*** 94 ニャジロー受難 ***
タケルの母親も無事女の子を出産した。
名前は銀河名ミラリアーヌ、地球名未来ちゃんである。
タケルはすぐに妹の顔を見に帰ったが、しばらくすると両親も未来ちゃんを連れて神域にやって来た。
早速セルジュくんとミサリアちゃんは未来ちゃんの傍に行って、うにゃうにゃ言いながら念話で話しかけていたが、しばらくすると少し涙目でタケルにしがみついて来ている。
(みらちゃん、おへんじしてくれにゃいの……)
「はは、ヒト族の未来はまだ小さくて念話が出来ないんだよ。
そのうちお話出来るようになるから、そのときたくさんお話してあげてね」
(( うん♪ ))
だが……
未来ちゃんが1歳を過ぎるころ、セルジュくんやミサリアちゃんを見つけると、「にゃんにゃー♪」と叫びながら高速ハイハイで抱き着いてくるようになった。
ヨダレででろでろにされてもみくちゃにされる2人はすぐに逃げるのだが、そうすると未来ちゃんが泣きだしてしまう。
仕方なく2人は自分に『身体強化』をかけて、あきらめ顔で為すがままにされていた……
尚、少し大きくなった未来ちゃんが最初に覚えた魔法は、念話と重力魔法だった。
これは、重力魔法を併用して壁を自由自在に走れるようになったミサリアお姉ちゃんが羨ましかったので、一緒に重力魔法をかけてもらっているうちに覚えてしまったものである。
(実際にはミサリアちゃんは未来ちゃんの姪っ子だが)
その後、地球の武者邸に遊びに来る近所のムシャラフ人たちは、壁に張り付いてシャカシャカ動き回る未来ちゃんを見て悲鳴を上げているそうだ。
焦げ茶色の服を着ていると、もはや巨大なGにしか見えないそうである。
タケルは未来ちゃんに長い触角型のカチューシャと羽のように見えるマントをプレゼントし、壁をシャカシャカ動く姿を撮影していて母親に怒られていた。
大人になって生意気なことを言いだしたら見せるつもりだったらしい。
ミランダ恒星系の国王宮殿でもちょっと目を離した隙にシャカシャカし、侍女を3人ほど気絶させている……
セルジュくんとミサリアちゃんが1歳になると、やはり保育園に通うことになった。
(毎日大勢の親戚の子たちと遊んでいた2人は、まったく物おじせずすぐに保育園に馴染んでいる)
そして、このころになると、ニャジローが臨時講師として子供たちに初歩的な魔法訓練をするために保育園や幼稚園に来るようになっていたのである。
(ニャイチローの鍛錬は年長さんから始まっていた)
優しいニャジロー先生の魔法練習は子供たちに大人気である。
まだ簡単な魔力循環や魔石充填訓練であったが、子供たちの魔法レベルもみるみる上がって来ていた。
そんな或る日。
「ねぇニャジローちぇんちぇい」
「なんだいミサリアちゃん」
「ちぇんちぇいは、将来子作りした相手と番ににゃる?」
「うん、あのタケルさまを見ていると、なんかそういう番もいいなって思えてね。
番相手になってくれる女性を探そうと思ってるんだ」
「それじゃああたちがちぇんちぇいの番の相手ににゃってあげる♡」
「ええっ!」
「あたちじゃイヤ?」
「そ、そそそ、そんなことないけど……」
「じゃあ将来はあたちの番ににゃってね♡
それでパパやママのお家でいっちょに暮らしまちょ♪」
ニャジローはついその姿を想像してしまった。
ミサリアちゃんはきっと素晴らしい美人さんになっていることだろう。
だが、舅であるヨメの父親はあのタケルさまなのである!
しかも姑であるヨメの母親は、あのエリザベート上級神さまなのだ!!
さらにその邸で一緒に暮らすというのである!!!
ぼぼぼぼぉ~ん!
あまりの恐ろしさに、しっぽどころかニャジローの全身の毛が逆立った。
ところどころまだ残っている猫の体毛が、髪の毛も含めてことごとく垂直に突っ立ったのである。
特に耳は全ての毛が逆立ったために、まるで熊人族のような丸耳になっていた。
そのままニャジローはふらふらと歩いて宿舎に帰ったが、ニャイチローとニャサブローに『どちらさまですか?』と聞かれてしまったのだ。
その後もシャワーを浴びようとしてバスルームに入ると、鏡の中に異様な生き物を見つけてはビクっとしてしまい、それから人知れず涙を流すのである……
現在のタケルとミサリアちゃんは外見上全く似たところは無いが、こうしてニャジローたちの毛を膨らませてしまうワザは、紛れもなく親子のそれであった……
翌日タケルは偶然ニャジローとすれ違った。
(なんだこいつ?
針鼠人族とかいたかな……
それとも新種の熊人族か?)
タケルに気づいて貰えなかったニャジローは涙目になっている。
(なあマリアーヌ、今すれ違った奴って何族だ?)
『何を仰っているのですか。
あれはニャジローさんですよ』
(!!!!
な、なんであんな姿になっちまったんだ?)
『どうやらミサリアさまに驚かされたようですね』
(さ、さすがは俺の娘だ……
でもいくらなんでもあの姿は気の毒だな。
なんか突っ立った毛を元通りにする方法は無いのか?)
『それではマッサージ・ドローンたちを雇ってマッサージセンターを作られたらいかがでしょうか。
毛が立つというのは皮膚の緊張によるものですから』
(そうか、それじゃあそのドローンたちを雇ってマッサージセンターを作っておいてくれるか。
どうせなら最高級のドローンでな)
『畏まりました』
その後、大勢の猫人族や犬人族がマッサージセンターを訪れるようになり、タケルも評判を聞いて視察に行ったのである。
「こ、これはこれはタケル神さま!
ようこそお越しくださいました!
ヒト族用最高級マッサージコースでよろしかったですか?」
「ああ、それで頼む」
(そうか、種族差があるから種族別コースに分かれてるんだな……)
(お、これスポーツマッサージだな。
あー、オーキーとの戦闘訓練で痛んだ筋肉がほぐれていくわー。
さすがは銀河最高級のマッサージ・ドローンだー)
「いかがでしたでしょうかタケルさま」
「いやさすがだわ、痛んだ筋肉がすっかりほぐれたよ。
ところで猫人族用のマッサージも視察させてもらえるかな」
「それではこちらへどうぞ」
「「「 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…… 」」」
(な、なんだこの雷のような音は……)
「!!!!!!!!!!!」
それで俺、もうとんでもなく驚いたんだわ。
だって、その猫人族用のマッサージルームには、3メートルぐらいの巨大猫人型ドローンがいてさ、膝の上の猫人たちをベロベロ舐めてるんだよ。
それで恍惚とした猫人たちが喉鳴らしてるんだわ。
(そ、そうか、猫人のマッサージって舐めることだったんだ……
でもってママに舐めて貰った子供の頃を思い出してリラックスしてるのか……
さ、さすがは銀河の最高級マッサージ・ドローンだ……)
「如何でしょうか。
タケルさまもお試しになられますか?」
「い、いや、遠慮しておこう……」
(毎日家でダブルマッサージ受けてるし……)
おかげでニャジローもすっかり元通りになってすっきりした顔に戻ったそうだ。
「よかったにゃあ♪」
「これでタケルさまやミサリアさまにどんにゃに驚かされても、翌日にはしっぽも元通りにゃ♪」
「もう大丈夫にゃあ♪」
それでいいのかキミタチ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
或る日のこと。
『タケルさま、総司令部にてアラート2が発動されました』
「なにが起きた」
『銀河辺境の恒星ナンバーN302510に於いて、恒星を観測中の警戒衛星が大量のニュートリノを検知しました。
その恒星は数時間以内に超新星爆発を起こすものと思われます』
「その恒星系に生命はいるのか!」
『いえ、いません。
ですが1.2光年離れた先の恒星系の惑星には、魚類から両生類に進化しつつある生命がいます』
「そうか、それなら準備期間が少なくとも1.2年はあるということか。
周囲150光年以内に他の生命存在世界はあるか?」
『ありません』
「それでは引き続き観測を続けるよう観測部に言っておいてくれ。
俺は明日顔を出そう」
『はい』
救済部門が超新星爆発対策を整えて、3次元時間でわずか1年以内に実証テストの機会が発生したか。
はは、完成後たった4年で大マゼラン星雲で発生した超新星爆発からのニュートリノ放射を捉えたカミオカンデ並みのラッキーだな。
よし!
銀河宇宙を安心させてやるためにも、徹底的に準備してその惑星の魚類や両生類を助けてやろう……
救済部門脅威天体対応局観測部では、今後10万年以内に超新星爆発を起こす可能性の有る天体2500と、その周辺150光年以内にある生命存在世界軌道のデータベース化を既に終えていた。
だが念のため恒星ナンバーN302510と、そこから1.2光年の距離にある生命惑星の軌道の再計算も行われている。
そして予想通り超新星爆発が発生すると、その被害救済態勢が着々と整えられたのである。
まずは脅威天体対応局観測部と銀河連盟調査部、報道部の合同隊が当該生命惑星に派遣されたが、その惑星の映像を目にした者たちは、例外なくその異質な光景に目を奪われた。
まずは海の色が青黒く不透明なのである。
これは各種アミノ酸が溶け込んでコロイド状になっているためだった。
また、火星のように赤茶けた岩石大地には、まばらに裸子植物が生えているだけである。
ようやく生命が陸に上がろうとしている世界は、これほどまでに荒涼とした世界だったのだ。
だが、波打ち際には多くの生物がいた。
ほとんどはハゼか有明海のムツゴロウをやや大きくして平たくしたような姿をしている。
厚い唇に大きな目の妙に愛嬌のある顔つきだった。
彼らはそのエラを大きく動かして呼吸しようとしている。
たぶんエラ呼吸から肺呼吸への過渡期にあるのだろう。
よく見ていると、彼らは30分ほどで海の浅い部分に戻り、またしきりにエラを動かしているようだ。
なぜ、そこまで無理をして陸に上がっているのか。
それは海中にいる大型の肉食硬骨魚類から身を守るためらしい。
彼らはお互いのコミュニケーションはほとんど取っていなかったが、それでも海岸沿いにコロニーのようなものを作っていたのである。
きっとこの後両生類、爬虫類、哺乳類へと進化していくのだろう。
救済部門観測部と銀河連盟報道部は、大陸各地に簡易的な基地を造営し、転移装置や大量のカメラやセンサーも設置した。
また、脅威天体対応局ガンマ線被害排除部も活動を開始した。
まずは観測部のデータに基づいた超新星爆発天体の位置と速度、この生命惑星が巡る恒星の公転軌道と速度、さらには当該生命惑星の軌道計算を確認するために、爆心点からそれぞれ3光月、6光月、9光月の各地に2万キロ級転移結界装置が派遣されている。
それぞれの装置の後方にはセンサー衛星が多数置かれ、ガンマ線通過時には装置の位置チェックも行われる予定になっていた。
例えば地球の太陽公転速度は秒速約30キロメートル、太陽の銀河系内公転速度は秒速220キロもある。
つまり、ガンマ線の放出期間を3日間とすると、地球は合計で最大6480万キロも移動しているのである。
(最低でも太陽の移動分5702万キロ)
この動きに追随して直径2万キロの転移結界装置でガンマ線を遮るためには、装置自体もかなりの速度で複雑な動きをしていなければならなかった。
こうした周到な準備や軌道計算の様子は、もちろん連盟報道部が銀河全域に配信している。
銀河の民はますます熱狂していたのであった……




