第11話 輝きを失ったラフィアン
酒に溺れているこの白髪の女の名前は『ラフィアン』。キンツェムと同じように実力派の冒険者と呼ばれ、攻守に秀でる将来有望な逸材だった。ところがダンジョンでの戦いで負傷し、回復魔法や薬でも完全には治らない傷を残してしまったためにリタイアした。冒険者資格はまだ持っているが、仕事をするにしても簡単で報酬の安い、誰にでもできるものしかしなかった。
「無意味な毎日を送るお前の生活に刺激を与えに来た。それに酒代もそろそろ尽きるころだろ?私たちの仕事を手伝え」
「刺激なんていらねーよ。私はもうこれ以上強くなれないんだから」
右腕の力が全盛期の半分程度しか出ないことに絶望して第一線から退いてしまった。自堕落な日々を過ごし貯金を切り崩しながら生きていた。
「そうか……残念だ。成功すれば1人当たり250万イェンだったのに。まず死ぬことはない楽な仕事だし、そのへんのやつに声をかけるか」
「………250万!?おいおい、それで命の危険がないだと?犯罪じゃねーだろうな?」
「国の依頼、しかも国王からだ。優勝チームが決まっている大会に出場すればいいだけ、簡単だろ?お前がもう全力を出せないとしても問題ない」
客を沸かせる試合巧者でいてくれればいい。相手は全員人間で、同じ王国の国民だ。強さよりも技術が求められる仕事だった。
「同じパーティでいくつも任務を達成したお前がこれ以上落ちぶれるのは見ていられない。今回の大会をきっかけに復活してほしい。お前の勇ましさや美しさはまだ死んでいないはずだ!」
「……美しさ、ね………そんな目で私を見てくれていたのか………なるほどなるほど…………」
ラフィアンの様子が変わったことに気がつがないのはキンツェムだけだった。先程のセリーナのときもこの女は何も感じず、モテるくせに鈍い人間であると皆が呆れるのも当然だった。
「そこまで言うなら私もその任務に加わらせてもらおう!キンツェムといっしょにいるのはザルカヴァと……そっちの小さいのは?」
「………ポリーです。キンツェム師匠の弟子として毎日共に汗を流し、食卓と寝床を共にしています」
「そうか、弟子ね………よし、今日から私もキンツェムの道場で寝泊まりしよう!金が浮くし仕事の打ち合わせや試合の練習もできる!」
「え………お前も私のところで?」
トレーナーが1人、生徒が1人、ゲストが2人という歪な構成の道場。しかし人が増え始め、停滞を脱出する兆しが見えたとキンツェムは喜んだ。実際は3人が抜け駆けを阻止するために牽制しているだけなのだが………。
「ふ〜………こんなに汗を流したのはいつ以来だか忘れたな。筋力よりも体力を急いで戻さないとな」
怠けていたラフィアン、本格的な訓練を始めてまだ日の浅いポリー。こんな2人をいきなり大会に出していいのかと異議を唱える者もいるかもしれないが、今回は2対2の戦いだ。キンツェムとザルカヴァが助けながら戦えばいい。
「今日は午前で訓練は終わりですね。午後は大会について皆で話を聞きに行く予定です」
「あっちから来てくれたら楽なのにね。面倒だけど観光と思えばいいか……」
不特定多数に聞かれたくない情報があるという理由で、キンツェムたちは城に呼ばれていた。国王が依頼主とはいえ、実際にキンツェムたちと話をすることはまずありえない。身分の低い伝言役の兵士から説明を受けるだけだろう。
「どうせ下っ端しか来ないんだから別にここでもいいのに。私たち以外だれも寄りつかないし」
「下っ端か………一番下の兵士でも私たちよりずっと上だがな。しっかり説明してもらえれば相手の身分はとうでもいい」
城へは訓練も兼ねて走っていった。そうなると汗や体臭が気になるところだが、ザルカヴァはそういったものを一瞬でまとめて吹き飛ばす便利な魔法を持っている。全員これから城内に入るにふさわしい状態になった。
「うわっ!すごいなこれ!さすが魔法の天才!」
「天才じゃないよ。発想の問題だね。ま、そこは転生者の強さってことで……」
暑くなる夏場、そしてこういった場所に向かう前にとても役立つ魔法だった。
「では2階の部屋でお待ち下さい。階段を上がったところに兵士がいますから、その者が案内します」
丁寧に案内され通された部屋は王族が食事に使うような、様々な美術品が飾られた広く長い空間で、キンツェムたちを驚かせた。
「………こりゃあとんでもなく豪勢な……一生縁がない場所だと思っていたが………」
「依頼の詳しい話を聞くだけですよね?あわわ」
「落ち着かないね。用が終わったらさっさと帰りたいよ………あれ、誰か入ってきた」
しばらく待たされるのかと思いきや、席に座ってから5分で相手が到着した。その人物こそ、王に代わって今回の仕事について詳しく説明するために来た使いの者だった。
「なるほど…………確かに王よりは下だが………」
「え……ええっ!?こんな大物が………」
現れたのは若い男。高級な服で着飾っているので立場の高い人物だというのはポリーにも想像がついたが、田舎の村から出てきたばかりでこの男の正体まではわからなかった。
「師匠、あの人は?」
「王国の第1王子、次の国王だ」
とんでもない人間の登場に、キンツェムたちの気持ちも引き締まる。予想以上に重大な任務であることは確かだ。
「キンツェムとその仲間たちよ。よくぞ参られた!私の名はブレーヴ。父に代わり君たちに大事な仕事をお願いし、無事に完遂してもらうために説明させていただく者だ!」
「国王の長子、ブレーヴ様……」
「私としてはセリーナよりも君のほうが今回の件は適任だと思っている。彼女からすでにだいたいのことは聞いているはずだが、その補足や最終確認のために来ていただいた」
ブレーヴが改めて任務の内容や注意点を語るが、セリーナの話したものとほとんど同じだった。
「我が父の望みは、第3王子が冒険者としての旅と戦いに必要な経験を得ること、加えて自信を持つこと。内容のある試合をした上で優勝させる、それが君たちへの頼みだ」
これから旅立つ第3王子のための大会。それを再度強調したうえで、ブレーヴは詳しい説明を始めた。
「俺はもうこれ以上強くならないよ」と話したレスラーのファンは高評価&ブックマークをお願いします。あのケガさえなければ……と本人も周りも悔やむのはどのスポーツにもあることです。




