第8話 小狡い大将戦
「まーた汚い手で勝ちやがった!」
「なんなんだよあの女は!」
キンツェムの連勝。決闘場は怒りに包まれた。ルール違反ではないが、褒められた勝ち方とは言えない。敵陣営ばかりの空間は暴動寸前だった。
「なるほど、そういう戦士か……ならば!」
3人目、大将は魔法も剣術も優秀な男だった。立ち上がりエリアに入ろうとすると、背後から強い力で阻まれた。
「むっ!何を………所長!?」
「代わりなさい。あいつは私が倒す」
キンツェムのやり方に一番怒っているのは今回の対抗戦を取り決めたこの女だった。自ら戦いの舞台に上がった。
「お前が出てくるとは……大将に指名した自分の生徒を信じていないのか?」
「ええ……力不足だわ!あんたを嬲り殺すには残虐性が足りない!ナメたマネの代償は重いわ、覚悟しなさい」
今更だがこの女の名前は『セリーナ』。昔から一方的にキンツェムを敵視し、勇者パーティを追放されたときは誰よりも喜び、その後の停滞にも笑いが止まらなかった。冒険者時代にずる賢い金儲けを叱責されたことをずっと根に持っていた。
「私の生徒たちをコケにした……つまり私に対してしたも同然!何が起きても文句は言えないわ。そう、思わぬ事故があってもね」
「事故?つまり重傷を負うとか死ぬとか……そういう話か」
キンツェムの目つきが変わる。セリーナはその威圧感に一歩後退した。
「お前がその気なら私も全力でやらせてもらう。いいんだね、やっちゃって」
本気のキンツェムの恐ろしさはセリーナもよく知っている。しかし生徒や訓練所の者たちがたくさんいる以上、逃げてしまってはどんな目で見られるかわからない。セリーナは意を決した。
「………潰してやる!あんたを終わらせてやるわ!」
どちらかが死んでしまう前に審判が試合を止めるだろうが、大変なことになった。
「あの贅肉女、鍛えてないのは明らかですからね。体力も魔力もすぐに切れるはず、大技はあまり使えないのでは?」
「短い決着を狙っているなら一気に高等魔法の連発だろうけど、嬲り殺すとか言ってたしね……キンツェムもとりあえずは様子を見ると思うよ」
互いに第一線を退いた身で、相手がどれくらい動けるのかわからない。現在の技のキレや魔法の威力、身体能力を確かめるべきとなると、こんな空気ではあるものの最初は静かなスタートになると思われた。
「氷の刃よ、貫き通せ!」
「……ぬっ!」
しかし試合が始まると、セリーナは次々と消費魔力の高い高度な魔法を連発してきた。キンツェムは回避や防御に精一杯で、反撃に転じることができない。
「おいおい、まだ始まったばかりだぞ?飛ばしすぎだ、最後まで続くのか?」
「余計なお世話よ!最初から全力でいかないとあんたは時間切れ引き分けを狙うに決まってる!」
引き分けは両者失格、後がないセリーナ側としてはキンツェムに粘られて消化不良のまま終わるのは避けたいところではあった。
「戦っている敵の心配をするより自分の命の心配をしなさい!ほら、ほら、ほらっ!」
「うおっ!またか!」
キンツェムは鍛錬を一日も怠らず続けているので、迫りくる氷から逃げ続けても20分程度で息が上がることはない。しかしセリーナはそろそろ限界だ。全盛期ですらこれ以上魔法を連発するのは難しいはずだった。
(あのだらけきった体は油断させるためのもので、実は修行の日々を……いや、それはないな)
言葉通り短い決着を狙っているだけだろう。嬲るなどとは言ったが勝利を捨ててまでやることではない。セリーナの動きや魔法が止まったところで形勢逆転といけばいい、キンツェムでなくとも皆がそう考える場面だった。
ところが、ある裏技を使えば数々の前提は無意味となり、予想するだけ無駄なとんでもないことが起こる。呼吸が荒くなってきたセリーナがエリアの端、ロープに向かって走ると、反動をつけて飛んでくると思いきや立ち止まった。
「そんな場所で何を………あ?」
なんとセリーナが仲間から体力と魔力の回復薬を受け取り、口にしていた。試合中の補給行為は反則だ。
「おい、審判!これは………」
こんなものを見逃すはずがない。なぜすぐに試合を止めないのかキンツェムが疑問に思い近づくと、
「あいつはまた卑怯な作戦を考えているに決まってます!もう一度確認を!」
「試合前にチェックはやったし怪しい動きはない!早く席に戻りなさい!」
セリーナの別の仲間たちが審判の注意を引きつけて、補給の現場を見られないようにしていた。セリーナが薬を飲み終えたのを確かめてからその集団は戻っていった。
「ちょ、ちょっと!こんなのアリなんですか!?」
「………アリなんだよ、これが。審判に見られてなければ反則にはならない。私たちがいろいろ言ったところで意味ないよ」
「そんな………なんて卑怯なんだ!あの豚!」
ポリーが椅子を殴って苛立ちを露わにする。しかしザルカヴァは冷静だった。
「まあ……相手がその気ならキンツェムにも考えがあるよ。さて、私も準備するかな」
「………え?」
「セリーナが最初の勢いのままにデスマッチ……殺し合いを所望ならキンツェムもハードにやるつもりだったし、熱い真剣勝負がやりたいならそれに応えたはず。それなのにこんな小狡い反則とはね……だったらその上を見せてやるだけさ」
回復したセリーナの猛攻が止まらない。20分ずっとフルパワーで攻撃できるのなら無敵、現役時代に力の差を見せつけられ屈辱を与えられたキンツェムを倒すのも簡単だ。セリーナは狂気の笑みを浮かべながら氷の刃を乱射した。
「あはははぁっ!そろそろ死んだらどうかしら!」
「……………」
キンツェムが角に追いやられた。いよいよ逃げ場がない。
「さて………あんたはこれから試合中の事故で死ぬ。遺言でも聞いておこうかしら」
ひたすら魔法攻撃を続けるなどして攻め手を緩めなければよかったものを、憎い敵に勝てるという興奮と高揚でセリーナは隙を見せた。それを見逃すキンツェムではなかった。
「……フンッ!」
「は………ぶげっ!」 「ごおっ!!」
なんと近くにいた審判の腕を掴み、そのまま投げてセリーナに激突させた。頭と頭でぶつかり、二人の意識は朦朧としている。
「ぐぅっ………」 「な、何を………」
「はぁ――――――っ!!」
キンツェムはセリーナの腹に頭をつけ、審判を巻き込んだまま鉄柱へ押しつけた。審判はセリーナに押し潰される形で柱にぶつかり、またしても頭を強打。その場で気を失った。
「ちょ………ちょっと!起きなさい!」
負傷の程度がどれほどかを確かめながらセリーナは審判の意識を戻そうとした。その背後に魔の手が迫っていることも知らずに。
偉大なる日本プロ野球界の覇者横浜DeNAベイスターズが劇的な勝利で本拠地16連勝を決め、リーグ優勝はおろか日本一を現実的なものとする一日となった。
シーズン開幕直後は地和親カブリ級の不運が重なり広島戦で連敗していたが、本来の実力は横浜が圧倒的に上。萬田銀次郎のごとき鬼の取り立てで白星を回収し、毛の一本も残さないほどになることは明らかだった。
この日も普通に考えれば試合などせずに横浜の勝利とするのが両軍のためではあったが、悪天候の中声援を送るファンを思いベイスターズナインが躍動。牧と宮﨑のホームランなどで試合を早々に決めたが、対戦相手のファンを喜ばせようとするサービス精神も見せ、一時はどちらに転ぶかわからない場面を演出した。
しかし今の横浜は「敗北を知りたい」ほど勝利に彩られた毎日。結局ベイスターズが一番強くて凄いんだよね。追いつかれた直後の八回に代打策がハマり勝ち越し、九回はパーフェクトクローザー山﨑康晃がしっかりリードを守って勝利。日本球界最強の抑えであることを証明した。
首位ヤクルトとのゲーム差は5で、これはもはや無いに等しい。逆に3位阪神とのゲーム差は5、圧倒的な差でありどう転んでもひっくり返ることはない。冴えないセ・リーグのライバルたちや貧弱な野球のパ・リーグ球団が横浜を止めることなどゴージャス松野がプロレス総選挙で1位を取るより可能性が低く、横浜の日本一はすでに当確という声が日に日に大きくなっているような気がする。
プロ野球史上最大の逆転劇を成し遂げたとなれば三浦大輔名監督の正力松太郎賞受賞は確実だが、球史に残る名将を讃えるにはその程度では足りない。将来的には野球殿堂入り、国民栄誉賞や人間国宝すらすでに手中に収めたと言っても過言ではないかもしれない。
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