第15話 開幕
「よし!ここでロープを使って跳ね返るんだ!タイミングは私がそっちに合わせる!」
「はいっ、師匠!トア――――――ッ!」
キンツェムとポリーの訓練は順調に進んでいた。ポリーの基礎能力を高めるだけでなく、試合に向けた協力技も開発していた。
「すごい手応えです……!力と呼吸を合わせてこんな技が出せるなんて!」
「2人で戦う試合はこれが面白いんだ。チームワーク次第でどこまでも強くなれる」
「はい!1+1は普通なら2です。でも師匠と私なら1+1で200!10倍ですよ!」
憧れのキンツェムとチームを組めていることと、自分の成長が明らかなことに興奮してポリーは単純な計算すら間違えていた。
「大丈夫かね、あんな調子で……」
「やる気があるのはいいことだよ。キンツェムに任せておけば一流のレスラー……いや、冒険者になれる」
ザルカヴァとラフィアンも汗を流していた。今回のメインはキンツェム組だが、この二人にも役割はある。第3王子トレヴのチームとキンツェムたちを決勝に進ませるためには、トレヴとキンツェムに負けて残りのチームに全勝することで補助できる。
「関係ない3チームは優勝を狙ってるだろうから実力で黙らせて脱落させないとね」
「ブレーヴ様が言うには弱いから問題ないらしいけどな。ま、やるだけのことはやろうや」
実力者の2人もこうして組んで戦うのは初めてだ。大会が始まる前に細かい調整をして息の合ったチームを目指す。キンツェムが言うように、個々の能力は低くてもチームを組めば強くなる者たちもいる。チームとしての完成度を高める必要があった。
「大会の日程が決まったようだ。一日1試合ずつだから六日目が決勝戦だ。私たちの初日は『ライト・シスターズ』……聞いたことがないな」
「最近冒険者になったばかりの姉妹らしいよ。名前はマリアとシンハ、なかなか裕福な家の出身だというのも知ってる」
キンツェムたちの初戦は若い冒険者の姉妹チーム。ザルカヴァたちも実績がない新人冒険者のチームを相手にすることになった。
「これなら3勝は簡単そうか。それよりもトレヴ王子はどんなやつとチームを組むのか……そのへんの情報は?」
「トレヴは4人パーティを組んで旅に出る予定なんだって。そのうちの一人、回復やサポートの魔法が得意なシーナという女を今回は相棒に選んだみたい」
トレヴとシーナは同い年、幼い頃からお互いのことをよく知っていた。残りのパーティメンバーは年の離れた大人で、剣の達人ブリランテ、そして雇われた外国人ジェンティル。ブリランテは城の兵士だがジェンティルは正体不明、強い冒険者であるという理由だけで採用された。
「優勝はできないことになっているし、1千万イェンが満額手に入るとは思わない。この国は意外と金に困っているからな。大事なことを見失わずに最終戦まで完走するぞ!」
キンツェムにとって大切なのはポリーの成長とトレヴへの教育だ。加えて真剣勝負から遠ざかっているザルカヴァやラフィアンに緊張感のある舞台を与えることだった。まさにトレーナーの鏡だ。
(今回の大会で師匠のベストパートナーは私だって認めてもらえたら一気にリードできる!そのまま人生のパートナーに………なんちゃって!あんなことやこんなこともこれからは………うふふ)
(キンツェムを最も理解しているのは私だ。誰が一番欠かせない存在か、誰が本物の相棒か……そろそろはっきりさせないとね。キンツェムこそ私がこの世界で生きる理由の全てなんだから)
(私の古傷は完全に癒えることはない……それでもここでの訓練のおかげでかなり戻ってきた!キンツェムと一番スタイルが似ているのは私だ。このラフィアンがキンツェムともう一度強豪冒険者コンビとして再起してみせる!)
他の3人はキンツェムとは大違いだった。ただし、邪な目的や理想が原動力だとしてもよい結果になることもある。思いの大きさが不可能を可能にしてみせるからだ。
『それでは本日の第一試合を行います!』
いよいよ大会初日を迎えた。街の中心にある闘技場には大勢の観客が詰めかけている。国民からの人気が高いトレヴの壮行大会となれば、皆がその勇姿を見るためにやってきた。
この日は全部で6試合。最初の3試合は大会とは関係のない前座の試合だ。第四試合でキンツェムとポリーがライト・シスターズと対戦し、第五試合でザルカヴァとラフィアンが登場する。
「トレヴはやはり毎日一番最後の出番か」
「目立ちたがり、自分の力を誇りたがり……そりゃあメインに出てくるよ」
前座には貴族や有力な商人たちの息子や娘が出場していた。危険防止のため武器と魔法の使用は禁止とされている。
「そんな甘いルールで戦って、果たして成長できるんでしょうか?」
「………このルールは案外面白いかもしれない。武器も魔法も使えないとなると、純粋な身体能力の高さや体術の技量が問われる」
派手な大技が封じられ、真の強さが試される。過保護で温い戦いと思われがちだが、体力やパワーといった基礎の土台がしっかりしているかを確認できるいい舞台だった。
「1!2!3!そこまで!」
それを理解して戦っている未来の冒険者候補たちは確かに見どころのある有望な若者だった。しかし観客たちの反応はいまいちで、やはり地味な戦い方では人気は出ない。
『これよりチーム戦!魔界や近隣諸国ではタッグ戦と呼ぶ動きが目立っているためそれに合わせたいと思います!全6組のチーム、つまりタッグが優勝を目指して戦います!』
魔界の呼び方に合わせているということは、この方法で魔王との戦いに挑もうとする王国の方針を民に知らせる意味があった。エリアという表現も魔王が広めたリングに変わった。
今回のタッグ戦は2対2ではあるが、リング内では1対1で戦い、リングの外で待機する仲間の体に触れることで交代が認められる。ただし合体技を使うときなどは2人ともリングに入っている場合もある。それを認めるかどうかは審判の判断次第だった。
「決着の形は肩を地面につけた状態で3秒押さえ込む、起き上がれないほどのダメージを与える、あとは反則。どちらか1人を倒すだけでいい」
「1人でいいなら敵は私に集中攻撃を仕掛けてくるでしょうね。師匠には勝てないから格下の私を叩いてくる……仕方のないことですけど」
「それをどう凌ぎ反撃に繋げるか……隙なんか見せられないし、逆に相手の隙は見逃せない。激しい攻防のなかで冷静さも失わずに戦う必要があるな」
緊張のデビュー戦が始まろうとしていた。
ガゼルマンという超人レスラーを覚えている方は高評価&ブックマークをお願いします。かませ犬どころか戦う描写すらほとんどない悲しい超人です。
私はあまり野球に詳しくないのですが、横浜DeNAベイスターズというチームにガゼルマン投手がいるそうですね。ぜひこちらにはヘタレ超人とは違い大活躍を見せてもらいたいものです。




