第13話 第3王子トレヴ
新たな魔王の登場により、魔界と人間界の関係は変わった。そして、腕試しや技を見せ合う場だったはずの模擬試合、その世界も狂った。
「やつらがリングと呼ぶあのエリア内での戦い……もはや馴れ合いや出来レースは存在しない!魔王はあれを真剣勝負の戦い、戦う者の命はもちろんこの世の覇権まで決める場にしてしまうつもりだ!」
キンツェムたちも驚きを隠せなかった。ただの練習、場合によっては見せ物や遊びにすらなるもので誰が最強か、どの種族が世界を支配するかを決めようとしているのだから。
そんななかで、ザルカヴァだけは皆と違うところに心を奪われ、興奮しながらブレーヴに尋ねた。
「ま、魔王は確かにリング、それに3カウントという言葉を使ったんだね!?」
「……ああ。聞き慣れない単語は他にもあった。『ピンフォール』、『ゴング』、『エビ固め』……何のことかさっぱりわからなかったが」
ザルカヴァは魔王がどこから来たのかがわかった。それだけ聞けばはっきりした。
「キンツェム、それにみんな。新しい魔王は……私と同じ世界から来た転生者に違いない!」
「……どうしてそんなことがわかるんだ?」
「私の世界の知識を持っているからだよ。きっと国も私と同じだね。そして魔王と共に兵士たちを倒した連中もそうだ。話を聞く限り、たぶんそいつらは前世でプロレスラー……つまりあの戦いを仕事にしていた。だから強い」
異世界の優れた技術や経験を引き継いで、この世界で前の命より強靭な肉体と魔力を得た。隙のない完璧な戦士たちの完成だ。
「しかし試合ならルールが決まっているし場所も定められている。どんな罠があるかわからないダンジョンの奥深くや関係ない人間を巻き込むようなところで戦うよりいいのでは?」
「あのリングでの戦いでやつらは無敵だ。勝てるとしたら勇者と認定されるほどの資質を持つ者ぐらいしかいない!」
「だったらそいつらの要求なんか無視してこれまで通りの戦いを仕掛けたらどーなんですか?奇襲したっていいでしょうに」
「すでにそうした国もあるという。しかし魔王の激しい怒りを買い………正々堂々戦えない卑怯な屑どもとして家畜のように扱われているそうだ」
どんな戦いでも強い。本気を出せばあっという間に大軍を殲滅できる力がありながらルールのある試合で勝敗を決めようというのは魔王側の譲歩であり慈悲ですらあった。負けるはずがないという余裕がそうさせているのかもしれない。
「冒険者たちの死や深刻な負傷が急増しているのもやつらのせいだ。歯向かった者を徹底的に痛めつける、それが魔王のやり方だ」
「……そんなところに第3王子を送り出して大丈夫なのか?」
「あいつももう自分の道は自分で選ぶ年齢だからな。それに勇者として選ばれたのだから王国……いや、人間界を救う可能性がある数少ない人間の1人であり本人もその気でいる」
王の長子ブレーヴは次期国王としてすでに多くの実績を積み重ねてきたが、戦いの才能はなかった。政治に専念し、素質ある自分の弟妹たちの支援に回っていた。
「だからキンツェムとその仲間たちよ、今回の大会であいつに戦いを教えてほしい。そして優勝させ、腕と自信の両方に満たされた状態で旅立たせてほしいのだ!」
「……わかった。第3王子を鍛えた上で勝たせる……できる限りのことはする」
「よろしく頼むぞ!我々も裏で支える。さて、あとはあいつに気がつかれないうちに……あっ!」
キンツェムたちが部屋から出ようとすると、その『あいつ』が来てしまった。王国の第3王子、この大会の主役が。
「ハッハッハ!兄上、こんなところにいたとは!食事の時間でもないのに不思議だったけど、客人たちがいたんだね!ワタシも挨拶させてもらおうか!」
「…………」
「ワタシの名前はトレヴ!下劣で残虐な魔族から世界を救い、英雄として永遠に語り継がれることになる者さ!」
着ている服はブレーヴと同じもので、男のような振る舞いをしていたが中性的な女だった。この国は男女に関わりなく、王の子は生まれた順に第○王子と呼ばれていた。
「彼女たちはお前の出場する大会の参加者だ。どうする、せっかくだし手合わせするか?」
「いや、やめておくよ!ワタシの強さに心が折れてしまい出場を辞退されたらチーム数が減ってしまい大会が盛り上がらなくなる!優勝はワタシで決まりとはいえせっかく来てくれる民衆たちを少しは楽しませないと、ハーハッハッハ!」
トレヴは自分が優勝するように仕組まれた大会であることを知らない。それでも優勝は確実だと思っている自信家だった。
「キンツェム君、ザルカヴァ君、それにラフィアン君にポリー君か。ワタシには勝てないとしても準優勝にも賞が贈られる。そこを目指して頑張ってくれたまえよ!」
「は、はぁ………」
「ハハハハハ!安心していいんだ。ワタシは戦いの間も冷静さを失わない。美しく、魅せて勝つことを常に考えている。だから熱くなって重傷を負わせたりすることはないからね!」
勝つのは当たり前で、勝ち方が大事だという余裕の発言だ。高らかに笑いながらトレヴはまた部屋の外に出ていってしまった。
「あれで弱かったら恥晒しもいいところですが……ほんとうに師匠以外には負けないんですか?」
「……言動に難はあるが実力は本物だ。ただし経験不足故の粗さや脆さがあるかもしれない。試合ではあいつに勝利を譲りながらもそういった課題に気がつかせてくれたら最高の仕事だ。場合によっては満額1千万イェンに加え追加の報酬も惜しまない」
ここでトレヴの力を知ることができれば仕事がやりやすくなったのだが、どうしてもというわけでもなかった。その機会はいくらでもある。
「総当たり戦だったな……それなら私のチームとあいつのチームの対戦を最後にしてもらえるか?」
「なるほど、少しでも多くトレヴの試合を観戦するためか。それくらい簡単なことだが、お前は誰と組むんだ?」
ザルカヴァたちに視線をやると、全員キンツェムに任せるという意思を示した。任されたキンツェムは迷うことなくチームを決めた。
「私とポリーが組み、ザルカヴァとラフィアンが組む。この組み合わせしかない」
あとは最終話までプロレスモードです。




