同類
「突然ですが皆さんは、ムァニガャンはいたと思いますか?私はいたと思います。何故なら…」
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遠い昔のある時、『お告げを聞いた』という者が現れた。
どこの誰が言ったのかわからない、そのお告げを聞いた者がお告げ通りに行動すると、その者の住む街は繁栄した。
その者は他の街を繁栄させるために旅に出て、そのお告げの内容を各地に広めた。
やがて、そのお告げを聞いた者は各地から敬われ始めた。しかし、その者は『これは私の手柄などではなく、私にお告げをした方のおかげです』と言った。
すると誰かが、その者にこう聞いた。『では、そのお告げをした方は何という名前なのですか。私はその方にお礼がしたい』と。
それを聞いたその者はお告げをした者へ、『あなたの名前は何というのですか』と問いかけた。暫くして、どこからともなく声が聞こえた。声の主はこういった。『私の名はムァニガャン。この世界の導き手である』と。
日が西から東へ昇り降りをするたびに、ムァニガャンを敬う者は増えていった。
やがてそれは今我々が言っている〝信仰〟となり、各地ではそれぞれ独自の信仰の文化が発展していった。
そんな文化が発展しているさなか、ある小さな村に奇妙な赤子が誕生した。それは村の外から来た者から産まれた赤子だった。その赤子は、泣き止むとすぐにこう言った。『私の名はムァニガャン。この世界の導き手である』
その赤子は村で崇め奉られ、毎日供物が捧げられ、各地からその赤子を一目見ようとする者がその村に大勢押し寄せた。
何年経っても毎日毎日村に人が来るため、その村は発展していった。それを見ていたムァニガャンは、『私の手助けはもはや不要だろう。後は自らの力で進むのがよい。私も自らの足で旅立とう』と言った。この時、ムァニガャンは八歳である。
街となったその村を後にして、ムァニガャンは旅立った。ムァニガャンの行く場所は全て発展し、その度に各地の者はムァニガャンに感謝した。
旅立ってから暫くしたある日、ムァニガャンはある者にこう聞かれた。『貴方はどこから来たのですか』と。それを聞いたムァニガャンは少し考え、『私には年の離れた兄弟がいる。その兄弟がいるところ、そこがあなたの求める場所である』と答えた。するとその者は目を輝かせ、『私をそこへと連れて行っては頂けないでしょうか。私は貴方の素晴らしさの理由が知りたいのです』と言った。ムァニガャンはこれを了承し、その者は弟子という形でムァニガャンと共に旅をすることとなった。
こういうような者は何人かおり、その者たちをムァニガャンは弟子として受け入れた。
その後ムァニガャン達はまた各地を旅していたが、そうして二十年が経ったある時にそれは起こった。
ある王国にムァニガャンが入ると、唐突に石を投げられた。それに怒った弟子が石を投げた者に詰めよろうとすると、ムァニガャンはその弟子を『やめなさい。今までは我々を嫌う者を見る事がなかっただけ。この世界にはこういう者もいるという事を知りなさい』と諫めた。
その日はそれだけで済んだが、日を追うごとにその酷さは増していった。そしてついに耐え切れなくなった弟子の一人がムァニガャンの制止を振り切り、嫌がらせをしてくる者を殺してしまった。裁判にかけられたムァニガャンはその責任を全て背負わされ、死刑を言い渡された。
弟子たちが悲しんでいるのを見て、ムァニガャンはこう言った。『私の足跡を書物に記しなさい。私の言葉を書物に記しなさい。そしてその書物を持ち、あなたたちが私と同じことを皆にしてあげなさい。それはきっとこの世界の助けとなるだろう。案ずることはない。何故ならば、私は兄弟のいるところへと帰るだけなのだから』と。
その後ムァニガャンは処刑され、ムァニガャンを信仰する多くの者たちが悲しんだ。弟子たちはムァニガャンの意志を引き継ぎ、ムァニガャンの言った通りにした。
それから長い時が流れた。それは、ムァニガャンの言葉が道具となるには十分すぎる程長い時だった。ムァニガャンを信仰するか否かで争いが起きた。信仰を利用して国を動かした政治家もいた。あの王国の者のように、ムァニガャンを良く思わない者が凄惨な事件を起こすこともあった。
一方、ムァニガャンの事を忘れないために後世に受け継ぐ者も多くいた。ムァニガャンの弟子たちが書いた書物はその後世界中に広まり、今でも広く読まれている。信仰するかしないかに関わらず、我々の心の中でムァニガャンは確かに生きているのだ。
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「…なので、私はムァニガャンはいたと考えています。もちろん皆さんの中には、ムァニガャンなんていなかったと考えている方もいると思います。それでも、ムァニガャンという存在は我々に大きな影響を与えました。それは変えられない事実ですし、今のこの世界もそうです。だから私は、ムァニガャンという存在でなく、あの方の言葉を大切にするのが大事だと思いました。以上で、発表を終わります。皆様ご清聴どうもありがとうございました」
拍手が鳴り響く。どうにか発表することができた。
緊張していた胸をなでおろして、椅子に座る。
「ありがとうございました。続いて…」
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「経過は順調かい?」
A博士がE博士の手元にコーヒーを置きながら問いかける。
「あまり良いとは言えないわ…。争ったり殺しあったり、どうして皆こうなっちゃうのかしらね…。最初は良かったのに…」
E博士はため息をつきコーヒーを飲んだ。
「そりゃあ僕達が人間の分際で神の真似事なんかしたからさ。この計画が出た時点で僕たちの二の轍を踏むってわかるはずなのに、上の連中は一体何考えてるんだか…」
A博士は手元の端末を見ながら言った。端末には事細かに今回の計画の内容が書かれている。
「大体、このムァ何とかってAIも…」
「〝ムァニガャン〟。まだ一週間なのに、忘れるのが早すぎない…?それと、文句を言う暇があったら〝宣教師〟達の動向をチェックしておいて。最近数が減ってるんだから」
「了解…。別に普通に神とかで…」
A博士はぶつぶつ言いながら端末を見ていたが、急に驚いた声を出した。
「あれれ?一匹死んでるよ?」
「本当?ちょっと見せて頂戴」
パネルに映し出されている映像には、他のエァラに殺された〝宣教師〟の姿があった。
「ああ、発表会か…。やっぱりこっちの記録を発表させたのはまずかったかな…」
それを聞いたE博士が頭を抱える。
「何匹目よ…。ここまで酷いとは思わなかったわ…。これでもう何度目の失敗よ…」
「これはもう価値がなさそうだね…。全く、神を支配の道具にするからこうなるんだ…」
「そうね…。はあ、私の一週間が…。仕方ない、切り替えて次の惑星に行きましょう。」
「そうしようか。上に申請するよ」
A博士が端末で上に申請すると、間もなく許可が下りた。A博士は疲れた様子でイスに深く腰掛けた。間もなく船が発進する。
「ねえE博士、神は僕達を見捨てたのかな」
「きっと、当の昔から見捨てられてるわ」
船は、惑星を背にして発進した。