第7話 キンツェムの戦い方
「この対抗戦は両陣営3人による勝ち抜き制、20分勝負。引き分けは両者失格、試合のルールは国が定める公式のものと同じ……それでよろしいですか?」
試合を裁く審判が確認を入れる。始まってから文句をつけられないようにするためだ。
「ああ」 「喜んで」
キンツェム、それに敵の大将が合意した。そのままエリアに互いの先鋒が残る。キンツェムの3人抜きを信じているとはいえ、形式上次鋒はザルカヴァ、大将ポリーとしていた。
「魔法も武器も使っていいんですね……大ケガを負ったり死んじゃったりしないんですか?」
「お互いの防御力を上げる仕掛けがあっても事故は避けられないからね……でもめったにないよ。危なくなったら審判が止めるし回復魔法が使える人間がいないと試合はできない決まりがあるから」
ザルカヴァや相手の訓練所の関係者たちがいる。骨が折れたくらいならすぐに治せる者が揃っていた。
「火の玉や雷が飛んできたりするんでしょう?師匠の体術が役に立つ場面は………」
「フォールして3カウント……いや、こっちの世界では押さえ込んで3秒か。意味は同じだけど………相手の両肩を地面につけないといけないからね。大技でダウンさせるだけがこの戦いのやり方じゃないよ、キンツェムが教えてくれるからよく見ておきなよ」
キンツェムと相手の先鋒が軽く礼をする。それを見た審判が合図を送ると、打楽器の音が鳴った。
「いよいよ試合開始!キンツェムのバカが完全に終わる記念すべき一日になるわ!遠慮はいらない、場合によっては殺してしまっても構わない!」
「へへへ……わかってますって、所長。教えてもらった技を人間相手に放てるなんて楽しみです」
キンツェムよりも小柄で年齢も若い、しかし自信に満ちていて己の勝利を疑わない顔をしている少女が相手だった。どうやってキンツェムを倒し、仲間や教師たちに自分の実力を見せつけることができるかを考えている。
(一撃必殺の炎で瞬殺だ!)
いきなり得意技を放って短い決着、派手で楽な勝ち方を狙った。対するキンツェムもすでにどう試合を進めるかを決めていた。
「………始めっ!!」
「………たぁっ!」
審判の合図と同時に少女は魔法を唱えた。最初は小さな炎の玉で動きを止め、そこに威力最大の炎をぶつける戦術だった。
「…………」
その炎をキンツェムは紙一重で回避し、低い体勢のまま相手との距離を少しずつ詰めていく。
「外れた…!でも自分から射程距離に入ってきてくれた!これなら………」
素早い動きで避けられた、しかしチャンス到来だ……少女がそう考え次の行動に入ろうとしていたとき、キンツェムがいきなり飛びかかった。
「速っ………ぐっ!?」
敵の腰にタックルして掴んだまま倒れ込み、両肩が地面についた状態を確かめてから自分の体の向きを変え、上半身に乗る。腕は敵の足を封じ、脱出のために足掻いてもキンツェムを跳ね除けられないように固められていた。
「来い、審判!数えろ!」
「1、2……3ッ!!」
3秒目が数えられた瞬間、キンツェムは相手を解放して立ち上がる。試合時間は30秒未満、稀に見る瞬殺だった。
「そこまで!勝者、キンツェム!」
「…………は?」 「ええ〜〜〜っ?」
油断を突いた押さえ込み。対戦相手も観客たちも何が起きたのかわからないうちに勝負を決めてしまった。
「な、なんてセコいやつだ!勝てそうにないからってこんなやり方で!」
「所長の言う通りくだらない人間だ……この私が潰してやる」
納得のいかない先鋒の少女が下がり、次鋒がエリアに入ってきた。今度はキンツェムよりも大きく2メートルは超えていて、しかも体重も120キロは最低でもあるという巨体の女だ。
「ブフゥ………私はさっきのチビのように簡単には倒れない。どれだけうまく固めても、しっかりダメージを与えておかないと3秒数えられる前に簡単に返せる、それを教えてやるゥ」
「そりゃどうも。あんた相手に今みたいな奇襲は通じないのはわかってるよ。真っ向から勝負させてもらう」
「ブゥヒヒ、確かに聞いたぞ、逃げるなよォ?」
圧倒的体格差。ポリーでは相手がのしかかってきただけで大ダメージ、そのまま試合終了だ。キンツェムでも簡単にひっくり返すことは難しいほどとにかく敵は大きい。
「師匠はどうやってあのデブを崩すんでしょうか。頭は悪そうですが……」
「……意外と口が悪いね、ポリーちゃん。まあ頭脳戦っていうのは正解かな」
敵の大将との戦いも残っているキンツェムとしては、余裕を残したまま勝ちたい。そのための作戦があった。
「それでは第二戦………始め!」
「よし、きやがれ!全身の骨を砕いてや………え?」
試合開始の合図と同時にキンツェムはエリアから出た。ちなみにこの正方形のエリアは4本の鉄柱、それを繋ぐ植物のロープに囲まれている。キンツェムは滑るようにしてロープの下からエリア外に降りた。
「お、おい!ほんとうに逃げるのかよ!」
「よく見たらお前は汗と油だらけじゃないか。汚いし臭そうだから近づきたくないんだ」
「こ、こいつ………ぶち殺すゥ!」
怒った巨体の女もリングを降り、キンツェムを追う。いきなり両者不在となったエリア内では、審判が数字を数え始めた。
「場外!1、2、3、4………」
「ザルカヴァさん!これは?」
「場外カウント………ああ、エリア外に出たら20秒以内に戻らないと反則負けになるんだ。今回は2人とも出ていったから2人同時に数えられている。両者失格もありえるよ」
キンツェムは逃げ、敵は追う。本気で逃げたいのならスピードの差で簡単に突き放せるが、キンツェムの狙いはほかにある。
「13、14………」
「こ、こいつ……熱くなった私を追いかけさせて共倒れを………いや、自分だけ19で戻る気か!まともに戦えば私の勝利は確実、こんな方法で……!」
エリアの周りをぐるぐる回って追いかけっこをしていただけだ。いつでも戻れる位置にいる。キンツェムは自分を出し抜いて罠に嵌めるつもりだったのだと相手も気がついた。
「ふざけやがって………え?」
ところが、突然キンツェムは逃げるのをやめて相手のもとに自分から走っていった。そして髪の毛を掴み、自由を封じる。
「い、痛っ………お前何を………」
「…………」
目の前には鉄柱。狙いを定めてから、勢いをつけた。
「ぐぇっ!!」
「18、19………」
巨体の女は額を鉄柱に激突させられてその場に倒れた。キンツェムは19秒でエリアに戻った。
「……20!試合終了!キンツェムの勝ち!」
二戦目も攻撃は一度だけ。またしても短い時間で勝利し、体力を残したまま敵の大将との戦いとなった。
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