*** 90 神界農業部門 ***
神界人事部門から、各部門の役職員に対して人事異動命令が本格的に届き始めた。
もちろん対象はE階梯の低い者たちであり、異動先は新たに創設された神界農業部門である。
今日は農業部門の大講堂に2万人ほどの者たちが集められていた。
(そのうちの75%はヒト族系の神である)
「みなさんようこそ神界農業部門へ。
わたくしは現在部門長代行を務めさせて頂いております、アルジェス・マイゼル初級神と申します、よろしくお願い申し上げます」
「な、なぜ初級神ごときが部門長代行などを務めておるのだっ!」
「実はわたくし先月までは単なる上級天使だったのですよ」
「「「 !!! 」」」
「ですが、天使見習いに採用される前に銀河連盟大学農学部で博士号を取得しておりまして、大学で講師として働いておりましたのです。
それが初級神と部門長代行を拝命出来た理由でしょうね」
(銀河人上がりが!)とか、
(下賤者が部門長代行か!)とか声が聞こえている。
アルジェス・マイゼル部門長代行が微笑んだ。
実は彼は最高神さまから直々に部門長代行に任ぜられていたのである。
その際には首席補佐官閣下からも農業部門の本当の役割をご説明頂いていた。
要はこの部門はE階梯3未満の者たちの掃溜めなのである。
「ですからこの農業部門には山のようにチャンスが転がっているのです。
なにしろわたくしのような者でも部門長代行になれるのですし、この部門は新設ですのでポストがたくさんありますからね。
皆さんはまず研修生になって頂きますが、最初の試験に合格されればすぐに村民になれます。
その後も試験に合格されるたびに、副村長、村長、地域統括官補佐、地域統括官、郡統括官補佐、郡統括官、県統括官補佐、県統括官、部門長補佐、部門長と道が開けているのですね。
そして、郡統括官になれば自動的に中級神に昇格し、県統括官ともなれば上級神となれるのです。
よろしいですか、単に試験に合格されて、数百年の経験を積まれるだけで部門幹部である上級神に昇格出来るのですよ。
しかも試験に出る問題の解答はすべてテキストに書いてありますし。
そして、部門長にまで昇格されれば、わたくしのような銀河出身の初級神は部門長閣下の部下となるのです。
しかも部門長閣下の支配権は、この巨大な人工農業惑星全体に及ぶのです!」
研修生たちの目がギラついた。
「それでは早速テストを始めましょう。
これに合格すれば、皆さんはすぐに研修生から村民に昇格です。
出世頭を目指して頑張ってください」
そのテストは、銀河の一般的な中等学校の卒業試験レベルであった。
だが、2万人の研修生のうち、誰一人として合格者が出なかったのである。
なにしろ2万人の内1万6000人が答案用紙に名前しか書けなかったのだ。
平均点も100点満点で僅か0.5点である。
だが、名前の下に延々と家柄や親族の地位役職を書き連ねていた者は実に多かった。
多少は解答欄を埋めていた者も、その内容は酷いものだった。
なにしろ『植物の生育に必要な栄養素を書け』という問いに対して、『食事』と書いた者がいたほどなのである。
小麦が食事をしてたら怖いだろう!
畑に入った時に喰われたらどうするんだ!
ま、まあ害虫を捕食してくれる小麦があったら便利だろうが……
また、問題に対するクレームも多かった。
それは『植物の生育に必要な栄養素を書け』という問題は、『神界生まれの真の神に対し無礼だ』というものだったのである。
『植物の生育に必要な栄養素をお書きくださいませ』という表現にせよというクレームだったのだ。
そこで試しにそのような表現に変えてみたのだが、2万人中1万6000人が0点で、平均点が0.5点だったことに変わりは無かったのであった……
この神界農業部門の研修生は、人事部門の異動命令によって増え続け、最終的には3000万人に達することになった。
だが、テストに合格して研修生から村民に昇格した者はたった80人でしかなかったのである。
どうやらE階梯と知能の高さにはやはり相関関係があるらしい。
その村民たちに対する研修の後、『副村長昇格試験』も始まった。
「みなさま、副村長昇格試験の内容は、実際に畑で小麦を育てて頂くことになります。
各人10メートル四方ほどの畑で50キロ以上の小麦を収穫出来た方は合格とされます。
尚、麦の種や肥料、農具などは畑に隣接した農具小屋に置いてありますのでご自由にお使いください。
また、テスト期間中は農具小屋の隣にある家でお過ごしください。
食事は毎日配達されますので。
水はあの水場で得られますし、人工太陽も畑区画ごとにありますので、日照時間などはご自分で調節して下さい。
それでは副村長目指して頑張ってくださいね」
「待て、農業用ドローンとやらはどこにいる!」
「このテストではみなさまご自分のみのお力で小麦を育てて頂くことになっております」
「キサマ、中級神たるわしに手ずから土を弄れと申すか!」
「はい、これは人事部門から課せられた課題ですので」
「うぐぐぐ……」
「何故この畑の周囲はこのように高い壁で囲われているのだ!
これでは隣の畑の様子や作業内容が見られないではないか!」
「あの、隣の畑の様子を見ようとされれば、それはカンニングとされて農業部門を馘になりますよ?
それがテストの常識です」
「ぬぐぐぐ……」
「なぜわしのAIと連絡が取れんのだ!」
「AIのアドバイスで農作業を行った場合もカンニングと見做されるからです」
「ぬががが……」
「そ、それではどのようにして小麦とやらを育てればよいのだ!」
「それは研修の際にさんざんテキストに出て来ていたはずですよ?」
「あぐぐぐ……」
「て、テキストをよこせ!」
「それは出来ません。
このテストでは皆さま自らの知識で農作業を行って下さいませ」
「「「 !!!!! 」」」
おかげでこのテストでは合格者が一人も出なかったのである。
或る者は小麦の種をただ畑に撒いて放置していたために、一切の収穫が出来なかった。
また或る者は『植物の生育には水が必要である』ということだけは覚えていたために、スプリンクラーで常時水やりを続けた。
そのためにただ畑に撒いただけの種がすべて流されてしまっていたのである。
また或る者は『植物の生育には太陽光が必要である』ということしか覚えていなかったために、人工太陽を24時間つけっぱなしにした。
このために全ての麦の芽が枯れてしまっていたのである。
(因みに『植物は光合成をして二酸化炭素を吸収し、酸素を放出している』ということを知っている者は多いが、同時に『植物は酸素を取り入れて二酸化炭素を放出する呼吸もしている』ということを知っているものはあまりいない。
つまり、日中は主に光合成をして、日の光の無い夜間には酸素呼吸をしているのである。
このために、24時間日の光に当たっていると植物は枯れてしまうのであった)
こうして、村民から副村長に昇格出来た者はひとりもいなかったのである……
(それにしても、神界の神々とは酷いものだな。
こんなテスト、銀河宇宙なら初等学校の生徒たちでも楽々合格するのに。
まあ、この神界農業部門は単にE階梯3.0未満の者たちを多くの部門から異動させて隔離しておくための部署だからこれでいいのだろうが……
実際の農業は、銀河で農学の学位を取得していた天使たちが、別の農業惑星で最新鋭の農業ドローンを使って営んでくれているからな……)
アルジェス・マイゼル農業部門長代行はそう思っていた。
こうして神界農業部門では、3000万人もの職員が研修生か村民のまま暮らしていたのであるが、彼らはいくら時間が経とうとも自分の地位境遇が変わらないことにいら立ち始めていた。
「もうたくさんだ!
俺はこんな下らぬ部門は辞任するっ!」
「残念です。
ですがそれはあなたの当然の権利ですから。
またお会い出来る日を楽しみにしております」
「ふん!
キサマのような下賤者になど2度と会うものか!」
神界人事部門にて。
「おい、俺はあの下らぬ農業部門を辞任して来た!
次の部門を斡旋せよ!」
「それはそれは。
ですが残念ながら貴殿に斡旋出来る職場は、2つしかありません」
「どの部門だ!」
「一つ目は元の農業部門に頭を下げて戻られることですね。
もう一つは引退された神の下で侍従になられることです」
「な、なんだと!
なぜそのような下らぬ職場しか斡旋出来ないのだ!
そ、そうだ、人事部門でもよいぞ!」
「いえ、残念ながら人事部門の職員は、例え見習いや平職員といえども、E階梯が最低でも5.5は必要とされるのですよ。
あなたのE階梯は1.6しか無いので無理です。
ほかの部門でもE階梯は5.0以上を求められておりますし。
唯一E階梯制限が無い部門が農業部門と引退神の侍従なのですよ」
「お、俺の曽祖父は上級神会議メンバーにもなってから引退した神だぞ!
そのように高貴な神一族である俺に、他の職場は無いと申すか!」
「はい」
「ぐぬぬぬぬ……
そ、それでは俺は引退する!
すぐに引退神年金の手続きをせよ!」
「あの、年金が出るのは神界の各部門で1000万年以上勤務された方々のみです。
あなたはまだ1000年しか勤務されていないので年金は出ません」
「な、ななな、なんだと!
ええい、もういいっ!
俺のような高貴な血筋を失ったことを後悔せよっ!」
「はいはい、ああ、もし農業部門に戻りたければまたご来訪ください。
ただし、一度辞任された方が戻れるのは1回限りですからね。
2度も辞任されたら、あなたの行き場所は本当に引退神の侍従しか無くなりますのでよくお考え下さい」
「ふ、ふざけるな!
あんな俺を村長にすらさせないような無能な部門に戻れるかぁっ!」
だが、神界に於いてこうした無任所の成人神は、家族に大変に冷たくされるのであった。
これはもちろん、そうした家族がいると、その家の家格や権勢が著しく損なわれるからである。
彼は当然小遣いも貰えず、家族との食事も許されず、神殿の敷地内にある物置小屋で他人の目に触れない生活を余儀なくされた。
それも毎日のように家族に嫌味を言われ続けながら……
こうして、ほとんどの者が血涙を流しながらまた農業部門に戻って行くことになるのであった。




