*** 9 訓練開始 ***
「あ、それからさ、例えばその3.500次元空間に10年いても、地球では60日しか経ってないんだよね」
「はいですにゃ」
「でも俺って今成長期だから、この空間で10年も経ったら25歳の大人の体になっちゃうよね。
そうすると学校のクラスメイトたちなんかがびっくりしちゃうんだけど」
「もちろんそれを防ぐ方法もございますにゃ。
タケルーさまの体内には既に健康を維持するためのピコマシンが大量に配備されていますが、そのマシンたちに体内細胞増殖の際のテロメア摩耗を防ぐよう指示が出せますのにゃ」
「それって不老措置っていうこと?」
「そうですにゃ。
通常であれば18歳から25歳ほどに成長された際にそこで肉体の老化を停止や遅延させる措置にゃのですが、タケルーさまがご希望されるなら、しばらくの間現在の姿で成長を停止させますにゃ」
(だから父さんや母さんがあんなに若く見えたのか……)
「それって例えば筋トレなんかしたときには、筋肉の成長は阻害されないのかな」
「筋肉増強は成長や老化ではありませんにょで大丈夫ですにゃ」
「なるほど。
あ、ということはさ、その技術が一般的になっていれば、銀河のひとたちの平均寿命ってかなり伸びてるんじゃない?
もちろんテロメアの修復にも限界はあるんだろうけど」
「そのとおりですにゃ。
現在銀河宇宙の先進種族の平均寿命は300歳ほどになっておりますにゃよ」
「さすがは銀河技術だね」
「はいですにゃ」
(このタケルーさま、後進惑星で育ったのにすごい理解力と洞察力にゃ……
そうか、後進星の住民は銀河人に比べて知識は劣っていても、理解力や洞察力は同等であることが多いって銀河人類学の教科書にもあったにゃぁ……
ただ、5万年前の記録によると、タケルーさまは戦闘力と魔法力の怪物にゃったそうにゃけど、脳筋気味だったこともあって、頭脳力は上位5%程度だったそうにゃ。
ひょっとしたら、生まれ変わったタケルさまは、もっととんでもないお方になられるかもだにゃぁ……)
「ま、まあそういった魔法知識や銀河知識についての疑問はニャジローやニャサブローがお答えさせていただきますにゃ」
「そうか、楽しみだよ。
みんなよろしくな」
「「「 こちらこそですにゃ! 」」」
こうしてタケルーの生まれ変わりであるタケルの再教育が始まったのである。
3.5次元のトレーニングルームには、リングもサンドバックも含めて全ての機器が揃っていた。
(はは、どうやら俺のために地球の機器を用意してくれてたんだな)
「まずは体を動かしてレベルを上げていくことにしましょうかにゃ。
わたくしが型を見せますので、それとおなじ動きをしてくださいませにゃ」
「なあニャイチロー、訓練の時にはもっとふつーの喋り方でいいぞ」
「えっ……」
「その方がお互い楽だろう。
キミは俺の師範なんだからな」
「は、はい……」
「ところでニャイチローの総合レベルはいくつなんだい」
「今はレベル580ですにゃ」
「すげぇな。
それじゃあよろしく頼むよ師範」
「はいですにゃ。
それじゃあ最初はゆっくり型を見せますから同じような動きを繰り返してくださいにゃ」
(おー、まずはストレートの型からか。
この辺りの武術の型は地球のそれとあんまり変わらないんだな。
それにしても見事な突きだわ。
拳から風切り音が聞こえるよ。
これでゆっくりかよ。
こりゃ総合レベル580は伊達じゃないなぁ)
「な、なあ、もっと速いパンチも見せてくれないか?」
「はいですにゃ」
(うっわー、離れたところにいても目で追えないほどのパンチかー。
こんなん初めて見たわ。
格闘技は体重のある奴ほど有利って言われてて、だからこそあれだけの体重別階級に分かれてるんだろうけどさ。
でも運動エネルギーって1/2×M×V^2だろ。
体重が倍になっても運動エネルギーは倍になるだけだけど、速度が倍になればエネルギーは4倍になるからな。
ニャイチローって体重40キロぐらいだけど、このスピードなら破壊力はMMAの世界ランカーより遥かに上だろうな……)
「それじゃあこの型を真似してくださいにゃ」
「おう!」
(す、すごいにゃこのひと……
レベルが6しかないだけあって威力はぜんぜんにゃけど、突きの型の中で体幹も重心もぜんぜんブレてない綺麗なフォームにゃ……
しかもパンチにスクリューまで入れてるし……)
「それではジャブやアッパー、フックの型もやりましょうにゃ」
「おう!」
(あっ!
ジャブが猫パンチに似てるっ! ぷぷっ!
でもそうか、ヒトがやってもジャブって猫パンチに似てるもんな……)
(うわー、このひとアッパーやフックの動きに少しにゃけど『勁』まで入れてるにゃ!
足首関節、膝関節、股関節、肩関節、肘関節の連動にほんの少しだけ時間差を置いて筋力を最大限に拳に乗せてるし、ジャブにはやっぱりフリッカーも入ってるし……
にゃんでレベル1じゃあなくってレベル6なのかって不思議に思ってたんにゃけど、きっと地球でも格闘技を習っていたんだにゃ……
それにしてもこれ、レベル6の動きじゃないにゃぁ。
レベル30って言われても信じるにゃよ。
そうか、実戦の経験が無かったからまだレベル6に留まっているんにゃな。
レベルは実際に戦わないと上がり辛いからにゃぁ……)
(はは、まさか銀河世界の『精神と〇の部屋』でMMAの型を練習するとは思わなかったぜ。
それにやっぱりどこに行こうが、ヒト型種族の格闘技って変わらないんだな……)
(ほんとに凄いにゃあ。
もう1時間近くも型の繰り返しをしてるのに、このひとぜんぜん集中力が途切れないにゃ。
それどころかますます集中して動きも鋭くなって来てるし……)
「それじゃあ少し休息して次はキックの型も練習しましょうかにゃ」
(お、まずはローにミドルにハイか……
さすが師匠、完全に体重が乗ったいーいフォームだ)
「それでは同じようにお願いしますにゃ」
「おう!」
(やっぱり見事なフォームにゃぁ。
これは型は早めに切り上げてバッグ打ちや組手に移ってもいいだろうにゃ……)
「型はもう既にほとんど出来上がっているようですから、次はサンドバッグも打ってみましょうかにゃ」
「おう!」
(うわー、ほんとのほんとに凄いにゃ……
このひとのパンチ、全部打点より5センチ先を狙って打ってて、インパクト時の威力を最大にしてるにゃ。
打点を目標に打つと、そこで腕や脚が伸び切って押し込む力が無くなって、威力が落ちてしまうからにゃ。
ジャブのフリッカーもますます冴えてるし。
あ! キックにも膝と足首使ってフリッカー入れてるにゃっ!
こ、これ大英雄の魂の記憶にゃのか、それとも今世の努力の結果にゃのか……
たぶん両方にゃぁ……)
「コンビネーションは打てますかにゃ?」
「おうっ!」
(ジャブ2発にストレート、フック、ローにミドルにハイキックと……)
ビチュン、ビチュン、ズドン、ズドン! バシン、バシン、バシーン!
ビチュン、ビチュン、ズドン、ズドン! バシン、バシン、バシーン!
ビチュン、ビチュン、ズドン、ズドン! バシン、バシン、バシーン!
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(はは、前世の肉体記憶も蘇って来たのかな。
なんかどんどん体が動くようになって来てるわ。
こりゃ面白いや♪)
(も、もう1時間もコンビネーション続けてるにゃ……
ものすごい集中力と意欲にゃよ。
こんにゃの僕でもたいへんにゃぁ……)
「それではこれより魔法の講義と実技を始めさせていただきますにゃ」
「よろしくなニャジロー」
「こちらこそですにゃ。
予定としては、これから当面の間毎日座学で魔法原理を学んで頂いてのち、個別の魔法を実践して発動を身に着けていただきたいと思いますにゃ。
5万年前のタケルーさまは、大別して120種類、細かく分類すると1500近い魔法をお使いににゃれましたにょで、最終目標はこれらを自在に発動していただくことににゃります」
「けっこうたいへんそうだね」
「でも時間はたっぷりありますにゃ。
エリザベート上級神さまからは、地球時間で100年かかっても構わにゃいと言われておりますにゃ」
「この空間って、60日経っても地球では1日しか経ってないんだろ」
「はいですにゃ」
「それで地球時間100年っていうことは、ここでは6000年っていうことだよね。
お、俺の寿命5000年しかないそうなんだけど……」
「だいじょうぶですにゃ。
ある程度の能力が戻れば、エリザベートさまがすぐにタケルさまを上級天使にしてくださいますにゃぁ。
そうすれば寿命は50万年ほどになりますにゃよ。
でもタケルーさまの記憶があれば、実際には3次元時間で10年もかからにゃいと思いますにゃ」
「そ、それでもここで600年か……」