第6話 対抗戦
「時代遅れのやり方で次々と生徒たちは逃げていき、指導者として無能すぎることを証明した馬鹿には遅すぎる処置だったわ」
「暇なんだな。私もいま知ったばかりだというのに、もう駆けつけてくるなんて」
「あんたが発狂して泣き叫ぶ無様な姿を真っ先に見るために訓練を中断してきたというのに……まあいいわ、必死に強がる惨めな敗北者を眺めるのもまた楽しいのだから」
キンツェムの訓練所が道場に降格したと聞いて喜んでいる女。彼女が身につけている装飾品や香水は、金に余裕があることを誇示していた。
「誰ですか、あの無礼な女は。すぐにでも斬り刻んでやりたいんですが」
「あいつはキンツェムと同い年で、冒険者になったのもいっしょだった。強さはそこそこ、でも金儲けの才能はあったね」
「お金を………じゃあダンジョンに隠されている宝物を見つけたりアイテムの売却がうまかったりということですか?」
「いや、そんな正統派じゃないよ。死体から装備品や金を盗んだり、同じパーティの仲間すら騙して商売したりってタイプの女だ」
前線から退いて指導者になったのも、このほうが楽して稼げるからだった。冒険者資格を得るための試験に効率よく合格させることに定評があり、そのための近道、場合によっては裏道を使う。どうすれば自分が儲かるか、常にそれを第一に考えている。
「ところでお前の訓練所の卒業生がこの間もまた1人死んだそうだが……どんな教え方をしているんだ?」
「あはは、資格を取って卒業したらもう赤の他人、私の知ったことじゃないわ。自分の力を過信しちゃったんでしょうねぇ。炎の魔法がどれだけ強力でも、それ一つしかないのに無敵になった気でいるアホはいつか死ぬわ」
自分は無敵だと過信させるような指導をしたのは他でもないこの女だ。キンツェムとは正反対の人間で、自分さえよければ他人や社会がどうなろうが構わないという自己中心主義の女だった。
「トレーナーは2人もいるのに生徒はたった1人、それもこんなチビを………道場にしても悲しすぎる!さっさとやめて田舎で畑でもやったらどうかしら?」
「畑か……どこかの豚は高い肉ばかり食べているようだからな、野菜が必要なのは確かだな」
目の前の女は以前よりもだらしない体をしていた。贅沢三昧の毎日で、ろくに鍛錬もしていないのがよくわかる。
「……び、貧乏人の嫉妬が心地いいわ………背は高いのに貧相な体つきのあんたはいつも枯れ木に見える!」
「嫉妬?いや、そんな見た目になりたいやつがいたら連れてきてくれ。お前の地位や資産に憧れる人間は多いだろうが顔と体は………」
舌戦による我慢比べはキンツェムの圧勝だった。女は激しく怒りだし、壁を殴りつけると髪を乱しながらキンツェムとの距離を詰めた。
「いい加減にしなさい!この馬鹿!あんたにはもっと決定的な屈辱を与えないといけなくなった!勝負しなさい、今すぐ!」
「………勝負?」
「一時間後!決闘場に後ろのゴミ2人も連れて3人で来なさい!代表者3人による勝負よ!」
「う〜ん…………」
面倒だしポリーの訓練ができなくなる。キンツェムは乗り気がしなかった。しかし女はプライドだけでなく目に見える報酬を提示した。
「万が一あんたらが勝てば500万イェンやる。私なら半月で稼げるけどあんたは二年くらい働かないと手に入らない額……魅力的でしょう?」
500万と聞いてさすがにキンツェムも顔色が変わる。ザルカヴァとポリーも思わず立ち上がった。
「………いくらお前でも500万イェンとは……そのぶん私が負けたときはとんでもない罰を用意しているんだろう?」
「あはは!どうしようかしらね。私の経営する売春宿で500万ぶん働いてもらうもよし、生徒たちの技の実験台として肉人形の仕事をしてもらうもよし。悩むわぁ〜………」
「やっぱりそうか。しかし負けなければいいことだ。よし、受けよう。決闘場での戦いということは、王国の大会や冒険者試験の試合と同じルールでいいんだな?」
「話が早くて助かるわ。決定ね」
勝てば天国、負ければ地獄。それでもキンツェムは深く考えることもせず対抗戦を受けてしまった。メンバーの選抜と会場の準備をするために女は急ぎ足で去っていった。
「話の感じだと、命を奪い合うような真剣勝負ではなさそうですが……どんなルールなんですか?」
「簡単だよ。プロレス……いや、この世界にプロレスはないんだった。でも何もかもそのまんまだからなぁ………あ、これはひとり言、忘れていいよ。わかりやすく説明すると………」
互いに自由に技を繰り出していいが、殺し合いではないので過剰なダメージを与えてはいけない。ほぼ正方形のエリア内で戦い、相手の両肩が地面についた状態で押さえ込み、審判により3秒間その態勢が維持されたと認められたら勝者になる。
「両肩をつけて3秒も動けなくすれば本物の戦いでは殺したも同然、勝ちになる。あとはエリアから落ちて20秒経過しても戻れなかったり、使っちゃいけない武器を使ったりしたら反則負けだね」
「なるほど………確かにここでも大技を決めたほうが見栄えはよさそうですね」
試験のときは、攻撃魔法の効果が本来の1割以下になる特別な空間で試合が行われる。互いの防御力を高める魔法もかけてから始めるので、相手を殺してしまうかもしれないという心配をせずに大技で攻めることができた。
「今回の戦いは勝ち抜き戦……私が先鋒で出る。ポリー、見るのも修行の一部だ」
「はいっ!師匠の戦いぶり、瞬きせずに勉強させていただきます!」
もしキンツェムが負けたら、そんなことはザルカヴァもポリーも言わないし考えてすらいない。キンツェムの3人抜きは確実だと信じているからだ。相手の女は意地汚いので500万イェンを払わないかもしれないが、キンツェムがあの女に恥をかかせてくれるのならそれでよかった。
「ふむ……逃げなかった勇気は褒めてやるわ。いや、あんたは金に釣られて死地に誘われただけだったか」
「こちらは私が先鋒として戦うが……そっちの3人はまだ生徒なのか」
「来月に受験させる、合格はほぼ確実の優秀な3人よ。あんたらごとき私が出るまでもない」
勝って当然と考えているのは敵も同じだった。会場の客席は相手の訓練所の生徒や関係者だらけで、キンツェムたちにとっては完全に敵地での戦いとなった。
対抗戦は2022年の新日対ノアのようなお遊び程度のレベルでいいと思う方は高評価&ブックマークをお願いします。墓に糞ぶっかけてやるほどの潰し合いになってしまうと大変です。