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第二話 偏愛 一

 第二話 偏愛


 一



 横山先輩が気になる。


 そう幼なじみの凪ちゃんに相談したところ、苦虫をかみつぶしたような顔をされた。

「は? なに? どういう意味?」

「いや、だからね」

 私はショートに戻したばかりで大して量のない前髪を手でかき分けた。勢いで言ってみたが、改めてもう一度言葉にするのはどうも照れくさかった。

「あの、横山先輩」

 私はチラリと教室の前方に目線をやった。田尾寺先生の歴史の講義の時間。穏やかに話す田尾寺先生の隣に、パソコンでパワーポイントを操作する院生の助手、横山 しゅん先輩の姿があった。ふくよかな田尾寺先生と対照的に長身で全体的に線が細い。サラサラな黒髪。端正な顔立ち。よく見ると黒髪の間からピアスが微かに覗いている。

「なんか、最近、気になってるなー。自分・・・・・・って思って」

 凪ちゃんも前方に目をやる。私たちの席は一番後ろなので、見えにくいのだろう。凪ちゃんは眼鏡の奥で目を細めていた。

「あれ、前に屋上で絡んできたピアス男よね」

「う、うん。その時はなんとも思ってなかったんだけど」

 視線を感じたのか、横山先輩が顔を上げてこちらに目を向ける。視線が絡み、とっさに目を伏せた。まずい。じっと見てたのがばれたかも。おもわず目をそらしてしまったから、余計不自然になっちゃたかもしれない。

 恐る恐る目を上げると、先輩はまだこちらを見ていた。明るく微笑んで小さく手を振ってくれている。私は自分の顔が真っ赤になっているのを感じながら、小さく手を振りかえした。

「・・・・・・ひとみ、頭でも打った?」

 凪ちゃんが私に顔を向けた。まだ目が細い。どうやら見えにくいという話ではなかったようだ。まるで実際に苦虫をかみつぶしている人を目の当たりにしてしまったかのような顔だ。

「そんなんじゃないよ」

「なに? いつからなの」

 いつからだろう。凪ちゃんにも言ったように、屋上で購買パントークをした際はなんとも思っていなかった。考えてみれば、そう。きっと、沙也香と絶交したあたりからだ。

「沙也香から、横山先輩が私に気があるっぽいて聞いちゃったから・・・・・・」

 これまでなんとも思ってなかった相手に、そんな風に思われているとか知っちゃったら、そりゃあこっちも意識してしまうではないか。

「え? そんなことで? ちょろすぎない?」

「ちょ、ちょろくないよ!」

 そう言い返した私の声が思いのほか大きくなってしまい、田尾寺先生が「こら」と声を張った。

「授業中だよ」

 私と凪ちゃんは二人で「すみませーん」と頭を下げ、テキストに目を落とした。

 

 焦って大声で反論してしまったが、我ながら確かにあまりに単純すぎるなと自分でも思う。

 だって仕方がないではないか。この歳まで、私は恋愛経験がゼロなのだ。

 もちろん、片想いぐらいは経験がある。中学校に高校、あの人いいなあ。かっこいいなあ。と思ったことは幾度かあった。しかし、中学も高校もコミュ力ゼロの孤高のぼっちちゃんだった私は、一度も話しかけられずに、その青春の一幕を捲ることもなく終えてきた。

 そんな私が、急に「年上のイケメン(?)があんたのこと好きって言ってるよ」などと言われたのだ。そりゃあ舞い上がってしまってもおかしくないではないか。

「ひとみ、恋愛経験ないんだし、単なる気の迷いなんじゃないの? 別の感情を取り違えているのかも」

 凪ちゃんがそれっぽい助言をくれた。

「た、たしかに」

 私は額に両手の指をあてがう形で肘を突いた。

「じゃ、じゃあ。私の今の状況を言っていくから。凪ちゃんの客観的な視点で判断してくれる?」

「おっけ」

 私は、「ふー」と息を吐くと言葉を並べた。

「授業中、気が付くと目で追ってしまう」

「うん」

「目が合うと、思わず目をそらしちゃう」

「うん」

「でも、また気がついたら目で追ってしまっている自分がいる」

「うん」

「ふざけた感じで聞かれた時は断ったけど、この前、真面目な顔で連絡先教えてって言われて、なんかどきっとして」

「うん」

「ライン交換しちゃったんだけど、通知が来る度にまたどきってする」

「うん」

「できるだけそっけなく返事するんだけど、返信がいつ来るのが気になっちゃって、小まめにスマホを確認しちゃう」

「うん」

「いつの間にか、もっといっしょにいたいって思うようになって」

「うん」

「最近は、時間があればゼミ室に遊びに行くようになっちゃって」

「うん」

「今日も授業で会えるって思うと朝からそわそわしちゃって」

「うん」

「先輩が他の女の人としゃべってるのを見ると、なんだか胸がぎゅっと掴まれたみたいになって」

「うん」

「一人でいるときもふとした拍子に先輩の横顔が頭に浮かんで」

「うん」

「なんか寝ても覚めても先輩のこと考えちゃってるの」

「うん」


「この気持ち、なにかな。凪ちゃん」


 凪ちゃんはため息をついて目をつむった。

「そうね。一言で言うと、それは・・・・・・」

「それは・・・・・・?」

 凪ちゃんは真剣な表情で頷いた。


「呪いね」


 私は立ち上がって叫んだ。


「何でよ! 恋でしょ!」


 私は田尾寺先生に教室を追い出された。






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― 新着の感想 ―
[一言] 恋のように見えるけど本当に呪術の類だったりして?
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