第4話 奇襲の急所攻撃
「なんだ〜?オレたちの時間を邪魔しやがって。酔っ払いか?お前の席はここじゃねーぞ、クズ女」
「酔っ払いはそっちだと思うが……それに彼女は嫌がっているように見えた。小汚い男に困っていて、すぐにこの場を離れたいと願っていた」
「ムカつくぜ………ぶち殺されたいみたいだな」
迷惑な客を退治するためにキンツェムが動いた。ザルカヴァとポリーも席を立ってそばにきた。
「これはいい機会です!師匠があんなゴミに負けるはずはありません。実力を見せつけて厄介者を退治したとなれば皆が師匠の素晴らしさに気がつきます!」
「そうだね。でもポリーちゃんはいいのかな?せっかくキンツェムと1対1の訓練ができるはずだったのに、人気が出て生徒が増えちゃうと………」
「うっ、それは………難しい問題です。皆に師匠をもっと知ってほしいと思っていますけど、私だけがわかっていたいという気持ちも………」
「わかるよ。私といっしょだ。過小評価されているキンツェムのことを正しく見ているポリーちゃんが来てくれたのは嬉しい、それは事実。でもこれまでのように私1人がその隣にいればいいのにと考えるのもまた本音だからね」
互いをライバルと認識しつつも、同じ悩みを抱える者同士、2人は仲よくなった。
「まあ……ここでキンツェムが華々しく酔っ払いを撃退して皆が大歓声、なんて展開にはならないんだけどね」
「え?どうしてですか?」
「そういうタイプじゃないからだよ、キンツェムは。最善の結果を追求するやり方だとこうなるってわかるから、見てなよ」
大男は剣を持っていた。一方のキンツェムは素手、キンツェムも背が高い方ではあるがこの大男と比べてはいけない。不利な条件が揃うなか、戦いが始まろうとしていた。
「…………」
少しずつ間合いを詰めていくかと思いきや、キンツェムはそばに置いてあった水を飲み始めた。それから空になったコップをいろんな角度でじっと見つめていた。
「………?おい、何をして…………」
キンツェムの意味のわからない行動に大男は戸惑っていた。ほんとうに酔っ払っているのか、自分が知らないだけで強力な魔法の用意をしているのか。いろんな可能性を考え始めたそのときだった。
「OH――――――――――――!!」
男の絶叫が響いた。その場に崩れ落ち、床を転がる。
「オホッ!オゴッ!オゴオオォォ…………」
股間を抑えながら悶絶する。一瞬の出来事、たった一撃でキンツェムが勝利した。
「………な、なんじゃそりゃ…………」
「油断させておいて……急所蹴り?」
客や店員たちは唖然としていた。不意打ちでの金的攻撃………外道極まりない戦法だったからだ。迷惑な男が無力化されたのはよかったが、ヒーロー誕生とはならなかった。
「お疲れ、キンツェム。見事な一撃必殺だったね」
「かなり動きが鈍かったからな。剣を持っていても敵ではなかった」
仕切り直しと言わんばかりに再び互いのコップを合わせ、キンツェムとザルカヴァは酒を飲み始める。ポリーはキンツェムの戦い方に納得できていなかった。
「師匠!なぜあんな方法を?師匠なら真っ向勝負で勝てるに決まっています。それなのに奇襲攻撃なんかで………」
キンツェムへの拍手や歓声、感謝の言葉は一つもない。下卑た手段で勝ったので当然なのだが、どうしてわざわざ皆がしらけるような金的を選んだのか。キンツェムをよく知るザルカヴァならすぐに答えられた。
「キンツェムが本気でやったらあの酔っ払いは即死だよ。手加減して確実に動きを止められるのが急所攻撃、『アレ』が潰れることもない。もうちょっとしたら歩けるようになるでしょ」
相手が武器を持ち、しかも酔っている。自分はもちろん周囲の人間、さらには戦う相手の命を守るための最善の策だった。
「これで改めてわかったんじゃない?キンツェムは自分の評判や名声よりも大事なものがわかっている。だから人気はないけどキンツェムについていけば間違いない。明日からしっかり頑張ってね」
「はい。私もまだまだですね………」
完璧なタイミング、適度な強さ、狙いを一撃で正確に捉える。鍛錬を欠かさず肉体と技術、精神力を磨き続けてきた。何か一つが足りなければあの急所蹴りは失敗していた。うまく当たらずに反撃されるか、ダメージが大きすぎて男に重傷を与えてしまったかもしれない。キンツェムだからこそできた満点の結果だ。
「あの男は酒のせいで暴れていただけで、普段は真面目な労働者かもしれない。元から悪人で、私を恨んで復讐しにくるとしても返り討ちにすればいいだけ」
「どっちかわからない以上は必要以上に傷つけたらダメだよね。最近の冒険者は手柄欲しさにやることが過剰だよ」
ひったくりを捕まえるために上級魔法を使い、犯人はそれからずっと意識がないまま寝たきりという事件があった。食い逃げをした貧乏な子どもの四肢を切断した冒険者もいる。
それでも犯罪者たちなのだから何をされても当然だという意見が多く、その冒険者たちは国の要職についた。そんな前例があれば、皆ますますパフォーマンスが大きくなり、加減や情け、冷静な判断を忘れていく。
「ちょうどいい力加減で技を使わないと自分も相手も大変なことになるからね。そのためには厳しい訓練が必要だから………よし、明日からは私もトレーナーになってポリーちゃんを鍛えてあげるよ!」
「えっ………お気持ちはありがたいですけど私はキンツェム師匠と2人きりでやりたい………」
「いや、私がいてよかったと言いたくなるよ、絶対にね。キンツェムの暴走を止める役がいないと困るのはポリーちゃんだよ」
普段は自分を制することができるのに、指導となると熱くなってしまうキンツェム。生徒たちが全員逃げてしまい、訓練所に誰も近づかなくなったのはハードすぎる特訓が原因だ。
「そろそろ帰ろう。明日からは正式な弟子としてしっかり鍛えていく。覚悟はできたか?」
「私は絶対にやり遂げます。師匠と肩を並べられるようになるまでそのそばを離れません!」
「その言葉、よく覚えておくことだ。これまではそう言いながらやめていったやつらばかりだったが、君は違うようだ。楽しみにしている」
ポリーの初日が終わった。いよいよ地獄の修行の幕開けだ。
急所攻撃はたまにやるから面白いのであって、毎試合毎試合金的というのはどうなんだという方は高評価&ブックマークをお願いします。某拷問の館ももう少し反則のバリエーションが増えれば面白いのですが。