第30話 処刑
「…………」
「こ、これは…………」
一年前までキンツェムと共に旅をしていた勇者とバトルマスターがタッグを組み、魔王軍と対決する。魔王とナンバー2のキング・ピンという強敵が相手でもこの2人なら勝ってくれるだろうと期待は高まっていた。
『あっさりと避けられた!勇者コン・トレイル、息が上がっている!』
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
いきなり大技を連発しても通用しないのは先の2人の犠牲で明らかになった。普段とは違う形で攻めていったトレイルだが、基礎を大事にするようにというキンツェムの忠告を聞かなかったせいで苦しい戦いを強いられていた。
「お前ごときがバトルマスターだと?それなら私はもっと上の称号でないとおかしいよな。おい、考えてくれよ?」
「……ナメやがって………」
バトルマスターのサクソンもいいところがない。キング・ピンの挑発に言い返す余裕も奪われている。
「ここまで実力差があるとは!」
「勇者パーティが弱いわけじゃない、魔王軍が強すぎるだけだ!」
魔王軍は余裕たっぷりだ。リングでの戦いを腕試しの舞台から命を張り合う真剣勝負にしたのは魔王だというのに、あえてトレイルたちに好きなだけ攻撃させることで以前のような場を演出している。
「………勇者たちは棄権したほうがいいんじゃないんですか?力の差がありすぎます」
「そうだな……しかし彼らも必殺技をまだ出していない。それが通用するかを試してからでも遅くはないと考えているのかもな」
「師匠の力を過小評価するような連中ですよ?無関係の人間を巻き込む戦い方をするし、いろいろ見えてないですからね。危ないんじゃないですか」
ポリーはトレイルたちが無様に死のうが別に構わないといった口ぶりだった。彼らの乱暴で見境のない攻撃のせいで自分と家族、近所の人々の命が奪われかけたのだからそれも仕方ないと思い、キンツェムはポリーを叱ったりはしなかった。
ザルカヴァとラフィアンもトレイルたちのことを厳しい目で見ている。キンツェムを追い出したのだからどれほど強いのか確かめてやろうとしたらこの体たらくだ。このまま散るのを見届けるのも面白いと考える始末だった。
(……これだけの観衆の前で負けを認めて逃げ帰るのは大恥だ。しかし生きていれば汚名返上の機会はある。意地になって死ぬな)
それでもキンツェムは自分の評判を落とした者たちの生還を望む。もし彼らが願うのなら道場で心身を鍛えてやろうと思っているほどだ。前線で活躍する冒険者から指導者に転身した人間として、まだ成長の余地を残す不完全な若者が命を散らすのを見たくなかった。
そのキンツェムの期待は………叶わなかった。一通り技を受け終えた魔王たちがついに本格的に攻撃に転じると戦況は更に悪化した。
「ぐっ………サクソン!」
『分断された!トレイルがリング下に落とされ魔王がその動きを止める!リングにはキング・ピンとサクソンだけ、しかもサクソンは座ったまま立つことができない!』
攻撃を受け続け、体力も気力も限界に達したサクソンはもう立てない。彼をリング中央に座らせるとキング・ピンは背後に回り、コーナーまで下がった。助走距離を確保し、サクソンを標的に定め突進した。
「砕けろ――――――――っ!!」
「うがっ……………」
飛び込みながら後頭部を右腕で振り抜いた。サクソンの頭と首の骨は粉々になり、リングに顔から崩れ落ち、血の池がそこから広がっていく。
「バ、バックエルボー!危険な技だと思っていたけど、本気でやればやっぱり人を殺せるかぁ………」
「躊躇なくやりやがった!」
サクソンはピクリとも動かなくなり、邪魔だと言わんばかりに蹴飛ばされてリング外に転がり落ちていった。このサクソンを押さえ込めば試合は終わったはずだが、入れ替えるようにしてトレイルが強引にリングに放り込まれた。相手2人を打ち倒す決着を望んでいるようだ。
「残りは貴様だけだ。この程度の力しかないくせに大物のように扱われチヤホヤされる……そんな屑が余は許せなかったのだ」
「………ハッ!ただの嫉妬か!まあ仕方ないか、華がなさそうだもんな、あんた。そっちのキング・ピンはB・Pという恋人がいるのにあんたには誰もいないんだろ?」
「……………」
魔王の動きが止まった。トレイルは続ける。
「図星みたいだな。ちなみにおれは旅したその土地ごとに何でも言いなりになる女たちがいるぜ?」
「………それがどうしたというのだ」
「あんたの顔は隠されていて見えないが……どうせ醜いブサイク面だろ。金や魔王という地位を利用しないと一生恋や愛とは無縁、かわいそうなやつだ………」
冷静さを失わせて勝機を探ろうとした。しかし挑発は相手によっては逆効果、自分の命を脅かすだけのときもある。今回はそうだった。
「キョエ―――――――――ッ!!」
「うがぁっ………」
高く飛んだ魔王はトレイルの両方の肩にその手をめり込ませ、切断こそしなかったが機能を奪った。
『強烈な手刀っ!勇者の両肩が破壊されてしまいました!』
肩から先が使い物にならないのではもう何もできない。勝負は完全に決した。
「もう終わりだ……しかし貴様が余の靴を舐め、我が帝国への忠誠を誓えば命だけは助けてやろう」
「……………」
「その肩も治してやる。奴隷として一生を過ごすことになるが、寝床と食事は与えると約束しよう。あとは貴様次第……どうする?」
倒れるトレイルの頭をグリグリと踏みつけながら降伏を迫る魔王。勢力拡大のために労働力を求めているのは確かなので、服従している限り生き続けられるだろう。
「…………」
「情けない声で許しを請え。帝国にその身を捧げると誓え!この虫ケラが!」
魔王に罵倒されながらトレイルの頭に思い浮かんだのは、自分が追放したキンツェムから受けた助言の数々だった。時には煩わしく感じることもあったがキンツェムの言葉は全て真実で、従っている限り物事は成功していた。
(フ………もしキンツェムをパーティに残していたら……こんな無謀な戦いに挑むのを止めてくれたに違いない。いや、もしかしたらこの戦いに勝っていたかも…………)
キンツェムが去った後、彼らの成長スピードは緩くなっていた。周囲に気を配れる人間がいなくなったせいで何をするにも以前ほどの勢いがないのも事実だった。しかしそれを認めると自分の判断が間違いであり、同時にキンツェムのほうが自分より上だと認めることになる。
この絶体絶命の危機、キンツェムなら降参を勧めるだろう。命があれば学び直して再チャレンジできる、それが彼女の教えだからだ。だからこそ、それに逆らうことで自分の間違いと弱さを決して受け入れない……それが勇者トレイルの最後の意地だった。
「…誰がお前みたいなモテないバカの奴隷になんかなるかよ………冗談は顔だけにしておけ!」
「そうか………それが貴様の答えか!よかろう、ではこれより処刑を開始するっ!」
魔王がトレイルの顔面を掴むと、顔の骨がベキベキと音を立て始めた。そのまま握り潰してしまいそうだったが、そのままの体勢で魔王は空高くジャンプし、空中数メートルのところで止まった。
「見ろ、余に逆らう愚民どもよ!これが世界を支配することになる………」
そして急降下。大きな手で覆われ、顔面がすでに陥没しかけているトレイルの表情はもはやわからない。抵抗や脱出のための魔力もなかった。
「やめろ――――――っ!!」
「魔王の力だ―――――――――っ!!」
キンツェムの叫びも届かず、リングが破壊されそうな勢いでトレイルは叩きつけられた。
エリミネーター




