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第31話 冒険の旅へ!

 魔王の必殺技が完璧に決まった。顔面を握り潰しながら背中から地面に叩きつける、体の全部位を破壊する一撃だった。


「ゴボ…………」


 女たちを魅了したトレイルの美しい顔は原型を留めていなかった。そして全身の骨と臓器が致命的なダメージを受け、わずかに痙攣した後に動かなくなった。



「なんてこった………この国はおろか魔王討伐を目指している世界各地の勇者パーティのなかで最も力ある者たちと呼ばれていた……」


「トレイルのパーティが全滅だ!」


 勇者パーティ4人全員が絶命、一方で魔王軍は誰もダメージを受けていない。人間界と魔族の力の差を見せつけると同時に、これから挑戦しようという者たちの心を砕く結果になった。



「ひれ伏せ、余と我が帝国に逆らう愚民ども。貴様らのようなゴミが無謀にも挑んだ結果がこれだ。頭のまともなやつならもうわかっただろう!同盟を結びたい者は種族に関わらず大歓迎だ!」


 魔王を中心に幹部たちがリングに次々と上がると威圧感たっぷりだ。実はこの戦いはキンツェムたちの王国だけではなく、世界の主要な土地で見られるようにされていた。


「もちろん我らに歯向かい戦おうとする者もいつでも待っている。ただしたった今処刑した貧弱な連中のように、大した力もないのに人気や金を集めている詐欺師どもは気をつけろ。余が最も嫌うのはそういうやつらなのだからな……」



 上機嫌に演説していた魔王の言葉が止まった。そのとき、別の空間にいてしかも一方的に映像を見せつけているだけであるはずの魔王と視線が合った気がした、そう感じたのはキンツェムだった。


「…………」


「フム、面白そうなやつがまだ残っていたか。我らと同じく実力を正当に評価されず不遇を味わってきた……それでも誰を恨むこともなく善の側に留まり続ける女が。我々と貴様、どちらの道が正しいか試してみたくなった」


 いつかキンツェムと戦うことになるその日を思うと、魔王は興奮を隠せなかった。似たような境遇であれば意気投合して手を結ぶこともあると考えるものだが、それはないと確信していた。トレイルたちを惨殺した時点でキンツェムとの同盟の可能性は断たれたからだ。


「…………」


 キンツェムも魔王の帝国の一員になる気など微塵もない。かつての仲間たちの命が容赦されたのならそうなる選択肢もあったが、すでに魔王を倒そうという決意が固まっていた。


 無言の睨み合いが続いた。名指しでキンツェムが呼ばれたわけではないので、魔王が誰のことを言っているのか他の場所から見ている者たちは当然として、キンツェムと同じ会場にいる人々でもわからないままだった。しかしキンツェムとその仲間たちには伝わっている。火花が飛び散り、戦いの幕開けとなった。






「キンツェムを追放した連中には直接文句を言ってやりたかったけど……」


「死んじまったら仕方ないな。負けちまえばいいと思って見てはいたが、あんなひどい殺され方となると同情するしかなかったな」


 勇者パーティの死体は魔王城の外でしばらく吊るされるようで、魔王に抗う人間たちにとっては屈辱的なシンボルとなる。しかしそれを外して回収し、トレイルたちを墓に埋葬する勇気のある者はいないだろう。


「魔王の顔や年齢、種族に性別なんかは最後までわかりませんでしたね。声も作り物でしたよ」


「ああ。他の幹部たちも謎が多い。外見もそうだが戦闘力も底を見せていないから、実際に戦ってみないと何とも言えないな」


 魔王への挑戦者が減るとその秘密や弱点を知る機会も減ってしまう。それでも犠牲者が増えるよりずっとましだとキンツェムは考える。世界の平和のために捨て駒になろうとする勇敢な者たちはいるだろうが、もし身近にそんな人間がいたら全力で止めるつもりでいた。



 4人は道場に戻ってきた。トレヴ相手に悪の限りを尽くした戦いを演じ国民の怒りを買ったので、夜道での襲撃に用心したが何も起きなかった。その後の事件の衝撃が強すぎてすっかり印象が薄くなったのもその理由の一つだろう。


「で……行くの?魔王を倒しに。それともこの国が本格的に侵略されてから動く?」


「私は勇者ではないしもはや冒険者ですらないからな……ポリーを鍛えるための修行の旅にしては過酷すぎるだろう」


 冒険者の資格は残しているが、いまのキンツェムが優先しているのは次世代の育成だ。道場を留守にして旅立つことには消極的だった。



「師匠、私は旅に行きたいです!私がどれくらい強くなったかを確かめたいですし、師匠があの雑魚パーティと格が違うと皆に見せつけるいい機会です!」


「……あんな大会で手応えを感じたくらいで調子に乗らないほうがいい。国の外にはまだまだ……」


 強いやつがたくさんいるぞ、そう言いかけてキンツェムは黙った。あのザルカヴァの技から脱出して逆襲まで決めたポリーの素質と成長力は規格外で、すでに基礎も完成されている。道場で訓練を続けるよりも実戦で経験を積んだほうがポリーのためになるのは明らかだった。


「よし、明日次第だ。今日の戦いを見てこの道場に入りたいという者たちがいるはずだ。その人数やレベルを考えて決めよう」


 ポリーたちからすればキンツェムが魔王を倒し真の勇者として世界の頂点に立つところを見たいのだが、キンツェムは指導者として生きていくと決めた以上、生徒が多ければそちらを優先したい。


「何人来るか………楽しみだな」


 邪道な戦いをしたとはいえ、安定した立ち回りや技の数々を披露することもできた。トレヴ戦以外では強い勝ち方を見せた。翌朝には国王の使者が依頼の報酬を持ってくることになっているが、キンツェムにとって楽しみなのは金よりも生徒たちだった。






 そして朝がきた。しかしいくら待っても道場の門を叩く者は現れなかった。


「………………」


「まあ……みんなに見る目があればそもそも道場に格下げされることもなかったからね。あの試合もそこまで深く見てなかったんでしょ」


 まさかの0人という結果に、さすがにキンツェムも落胆を隠せず3人に慰められていた。実のところ、彼女たちはキンツェム争奪戦の人数がこれ以上増えたら困ると思っていたので、キンツェムには悪いがこれでいいと心のなかで安堵していた。



「ん!誰か来た!まさか………」


「いや、残念だけど王国の使いだ。しかしあんたらが来るとは意外だったな」


 道場を訪れたのはトレヴとシーナだった。トレヴは伝説の武具を装備し、シーナもこの国で用意できる最高の防具を身にしていた。


「昨晩に父上、それに兄上から話は聞いたよ。最初はワタシに自信をつけさせるための出来レースだったはずが、キンツェムはそれ以上の仕事をしてくれたと。本来なら裏でコソコソ余計なことをされていた怒りが沸くところだが、ワタシもキミたちへの感謝の気持ちでいっぱいだ」


「あなたたちがいなければ旅に出る前にジェンティルによって殺されていたかもしれません。城の人間皆からあなたたちにお礼の言葉を預かっています。もちろん……こちらも」


「どれどれ、どんなもんか…な………」



 シーナが魔法の箱を開けると、本来の報酬の倍となる2000万イェンが入っていた。キンツェム以外の3人は額の大きさに放心し固まった。


「おお………こんな大金、なかなか見れるものじゃないな。しかしお前たちのその格好……もう旅立つのか?ブリランテの傷が治るのを待ってからのほうがいいと思うが」


「いや、これは王国の総意だ。早く魔王を倒さねばやつの犠牲者も同盟者も増えてしまう。とはいえワタシとポリーの2人だけでは死ぬために行くようなもの………そこで!」



 トレヴが語気を強める。シーナと2人で道場に来た最大の理由を明らかにした。


「キンツェムとその仲間たち!キミ……いや、アナタたちも我々と共に来てほしい!勇者はワタシだが、パーティのリーダーはキンツェム、そしてまだ実力不足のワタシたちを旅の間に鍛えてもらいたい!」


「………なるほど、そうきたか!」


 若い冒険者たちの命を守り、成長に導くためならキンツェムもこの話を断らないと国王たちはわかっていた。



「師匠!」 「キンツェム!」


「行くか……魔王のもとへ!」


 冒険者としてではなく、あくまで皆を支え指揮し、教えを与える指導者としての旅が始まろうとしていた。

 第1部終了です。ご愛読ありがとうございました。連載再開はグレート・O・カーンがIWGP世界ヘビー級王座に輝いたときにでも。(つまり永久に……)

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