第25話 トレヴの覚醒
『今日は正々堂々やるのかと思いましたがそんなことはありませんでした!仲間に審判の相手をさせているうちに反則の目潰し、そこからの連続攻撃!』
いざ冒険の旅に出たら戦う敵たちはほとんどルール無用で襲いかかってくる。新しい魔王がリングでの戦いを望んでいるとはいえ、どんな卑劣な手段を用いてくるかわかったものではない。旅立ちを控えるトレヴに教え込む必要があった。
「毎日のように城で戦いのための教育を受けてきたのだろうが……命を奪い合いは甘くないぞ!」
トレヴが踏みつけから逃れると、キンツェムはリング下に降りていった。そして武器として使えそうなものを物色し始めたが、試合で使えば反則とされている武器を手に取った。
「待てっ!すぐにそれを捨てろ!ついでに早くリング内に戻れ!」
「ん?使えないのか?確かこの間は……」
キンツェムがなかなか従わないので審判もリングから降り、その武器を直接没収しようとした。
「何をしているんだ………ぐあっ!?」
トレヴがその様子を見ていると、背中に重い衝撃が走った。なんとザルカヴァが審判のいないうちにリングに上がり、伝説の盾でトレヴの背後を襲ったのだ。
『さ、さっきの逆です!今度はキンツェムが審判を引きつけているうちにザルカヴァが攻撃!しかも伝説の盾をこれ以上なく不敬な方法で扱いました!』
「ぐっ………い、息が…………」
盾で背中を殴りつけられ、またしても倒れ込むトレヴ。ザルカヴァが逃げたのを確認するとキンツェムはすぐに審判の言う通りにしてリングに戻った。
「うぐぐ………」
「敵がどこに潜んでいるかわからないのによそ見とは……軽率にも程があるな。まあそういうところをカバーするのが仲間というものだが、いまのお前は1人なのだから普段以上に警戒しないといけないぞ」
1対1の戦いなのにもう1人を参加させている時点でキンツェムは反則なのだが、これからトレヴが向かう先では1人どころか何十人も伏兵として仕込む敵がいるかもしれない。一騎討ちで決着をつけようと言いながら、実は油断を誘うための罠を張り巡らせている。
トレヴのような性格でしかも経験不足となると、実力では勝っていても敵の策に沈む危険は大きい。そのためには頼れる仲間との協力が欠かせないが、おいしいところは自分で独り占めという戦い方ではそれもうまくいかないだろう。仲間の価値についても理解できていない。
『トレヴ、やはり最初の予定通りタッグでの戦いのほうがよかったかもしれません!もしくは互いに仲間を総集合させて4対4、それなら悪の連携に対処しやすかったでしょう!』
シーナ、ジェンティル、ブリランテという旅の仲間となる予定の者たちは、トレヴとは違い『周りを見る』、『冷静に判断する』ことができる。トレヴほどの才能や必殺技の破壊力はなくてもトレヴより優秀な戦士と言えた。
「ぐっ………ワタシは選ばれし勇者!世界を救うために精霊から力を授かった救世主!キミたちぐらい1人で倒せるんだ!」
「1人が悪いとは言っていない。パーティーを組まずに活躍している冒険者もいるからな。しかしいまのお前はまだそのレベルに達していない、その現実を認めろ」
まだ半人前のトレヴでは文字通り1人で旅をするのは危険であり、数人でパーティーを組むとしても自分の考えで勢い任せに難しい依頼を受けたり強敵の討伐に向かったりするのも無理だということだ。皆に相談し、その判断を仰いでから物事を決めるべきだとキンツェムは教えようとした。
「そろそろ終わらせるか………」
「ぐっ………!」
うつ伏せに倒れるトレヴの背に乗り、両足を掴んでエビ反りに伸ばす。無理して堪えようとすると背骨が危ない。
「やった!逆エビ固め!そのまま極めちゃえ!」
『これは完璧に入ったか!?トレヴ脱出できない!このままいいところなく敗れ去るのか!』
リングの中央で技をかけたので、ロープに逃げることもできない。ロープに手か足をかければ攻撃をやめなければいけないルールがあるが、手を伸ばしてもこの位置からでは遠すぎた。
「こんなところで負けるわけには………」
降参するかとキンツェム、それに審判から何度も聞かれる。そのたびにトレヴは首を横に振り拒否した。これ以上我慢すると大惨事になると思われたところで、トレヴの全身が眩しく光った。
「む………これはっ!」
「……こ、これが勇者の底力だ―――っ!!」
トレヴの背中から小さな星の欠片が次々と放たれ、キンツェムを突き刺す。一つ一つは大したダメージではなくても、数が多いのでとてもじゃないが技を続けていられない。
「むむっ………」
「ワタシの番だ!くらえ――――――っ!!」
勇者の力が目覚め、一気に形勢逆転。キンツェムを持ち上げてリングに叩きつけるパワーも見せつけた。
「キ、キンツェム!」
「邪魔者は出ていけっ!」
ロープに手をかけたザルカヴァが何かをする前にトレヴは動いた。魔法で作り出した流れ星に乗ってタックル、リング下に突き落とした。
『これはすごいっ!まさに『逆転のトレヴ』!まとめて2人を蹴散らしたっ!』
「トレヴ!トレヴ!トレヴ!トレヴ!」
トレヴがキンツェムを追い詰めていき、観客たちの大歓声や口笛、拍手が鳴り響く。実のところキンツェムは手加減しながら戦えるほどトレヴより強いのだが、相手を殺したり重傷を負わせてはいけない場面で防戦一方になると切り返すのは案外難しい。
「さすがの攻めだ……これなら防御や細かい動きを軽視できるほど自信家になるのも頷ける」
「キミのやり方はもうわかった!反則や介入がなければそれなりの強さしかない!さあ、ワタシの必殺技を受けてみるがいいっ!」
「…………!!まずいな」
この機を逃さずに決着まで持っていく。トレヴによりキンツェムは宙に浮き、動きを封じられた。
「『ハイパースターダスト・デスティニー』!!」
「ぐはっ!!」
回転しながら地面に叩きつけられたキンツェム。ダメージを抑えるためにできることは全てやったものの、想像以上の破壊力だった。
(………これまでの試合とは威力がまるで違うな。私以外の参加者にこんなもの使ったら事故だったぞ)
怒りや気分の高揚に身を任せ、これが腕を競うための試合だというのを忘れて本気の必殺技を放ったトレヴ。全身が金属でできている魔物すら粉砕するであろう一撃を食らってこの程度で済んでいるキンツェムも並外れた強さの持ち主だが、さすがにすぐには起き上がれない。
(まずいな……しばらく動けんぞ、これは)
『トレヴがゆっくりとキンツェムを押さえ込む!そして審判がカウントを始めた!』
(まだこいつに教えないといけないことは残っているのに………このままでは…………)
「ワン!ツー!スリ…………」
試合が終わってしまう。なんとか肩を上げてカウントを止めようとするが動かない。万事休すと思われたが、信じられない事態が起きた。突然キンツェムとトレヴの前から審判が消えたのだ。
「でりゃ――――――っ!!」
『あ――――――――っ!?ザ、ザルカヴァ何をしているんだ―――――――――っ!!し、審判の足をリング外から掴んでぶっこ抜き、そのまま引きずり落とした―――――――――っ!?』
3カウントが入る寸前でザルカヴァが暴挙に出た。キンツェムの敗北を強引に捻じ曲げた。
2020年の内藤対EVILはだいたいこんな感じです。短い間によくあんなワンパターン試合を繰り返したなと感心するほどです。




