第22話 乱入攻撃
審判が意識を失って倒れた。控えている代わりの人間が本来ならすぐにリングに上がるはずなのだが、なぜか今は誰も来ない。
「…………」
「完璧な魔法だな。そろそろ行くか!」
来ないのも当然、ザルカヴァが眠らせていた。しばらくは周りでどれほど大きな音を出しても目覚めない強力な効果があり、ラフィアンも安心して席を立った。
『審判が倒れています!おっと、次の審判が来たかと思ったらこの女は―――――っ!?』
ゆっくりとリングに迫るのは木の棒を手にしたラフィアンだった。このタイミングで武器を持って登場、その目的は明らかだ。
「よし!ここからは3対1だ!」
「待ってたぜ、大暴れできるこの瞬間をっ!」
シーナはまだ回復が追いついていないが、トレヴを守ろうとリングに入った。しかしポリーがそれを阻み、シーナを外に落とすと自分もその後を追い、攻撃を加えながら身動きを封じた。
「くらえ――――――っ!」
「何が選ばれし勇者だ!その称号、さっさとキンツェムによこさんかいコラッ!!」
ラフィアンが棒で殴り、キンツェムは踏みつける。2人での攻撃に、不意を突かれたトレヴは一方的にダメージを受けるがままだ。
「うぐっ………がっ!」
『これは酷すぎます!審判が機能しないのをいいことにやりたい放題!観客席からも怒りの嵐です!』
「ふざけんな!試合止めろ!」
「そんな連中今すぐ失格にしろよっ!!」
観客の怒りもキンツェムたちにはまるで通じない。このままトレヴが戦闘不能になるまで地獄の拷問が続くのかと思われたが、ここで1人の男がものすごい速さでリングに現れ、そのまま乱入した。
「………この男は!?」
「なんだこいつ……がはっ!」
『なんとブリランテ!この大会後にトレヴと共に旅をするメンバーの1人、王国の戦士ブリランテがトレヴを救出に入ってきたっ!!』
ラフィアンの背中に打撃を加え、木の棒を手からはたき落とす。その棒を拾うと、キンツェムの腹部に突き刺すようにして攻撃した。
「うっ………!」
2人を倒すとブリランテはラフィアンを無理やり引き連れてリングを降り、本来この場にいてはならないラフィアンを排除した。
「トレヴ様!栄光はすぐそばにあります!」
「助かったよブリランテ!やはりキミこそ最高のしもべだ!シーナではどうも頼りなかったからね……これで勝てる、たぁっ!!」
トレヴは魔法で作り出した流星群の波に乗り、キンツェムに体当りした。トレヴにしては不格好な攻撃だが、体力を失っているため、いまはこの技が限界だった。
「うっ………!」
「ぐぐ……」
背中に大ダメージを受けたキンツェム、力を使い果たしたトレヴが共に倒れた。場外のポリーとシーナも互いに譲らずリングに戻れずにいた。
「トーレーヴ!トーレーヴ!トーレーヴ!」
『トレヴへの応援が大きくなっています!ここは先に立ち上がってほしい!そして必殺技をキンツェムに叩き込んでほしいっ!』
会場全体がトレヴの勝利を願い、声を出す。そしてトレヴにはシーナとブリランテの他に旅のメンバーになる予定の冒険者がもう1人いた。
『おおっ!あれはジェンティル!トレヴの旅の仲間、女魔術師のジェンティルが走ってきました!そしてトレヴを拍手で鼓舞します!』
ロープを越えてリングに入ることはしないが、一番近いところまで近づいてきた。そしてトレヴに手を伸ばす。
『まだ審判は倒れています!ジェンティルが介入しても問題ありませんが、トレヴに試合を決めてもらおうということでしょう。この手を取って立ち上がるようにとトレヴを呼びます!』
「おおジェンティル!その助け……感謝して受けよう!でも魔法はいらないさ、最後の一撃はワタシが!」
トレヴはロープ越しに腕を伸ばすジェンティルに近づき、掴んだ。するとジェンティルの細い腕がトレヴを一気に起き上がらせ………そこまではよかった。トレヴが立った瞬間、ジェンティルは手を離すと鞭を取り出した。
「ああっ!?ぐがっ…………」
『こ、これはどうしたことだ――――――っ!?仲間であるはずのジェンティルが!!』
トレヴの首を鞭で締めた。必死で抵抗するトレヴだが、全く予想外の攻撃にそのまま力が抜けていき、ついに意識を失って倒れた。
「トレヴ様………うっ!」
「こっちは私に任せてください!師匠、終わらせましょう!」
ここまでポリーはシーナの動きを完璧に封じていた。そしてリングから遠ざけ、ついに解放したと思ったら観客席の最前列目がけて投げ捨てた。
(このパワー………まだ冒険者ですらない少女のものとは思えない!強化魔法を重ねがけした私に何もさせないなんて………)
「さあ、師匠っ!」
ポリーの声に応えるようにキンツェムはゆっくりと起き上がった。トレヴの髪の毛を掴み自分の眼前に立たせると、その喉元に腕を振り抜き、叩きつけた。
「やったっ!ラリアット炸裂だっ!」
ジェンティルが大はしゃぎしながら倒れていた審判を無理やり起こし、リング内に乱暴に戻した。そして審判の目の前には、倒れるトレヴを押さえ込むキンツェムがいた。
「1!2!3っ!!」
『決まってしまった――――――っ!!全勝で決勝に向かうのはキンツェム・ポリー組っ!反則の限りを尽くした悪辣な戦い方で強引に勝利をもぎ取りましたっ!しかしジェンティルが裏切るとは………あっ!?』
ジェンティルの体が光り、姿を変えていく。すると変装魔法が解け、そこにいたのはザルカヴァだった。
『ジェンティルではなかった!我々皆が騙されていました!キンツェムと同じ道場所属のザルカヴァが化けていましたっ!!』
審判から勝ち名乗りを受けると、戻ってきたラフィアンも含めて4人でトレヴを踏みつけながら喜びを分かち合う。当然観客席から大きな罵声が浴びせられ続けた。
「反則だらけじゃねーか!こんなの試合じゃない!」
「そいつらを決勝に出すな!国外追放にしろ!」
激しい非難の声にも4人はどこ吹く風だったが、シーナやブリランテ、本物のジェンティルがトレヴを助けに来るとすぐに退散、リングを降りた。
「貴様ら!誰に対してこんなふざけた真似を!」
「第3王子様だろう?知っているさ。しかしこれは真剣勝負とはいえ試合だ。この程度で倒れるようなやつが冒険の旅に出たところですぐに命を落とすのは確実だな」
「な、なんだと!?」
「こんなザコが王国を救う選ばれし勇者じゃあこの国に未来はないね。誰が一番強いか、わかったでしょ?そう、キンツェムよ!キンツェムが最強なんだ、覚えとけっ!」
勝ち誇りながら控室に戻っていく4人をシーナたちは追わなかった。警備の兵士たちも黙って見ているだけだ。しかしこのまま帰すわけにはいかなかったのは他でもないトレヴだった。
「………待てっ!!」
「なんだ、負け犬か。明日の試合を棄権したいのか?それとも王子の地位を使い私たちを追い出す気か?」
「……いや、キンツェム。キミとは決着をつけたい。だから棄権なんてするものか。もちろん追放もしない。逃げられても困るからな……明日は予定通り戦え」
トレヴがそう言わなければ国王や第1王子のブレーヴによってキンツェムたちがどうなっていたかわからない。もちろんトレヴのプライドならこういう展開になるのはキンツェムも予測していた。しかし、続く言葉は想定外だった。
「真の決着に足手まといは不要!明日の試合……チーム戦ではなく私とキンツェムの1対1に変更しろっ!」
HOUSE OF TORTURE




