第3話 プリティーな少女ポリー
「本来なら私が食事を用意するべきところを……ありがとうございます!」
「ま、まあ記念すべき初日なんだからこれくらいはさせてくれ。それに明日からの訓練のために栄養をつけてもらいたいという思いもある」
「なんとお優しい……!そのお気持ちだけでやる気が湧いてきました!」
この日は訓練所兼住居ではなく外で夕食を楽しもうということになった。入門して初日の自分を歓迎し、もてなしてくれたと少女は感激しているが、キンツェムには別の事情もあった。
「………あの食物庫を見られたくないから無理したんでしょ。店で食べる余裕なんかあるの?」
「仕方ないだろ。せっかくの弟子が逃げる……不安になって明日から来なくなる」
どうせ誰もいない寂しいキンツェムの訓練所、しかも金がないとあっては食べ物がすっからかんなのも当然だった。卵が数個あるだけで、調理すらせずにそのまま生で飲んでしまおうと思っていたほどだ。
「冒険者時代の貯金もそろそろなくなるはず。見栄を張るなんてキンツェムらしくない」
「見栄じゃない。あの子に安心して修行に励んでもらいたいんだよ。逃げないとしても不安すぎて集中できないだろ」
いつ金が尽きるかわからない訓練所なんか普通の冒険者候補は近づかない。経営が苦しいトレーナーが生徒に授業料とは別の金を求めたり、出稼ぎに派遣しているとして注意されていた。自分の人生に関わるのだから、よく考えて信頼できる者に弟子入りするようにと。
「いや……あのガキンチョなら平気だと思うけど。わざわざ遠くからキンツェム目当てで来たくらいなんだから、金や食料があまりないだけで逃げたり動揺したりってのは考えにくいなぁ」
「……かもしれないな。そうなるとやっぱり私のもとに来た理由をしっかり聞いておくべきか」
わざわざ人気のない訓練所を選んだ事情は場合によっては話しづらいことかもしれないと思い、キンツェムは自分から尋ねることはしなかった。しかしこれからしばらく共に暮らしていくのなら互いのことは知っておかないといけない。
「行こうとしている店までまだ少しある。君のことを教えてくれないか?」
どこまで話してくれるかはわからない。ただ、今はまだ少女が『ポリー』という名前であることしか情報がないので、それ以上のことを聞きたかった。
「はい!私は西の小さな村から来ました。両親と暮らしていましたが、キンツェムさんのもとで修行がしたいと言ったら喜んで送り出してくれました」
「私の名前を出してその反応か?私は嫌われ者ではないが有名人でもない……」
一年前までは勢いのある勇者パーティにいた。派手な活躍はなかったものの、その一員だったということは遠い地で知られていてもおかしくなかった。
「私たち家族は人間と魔物の戦闘に巻き込まれて命を落とす寸前でした。私たちの家のそばで大規模な戦いが起こってしまって……」
「あの勇者たちは周りが見えてないし常識が足りないからなァ。無関係のやつを巻き添えにする大技をガンガン放つのはよくあることだよ。キンツェムがいなくなったらますますそういう事故が増えるだろうねぇ」
「その通りです。でもキンツェムさんはあんな偽りの英雄たちとは正反対で、私たちを守り避難させるように戦ってくれました。愛と優しさに満たされ、命を大切にするこの人こそ真の勇者、戦う者の頂点に立つべき存在だと私たちは確信しました!」
キンツェムに救われ、真の強さとは何かを知ったので弟子入りを決めた。家事や雑用を行うことで恩返しをしながらキンツェムのような冒険者になる、その決意を両親や村の皆が後押ししてくれたという。
「その戦いは覚えている。しかし君のことは知らなかった……すまない」
「いいえ、キンツェムさんは戦いながら私たちを助けてくれました。人もたくさんいましたし……これからいっしょに生活して絆を深めていきましょう!」
ここまで本気なら体験入門は今日で終わりだ。明日からは本格的な指導ができそうだ。
(なるほどなるほど、命の恩人……しかもその強さに憧れてるときたか。こりゃあ私ものんびりしていられなくなった)
ザルカヴァもまた、何かを考えていた。
「これはどんな料理なんですか?」
「魚と野菜だ。しかしこの店は肉のほうが安いしうまい。魚ならもっといいところがあるから今日は肉にしておけ」
「そうそう、明日からお肉なんてなかなか見れなくなっちゃうだろうし食べておきなよ。安い鳥の肉くらいならあるかもしれないけどね」
最初で最後の豪華な晩餐。大人二人は酒も飲み、明日以降を思えば節約すべきなのに、明日のことは明日困ればいいと気にせず食べて飲む。冒険者やトレーナーとしての腕はともかく、経営者には向いていないのかもしれない。
「キンツェムのシゴキはとにかく想像以上にきついから覚悟したほうがいいよ。高度な魔法や派手な必殺技も全然教えてくれないしなかなか試験にも挑戦させないしで、みんなすぐにやめちゃうからね」
「それなら問題ないです。キンツェムさん……いや、キンツェム師匠のお役に立つ、それが一番の目的ですから!」
「………ま、ポリーちゃんがぐんぐん成長すればキンツェムのトレーナーとしての評価が上がるわけだから、そのへんも………ん?」
肉料理を堪能していると、賑やかな店の雰囲気がいつもとどこか違うことにキンツェムたちは気がついた。その原因は、酒に酔った大男が若い女店員に絡んでいたせいだった。
「いいじゃねーかよ!こんな退屈ではした金しかもらえねー仕事なんか抜け出してオレといっしょに楽しもうぜ!天国見せてやる」
「やめてください………離して!」
「ああ?オレの誘いを断る気か?あんまりわがままだと………おじさん怒るよ!!」
酒瓶でテーブルを殴りつけ、瓶の割れる音と共に破片が飛び散った。最初は酔っ払いなんか無視すればいいという空気だったが、この男は力づくでやりたいようにやる危険な人間なんだと周りの客や他の店員は恐れた。
「せっかくの食事会なのにやかましいオッサンのせいで台なしだよ……どうする、キンツェム?」
「………黙らせてくる。あの店員の身も危ないし、見過ごすわけにはいかなくなった」
キンツェムは立ち上がり、ゆっくりと問題の男のもとに歩き、そして目の前に立った。長い会話ができる状態にない泥酔した男が相手で、荒っぽい解決になるのは確実だ。
プロレスラーが団体の経営者や社長になるとろくなことにならない(ただし大社長は別)と思う方は高評価&ブックマークをお願いします。経営はもちろんのこと、多忙のせいで疲れていたりトレーニングができなかったりで、試合中に重大な事故が起きてしまうこともあります。