が、人殺しなん、て...」


 「じゃあ、そこの死体はなんなの?君が持っているその血塗れのナイフは?返り血で汚れた服は?これらが偽物だと本気で思っているのかな、青年?」


 ふと、足元に倒れている男の顔を見る。


 ...その瞳は、虚ろだった。

 殺意の篭ったドス黒い瞳ではなく、空白な灰色の瞳。


 男は確実に、死んでいた


「ーーあ、ああ...僕は、僕は...」


 「君は人殺しだ。それもとびっきりの天才。今の男は一流の暗殺者だったんけど、君はあっさりと殺してしまったね。本当に凄い」


「...これは夢だ...そうに違いない...」


「それでもいいよ。さぁ、そろそろ行こうか青年。我れらがアジトへ」


 「そうだ、悪夢だ。とてもリアルな...」


 青年の腹に女の拳が突き刺さる。


 「うっ!...」


 強烈な拳によって、青年は瞬く間に気を失った。


 「これからが始まりだよ、青年」


 女は妖艶に、悪辣に。

 心底愉快そうに微笑んだ。





 


これから、青年は棘の道を進んでいく事になる。


あらゆる理不尽、後悔、権威に振り回されて、何もかもを失っていく。


これは世界に嫌われた男と...そんな世界を壊そうとした魔女の物語の前日譚。

評判次第では長編を書くかも?

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