第5話 虎になれ
「ううっ………ぐぐ〜〜〜っ………」
「どうした!?抜け出してみろ!」
宣言通りのスパルタ指導が始まった。キンツェムはポリーをうつ伏せに倒し、その上に覆い被さりながら首や腕の動きを封じていた。
「ふ―――っ……ふ――――――っ………」
「息が苦しいか?当然だ、そうなるように技をかけているんだからな!まだ降参は早いぞ!」
僅かな隙間を探したり、できる限りじたばたしながらキンツェムの寝技を破ろうとするも、足掻けば足掻くほどポリーの体勢は悪くなっていく一方だった。
「さあここからだ!逃げてみせろ!野生動物のような獰猛さと俊敏な動きをイメージしろ!ポリー、虎だ、虎になれ!」
訓練を始めたばかりのポリーが簡単に抜け出せるほどこの締めつけは甘くない。キンツェムも脱出までは期待していない。逆境を耐え忍び、諦めずに打開しようとする根性を鍛えるための修行だった。
「す、すいませんっ………限界です!」
ポリーが右手で床を何回も叩いた。キンツェムは技を解き、立ち上がる。
「よし、休みを入れずにもう一回だ。まだ最初なんだ。私から逃げることだけを考えろ!その先の反撃を意識するのは早い!」
「はい!お願いします!」
これは一部の魔物や触手に捕まったときに逃れるための練習だった。体の大きい人間に襲われた場合の対策にもなる。
捕まる前に大技で一掃し、接近戦を許さなければいいという考えが最近の主流で、訓練所でもそう教えているところがほとんどだ。しかし技の不発や耐性を持つ相手がいたせいで捕まってしまい、悲惨なことになった冒険者たちもいる。基礎がしっかりしていないので、トラブルや不運な出来事に対処できないのだ。
「体力と気力、どっちが尽きても終わりだ!抵抗を続けろ、ただし闇雲に暴れてもだめだ!」
「は………はいっ!ぐぬ〜〜〜っ………」
動きのない地味な訓練。しかし筋力やスタミナ、根性が鍛えられる。
「はぁ…はぁ…はぁっ………」
「だいぶやられたね。次は魔法を教えるよ」
キンツェムが体術を教えたあとは、ザルカヴァが魔法の授業だ。ここでもまずは魔力を伸ばし、どんな魔法の素質があるかを確かめるところからのスタートだった。
「つ……疲れるっ………この訓練、どんな意味があるんですか………?」
「キンツェムのときは何も言わずやったのに私には理由を聞くんだ?でもいいよ、わかってたほうが効率がいいだろうしね」
とても重い玉を両手に持ち、落とさないようにしながら同じ姿勢を保ち続ける。肉体を鍛えるように見えて、実はこの玉は魔力がどれくらいあるか、どの魔法に適性があるかがわかる特別なものだった。
「ぐぬぬ………ど、どうですか………」
「う〜ん、素質はありそうだね。期待できるよ。でもまだ適性はわかんないなぁ。あと30分くらいそのままでいてね」
「さ、さんじゅっぷん………!?」
我を忘れて熱くなるキンツェムに比べたら、どこか緩い感じのするザルカヴァの指導は楽なんじゃないかと思っていたポリーは己の甘さを悔やんだ。
「やっとお昼……今日だけでだいぶ痩せそうです」
「それは困るな。ただでさえ軽いのにそれ以上体重が減って肉が落ちるのはよくないな。激しい訓練のあとで受けつけないかもしれないが、ちゃんと食べておけ」
安価な野菜や鳥、食用の魔物の肉を集めて鍋に入れたものがこれからの食事だ。キンツェムが冒険者時代の最後の稼ぎを絞り出して、しばらく食費はどうにかなることとなった。その代わり、施設の改良や装備品の購入はできない。
「ま、これからは私も自分のお金を使ってこの訓練所を支えるから。ここで寝泊まりして三食食べるんだから当然の話なんだけど」
「なるほど……そこまでするとはザルカヴァ、どうやら私以上にポリーに惚れ込んだらしいな。しっかり鍛えればどこまで成長するかわからないほどの才能とやる気に溢れているのだから気持ちはわかる」
「……………」
ポリーのためではなく、キンツェムを愛しているのでこうしているとは言えなかった。いくらポリーはまだ子どもとはいえ、ライバルがキンツェムと2人きりというのは見過ごせない。互いを牽制し、暴走しないようにする必要があった。
「師匠たちに教えられたらみんな強くなれそうなのにどうしてやめていっちゃうんですか?」
「最近は手っ取り早く冒険者になりたい、楽して強くなりたいってやつばかりだからね。体力や根気が持たないんでしょ」
「しかしそれでは必要なスキルを得られないどころか自分の命を失うことになる。芯が弱いと………ん?手紙か。取ってくる」
午後の訓練が始まるというときに届いたのは、非情の報せだった。王国が直々に管轄する冒険者協会からの通知に、キンツェムは落胆させられた。
「………どうしたんですか?何が…………」
「覚悟はしていたが………やられたよ。一年間ちっとも実績がなかったせいで、ここは訓練所の資格を失った」
「あちゃ〜………だめだったかぁ」
国から認められた訓練所には多くの特権がある。生徒は冒険者資格を得るための試験に必要な受験料と一次試験を免除される。訓練所のトレーナーが現役の冒険者なら、まだ資格のない生徒も数名までダンジョンや任務への同行を許される。補助金制度などもあり、様々な点で優遇されていた。
一方で問題を起こしてしまった訓練所や、キンツェムのようにほとんど指導していない休業同然の訓練所は、降格させられて『道場』となる。数々の恩恵がなくなり、ますます人が来なくなってしまうというわけだ。
「真剣に冒険者になろうとしている人間は道場なんかに来ない。大手の訓練所と比べたら何もないからな」
「そのぶん王国から指示されている絶対に教えないといけないことや最低限の授業料なんかも守る必要はなくなるけどね。いい意味で考えれば、何でもありってことだよ」
一度降格してしまったら復活は厳しい。大勢の試験合格者を送り出すか、協会へ裏金を貢がない限り、沈んでいく一方だ。
「まあいいんじゃない?厄介な縛りもなくなって、もっと自由にやれるんだから」
「ああ。だがこれでますます人が来なくなったな。ポリーも生徒が1人というのは……」
「いえいえ!私はずっとこれでもいいです!ザルカヴァさんすら邪魔なくらいで………」
降格は時間の問題だったからか、キンツェムもすぐに気を取り直していた。しかしこのことを知って大喜びする者が突然扉を開けて入り込んできた。
「あっはっは!どうも、負け犬の皆さん!この訓練所………いや、いまは道場だった!指導者として大失敗したクズの面を拝みにきてやったわ!」
「……………」
中堅クラスの訓練所を経営する女だった。キンツェムを嘲笑いにわざわざやってきたのだ。
今年のGIクライマックスはグレート・O・カーンが優勝すると思っていた方は高評価&ブックマークをお願いします。4ブロック制でしたが結局決勝トーナメントに進出したのはいつものメンバーでしたね。今年のGIの物足りなかった点については内藤哲也が全部言ってくれたので我々ファンからは何もないです。
 




