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第16話 ポリーのデビュー戦

『6組のタッグチームが優勝を争う公式戦がいよいよ始まります!総当たり戦を行い、成績上位の2チームにより決勝戦を行います!』


 決勝を含めて六日間の大会、その初戦にキンツェムとポリーの登場だ。最も勢いがあると言われている勇者パーティにいたこともあるキンツェムを知っている観客は多かった。


「なかなか強いんだろ、あいつ?新米の冒険者たちで相手になるのか?」


「強いとは言っても勇者パーティから追放されたからなぁ。隣にいるのも冒険者資格すらない貧相な小娘だし、始めた訓練所は道場に格下げされた。落ち目の女だよ」


 ただし実力を認める者は少なかった。無名のポリーがパートナーということもあり、あまり注目されていなかった。



『ロープやリングを支える鉄柱、その赤い鉄柱がある側から入場してくるのがキンツェム、ポリーのペアです!道場の師匠と弟子による師弟タッグとなっています!』


 2人がリングに立つと場内から拍手が送られた。


「知名度がないから拍手なんてもらえないと思ってましたよ」


「よほど嫌われているというわけでもない限り歓迎してもらえるさ。とはいえ………」


 キンツェムはこの直後に何が起きるかわかっていた。青い鉄柱側から入ってくる良家出身の若き姉妹、ライトシスターズが姿を見せると、数倍の拍手や歓声が響いた。



「頑張れ―――っ!勝ってくれ――――――っ!」


「キャ――ッ!今日もカワイイ――――――ッ!」


 可憐な衣装で入場するマリアとシンハのライト姉妹。老若男女関わらず彼女たちに魅了されていた。


『ものすごい声援です!それもそのはず、トレヴ王子のチームの次に優勝候補と言われている期待の新星が入場です!ライト家が誇る美しい姉妹、ライトシスターズが観客に手を振りながらリングに向かいます!』


 訓練所で修行に励んでいたときから将来を有望視され、皆の注目を集めていた。姉妹のどちらも容姿と実力の両方でハイレベルだった。



「シンハ、この試合は通過点で勝って当然。最終目標はトレヴ王子を倒し私たちが魔王討伐の先頭に立つこと。それでも気を緩めないように!」


「ええ、マリアお姉様。確実に勝つ、完璧に勝つ、魅せて勝つ……勝ち方が大事ですもの」


 初めての公式戦でもライト姉妹に力みや緊張はない。絶対勝てる相手だと思っていれば気楽なものだ。



「……ふ〜〜っ………」


「どうした、ポリー。私が先に出るか?」


 落ち着いているライト姉妹に比べてポリーの息は荒かった。予定を変更し、平常心を取り戻させてから戦わせるべきだとキンツェムが交代を考えるのも無理はなかった。しかしポリーはキンツェムを手で制し、リング内に残った。


「ポリー!」


「安心してください、師匠。緊張や恐怖なんかありません。この大観衆の前で師匠の素晴らしさを見せつけられる、それが楽しみで仕方がないんです」


 ポリーは思っていたよりもずっと成長していた。何も言わずキンツェムは3本あるロープの、上から数えて1本目と2本目の間をくぐってリングの外に出た。ライト姉妹は姉のマリアが残った。



「それでは………始めっ!」


 試合が始まった。ポリーは真っすぐ向かっていくかと思いきや、マリアと一定の距離を保ちながら様子を見ていた。


「…………」


 マリアの体の周囲には見えない魔法の壁があった。触れてしまうとスピードが奪われる魔法の罠が用意されていた。



「………時間切れ……はっ!?」


「ここだ―――――――――っ!!」


 魔法の効果が切れた瞬間を狙ってポリーが飛んだ。低い体勢からマリアの腹部に突進、勢いのある頭突きで押し倒した。


「がっ………がはっ!」


『一瞬の出来事でした!ポリーの矢のような速さでの一撃にマリアがダウン、3カウントを取りに……いや、腕を掴んだ!』


 本来曲がらない方向にマリアの腕を伸ばし、関節にダメージを与えて降参を狙う。もちろんマリアも抵抗するが、状況を好転させるための魔法を出すことができない。



「お姉様!てやぁっ!」


「………フン!」


 ここでシンハが正式な交代をせずにリングに入り、ポリーをマリアから引き剥がした。しかしそれを見たキンツェムも入り、邪魔者を投げてリングの外に落とした。


「師匠!助かりました!」


「礼は後だ!一気に攻めるぞ!」


 マリアを立たせ、キンツェムは魔法を使う。マリアの体が鉄柱に吸い寄せられ、動けなくなった。ちなみに4本の鉄柱にはスライムのような柔らかいカバーが巻かれていた。



「たぁ―――――――――っ!!」


 まずはポリーが鉄柱に支えられるようにして立っているマリアに向かって走り、直前で体を反転させ背中から体当りした。体重が軽くてもスピードがあるぶん威力のある一撃になった。


「くらえ!むんっ!」


「ごふぉっ!」


 そしてキンツェムが続く。ポリー以上の速さでマリアの眼前に迫る。右腕を振り抜いて首を攻撃し、マリアは大ダメージを受けた。



『こ、これは強烈!首狩り族のような激しい攻撃にマリア・ライトは悶絶!青の鉄柱に転がりながら戻って妹にタッチ、どうにか交代!』


 シンハが入ってくるとポリーもキンツェムの体に触れてリングの外に出た。これで試合の権利はキンツェムとシンハに移った。権利のある人間だけが3秒の押さえ込みなどで勝つ資格を有している。


 審判は先程のシンハの乱入やキンツェムたちの合体攻撃を止めなかった。しかしあまりにも権利のない側が相手を試合続行不可能な状態まで追いやったりすると反則負けになることもある。



「お姉様を休ませるためにも………」


「残念だが時間稼ぎはさせない!」


 マリアの回復を待つシンハに対し、キンツェムは短期戦を狙った。様子見はせずに接近していく。


「うっ………たぁっ!」


 小さい炎の球がいくつも飛んできたが、キンツェムならパンチやキックで炎を消すことができる。避けたり魔法で対抗したりする必要がないので、すぐにシンハのもとにたどり着いた。



「フン!フン!」


「あがっ!」


 シンハの左足に蹴りを入れ続けると、やがてその場に座り込んだ。キンツェムはそれを逃さずに、シンハをうつ伏せに倒すとその上に乗り、その両足を自分の腋の下に入れて支えたまま高く上げ、エビ反りの形にした。



『これは苦しい!足を反らせることで背中と腰が悲鳴を上げています!呼吸もできなくなるかもしれません!』


「シ、シンハ!」


「行かせない!ぬぅんっ!」


 助けに入ろうとするマリアをポリーがリングの下で押さえている。キンツェムとの練習でやっていたことが本番でもうまくいった。



「これ以上我慢すると窒息するぞ。その前に背中が破壊されて助かるかもしれないが……」


 リングの中央で固められ、マリアの救助も期待できない。キンツェムの技は完璧に極っていて、逃れる術はなかった。


「ギ……ギブアップ、ギブアップ!」


 シンハが地面を手で何度も叩き、降参の意を示した。審判もそれを確認し、試合は止められた。キンツェムとポリーの勝利だった。

 セ・リーグの弱小球団横浜DeNAベイスターズが本拠地横浜スタジアムで首位ヤクルトに3連敗を喫し、無様な醜態を晒した。


 本拠地17連勝、8月一人勝ち、首位とのゲーム差は4……圧倒的な勢いで『横浜優勝』が現実的なものになりつつあったDeNAだが、本来なら最下位争いをする実力しかなく、他球団のコロナ禍に乗じただけのラッキー快進撃。こんなものがいつまでも続くはずがないのは明らかで、悪夢のような現実がそこには待っていた。


 ファンのためにも村上と勝負する、そう張り切るのは勝手だが、あれだけ打たれていてはアホの二文字に尽きる。最高のファンサービスは勝つことなのだから、選手や首脳陣は何かを勘違いしているのか、もしくは最初から頭が悪すぎるのかのどちらかなのだろう。


 とはいえ村上以外の打者にもコテンパンにやられたので結局敗北を回避する道はなかった。「8月のベイスターズがおかしいって、弱すぎるって意味だよな?」などと調子に乗るファンもいたが、本当に弱いやつがそんなセリフを吐くのだから失笑物だ。何回転生しようが併殺と残塁、飛翔癖のスキルが付与される横浜ナインを愛する神々は笑いの神や貧乏神だ。


 愚将の失態も目に余った。敗戦処理を使う順番やタイミングが明らかにおかしく、自ら反撃ムードを台無しにしてチームをシラケさせた。連勝中も選手が頑張っていただけで、この男は何もしていないどころか足を引っ張っていたのだから、いざ采配力が問われたときに勝負勘のなさを見せつけてしまうのは必然だった。


 3戦目に勝利への執念を見せても時遅く、順当に敗戦。先発、リリーフ、打撃、守備、走塁、野球への意欲、そして指揮官……全てにおいて何一つ勝るものはない惨敗を喫した。


 首位とのゲーム差はこれで7。事実上の終戦となり、優勝などやはり遠い夢の物語に過ぎなかった。勘違いしていた愚かな選手やファンが目を覚ますには十分すぎるほどの結果で、異世界から現実に帰ってきた。2位にいることすら奇跡的な偉業なのだから、さっさと優勝を諦めて2位固めに徹したほうが賢明だと言っても過言ではないような気がする。

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