*** 88 消えた300万クレジット ***
アシスタント・ドローンたちが次々に新しいワインを持って来た。
それをソムリエが大人たちのグラスに注いでいく。
「待てっ!
なぜワインの空き瓶を持って行くのだ!
わしが帰るまでその空き瓶はテーブルに置いておけっ!」
「か、畏まりました……」
もちろん自分がこの店で最も高い酒を大量に注文したことを誇示するマウント行動である。
よく見れば店内全てのテーブルで同じような光景が広がっていた。
もっともこのレストラン内でワインボトルのラベルを見て、そのワインが高いか安いかの区別がつく者は1人もいなかったが……
中にはウエイタードローンに命じて、倉庫から空き瓶を持って来させて並べさせている者までいたのである……
ウエイタードローンが上級神閣下に近づいて来た。
「本日はご来店誠にありがとうございますサステナール上級神閣下。
それでご予約のときにコースメニューでとお伺いしておりましたが、それでよろしかったでしょうか」
「うむ、よきにはからえ」
「それではみなさまにこれからメインディッシュは牛肉のテンダーロインステーキか魚料理がよろしいかお伺いさせていただきます」
「待てっ!
ケチケチするなとあれほど言ったであろうに!」
因みにソムリエには言ったが、ウエイターにはまだ言っていない。
「両方持って来い!」
「は?」
「聞こえないのか!
肉料理と魚料理は両方持って来いと言っておる!」
「は、はいっ!
か、畏まりました。
あ、あの本日のステーキはアンガス恒星系産のA6牛のテンダーロインでございまして、魚料理はボストーン恒星系産の舌平目のムニエールでございます」
「いいから早く持って来い」
「それでは皆さまステーキの焼き加減は如何致しましょうか」
「うむ、よきにはからえ」
「は、はいっ! そ、それでは皆さまミディアムでよろしかったでしょうか」
「うむ」
コースが進むにつれて、上級神さまの横にあるテーブルの上の空きボトルがどんどんと増えて行った。
そして、メインディッシュの内の牛ステーキが供されると。
「なんだこの焼き肉はっ!
まだ中が赤くて生焼けではないかっ!」
「い、いえ、それはミディアムと申しまして、赤くとも火は通って……」
「見苦しい言い訳をするなっ!
すぐに焼き直して、いや別の肉を焼いて持って来いっ!」
「か、畏まりました……」
上級神閣下は、この場合は作り直させた方がより威厳を持てるとお考えになられたらしい。
上級神さまご一行がお帰りになられると、レストランの支配人ドローンはソムリエ・ドローンを慰めた。
そうして、5日後の彼らのチェックアウトの時にその顔を見に行こうと誘ったのである……
こうして上級神閣下御一行さまは、大満足の内に邸宅ロッジまでお帰りになられた。
尚、帰路は転移装置が使われている。
かなり酔っている皆が気分が悪くならないようにとの配慮であると同時に、夜は見物人がいないためにマウントを取れないからである。
その日の夜遅く。
『夜分にすみませんサステナール上級神閣下、今少々よろしいでしょうか』
「なんだマリンヌ」
『チェックアウトまでに神界人事部門に連絡を取り、来年の年金の前借を申し入れていただけませんでしょうか』
「ははは、なにを莫迦なことを申しておる。
先日200万クレジット(≒2億円)もの年金が下りたばかりであろう」
『その200万クレジットが今日1日で全て無くなってしまったのです。
いえ、それだけでなく閣下の貯金約100万クレジットも含めてすべて』
「な、ななな、なんだとぉぉ―――っ!」
『このままでは5日後のチェックアウトの際に、上級神閣下は大恥をかくことになろうかと……』
「ま、まてっ!
なぜ300万クレジットものカネが1日で消えたというのだ!
まさか誰かに盗まれたとでもいうのかっ!」
『いえ、正真正銘サステナール上級神閣下が費消されておられます』
「な、ななな、なんだと……」
『内訳をご説明いたしましょうか?』
「も、ももも、申せ!」
『まずはこの邸宅ロッジの宿泊料ですが、1泊で総額8万クレジット(≒800万円)になります』
「な、なぜそんなにするのだ!」
『おひとりさま1600クレジットですからね。
この惑星リゾート最高のロッジとしてはさほどに高額ではないと思います』
「そ、そうだの、た、たかが8万クレジットであるからの……」
『それから高級ブティックでの買い物ですが、50人の方が平均で12着、約2万クレジット分の服をお買いになられましたので、合計で100万クレジット(≒1億円)になります』
「ふ、服とはそれほどまでに高いものなのか……」
『まああの店はこのリゾート内でも最も高級な店ですからね。
一般衣料品店に比べておよそ10倍から20倍の価格のものばかりでしたので』
「そ、そうか」
『それからあの宝飾店でのネックレス20個ですが……
合計で約80万クレジット(≒8000万円)になります』
「!!!」
『特に奥さまがお買い求めになられたあの2メートル級ネックレスは、ひとつで20万クレジットでした』
「あぅっ!」
『そしてレストランでの食事ですが、あのコースディナーは本来お1人さま500クレジットでしたが、メインディッシュを2つとステーキの作り直しを命じられたために、1人800クレジットになっています』
「ま、待て!
あのステーキは生焼けだったであろう!
故にレストラン側の落ち度であろうに!」
『いえ、あのウエイターが『それでは皆さまミディアムでよろしかったでしょうか』と尋ねたときに、上級神閣下はたしかに『うむ』と肯定のお返事をされています。
そして、ミディアムとは中庸を意味していて、あのような赤い部分を残した焼き方のことであり、あのように赤くなっていても充分に火は通っている料理手法のことなのです』
「そ、そんなことは知らん!」
『いえ、『ミディアム』という言葉は銀河全域で使われる一般料理用語でございまして、銀河宇宙では子供でも知っている言葉です』
「あ、あの下賤な民どもは知っていても、わしは知らなかったというのかぁっ!」
『はい』
「!!!」
「それからあのワインですが、最も高い3本は1本あたり8万クレジット(≒800万円)でした」
「!!!!」
「また、2番目に高いワインは1本5万クレジット(≒500万円)です。
それを皆さまで計53本召し上がられていましたので、これだけで合計で約275万クレジット(≒2億7500万円)になります」
「!!!!!!」
『それにサービス料が加わって、レストランで使われた金額は約300万クレジットになるのですよ。
これだけで上級神閣下の年金1年半分が飛んでしまいましたね』
「ま、待て!
い、いくらなんでもワイン1瓶で8万クレジットはボッタクリであろう!
ホテルに抗議せよっ!」
『あの、上級神閣下に渡されたワインリストには値段も書いてあったはずですが、ご覧になっていらっしゃらなかったのですか?』
「!!!!」
『それに、このリゾートを運営する最高神政務庁のAIに問い合わせましたところ、あのワインの仕入値は1本7万5000クレジットとのことでした。
銀河のほとんどの製品の利益率は、銀河連盟が定めた範囲内に収めることが求められていますが、1本8万クレジットは完全にその範囲内ですね。
というか、あの高額贅沢品にしては利益率が非常に低くなっています」
「だ、だが、それでも利益は出しているのだろう!
誰が儲けていると言うのだっ!
そ、そ奴に抗議してわしのカネを取り返すぞっ!」
『このリゾートを運営して利益を出しているのは、最高神政務庁のリゾート運用部です』
「!!!!!」
『ですから神界の神々のために、利益率は法の範囲内で低く抑えられているのですよ。
どうされますか、最高神政務庁に抗議のための予約を入れますか』
「そ、それは一旦待て!
それにしてもだ、利益率は低いと言いながら利益は出しているのだろう!
な、なぜ政務庁は我ら神々からカネを取って、利益など出そうとしているのだ!」
『それは、たとえ何万年かかろうとも、この高級リゾート惑星をタケル神さまから買い取ろうとされているからです』
「な、なにっ……」
「タケル神さまは当初このリゾート惑星を神界に寄贈されようとしました。
ですが最高神さまが、『それではあまりにも申し訳ないので貸与にしてくれ、そのうち利益を貯めてそなたから買い取りたいと思う』とされたそうですね。
ですから、この惑星リゾートは正式にはまだタケル神さまの所有物なのです」
「あ、あの小僧が…… あの下賤なる銀河宇宙出身のガキ神が、こ、この惑星リゾートの所有者だというのかぁぁぁっ!」
『はい』
「こ、この惑星リゾートはいくらするというのだ!」
『建造費と設備合計でおおよそ3000億クレジット(≒30兆円)だそうです』
「あ、あのガキがわしの年金1000年分もの資金でここを作ったというのかぁっ!」
『いえ、10万年分です』
「!!!!!」




