*** 87 店で一番高い酒 ***
車列が湖畔に佇む広壮な大邸宅前に停まると、上級神閣下の機嫌はさらに上向いた。
(見よこの巨大な邸宅を!
あのセミ・リゾートとかにあるエリザベートの邸よりも、遥かに大きく美しいではないか!
ははは、これは勝ったな!)
(いや、あのセミ・リゾート惑星には神界の予算はまったく使われていないからね。
つまり惑星丸ごとすべてがタケルくんの個人所有物であって、エリザ―ベートさまの邸もタケルくんがプレゼントしたものだしね。
あんたはただ単にこの邸宅ロッジを5泊分だけ借りただけでしょ)
各人が部屋に落ち着くと、若い夫婦や子供たちは早速湖に遊びに行った。
だが上級神閣下は邸宅最上階にあるテラスでお茶を飲むことを選ばれたようだ。
(あんな水着とガウンだけでいると、わしがあの壮大な車列の主だった上級神であることが分からなくなってしまうではないか。
ここにおるのは全員が神かその配下であるはずの天使たちだろうが、誰も翼を出しておらんしな)
もちろん翼なんか出したら邪魔だから皆出していないだけである。
尚、この上級神の心理は現代地球の航空機ファーストクラスの乗客とよく似ている。
彼らは搭乗の際と降りる際に優先して貰えることに限りない優越感を感じているが、それも空港に到着してその内部に入るまでのことである。
いったん空港に入ってしまえば、彼らがファーストクラスの客だったかエコノミークラスの客だったかは誰にもわからないのが不満でしょうがないのだ。
(それにしても湖畔には邸宅ロッジがたくさんあって業腹であるの。
まあワシのロッジが一番大きいので許してやろうか)
そう、彼はこのロッジのテラスに陣取ることで、湖で遊ぶ観光客たちに自分はこのように一番大きなロッジにいられるほどの大人物であると必死にアピールしていたのである。
もちろん誰も見ていなかったが……
昼食は邸宅ロッジにルームサービスを頼み、わざわざ庭園のテラスで取った。
もちろん他の観光客に見せつけるためであるが、庭園も樹木に覆われていて外からは見えないようになっていて、上級神閣下はがっかりしている。
昼食後にはショッピングに行くことになった。
サステナール上級神閣下は、転移門をお使いになられますかというコンシェルジェ・ドローンの提案を断り、フロートカーの用意を命じられた。
転移門など使ったら、あの車列を他の客に見せつけることが出来んではないか!
湖畔の美しい光景に若い夫婦や子供たちはまた喜んでいたが、上級神閣下はややご不満だった。
それは車列を見せつける観客が、昼食のために皆帰って行ってしまっていたからである。
広大なショッピングモール内の中級衣料品店などには目もくれず、一行は超高級ブティックに直行した。
「さあみんな、好きな服を好きなだけ買いなさい」
(なにしろわしは200万クレジットもの年金を神界から受け取る大人物であるからの!)
上級神閣下は最高のドヤ笑顔である。
曽孫や玄孫夫婦たちは大喜びで綺麗な色彩の服を選びに行った。
やはり神界には白いトーガしか無く、初めて見るリゾート風のカラフルな服に皆大喜びである。
一行が服を選ぶたびに、店員ドローンがそれを壮麗な装飾のついた箱に入れてリボンをかけていった。
そうしてその箱を家族ごとに区分けし、ロッジに届けるためにアイテムボックスに仕舞い始めたのである。
「こら! なにをしておるか!
買った服を箱に仕舞ったあとは、そのテーブルに山積みにして置いておけ!
ついでにそのテーブルをショーウインドウのすぐ後ろに持って行って、通路からよく見えるようにせよ!」
もちろんテーブルの上には山のように箱が積み上げられた。
こうした高級ブティックの梱包は、中身の服よりもかなり大きく豪華な箱が使われるため、テーブルの上にはみるみる大きな箱が積み重なっていく。
上級神閣下は、そうした光景を見てご満悦だった。
これならば通路を歩く者共が、わしの威光と財力に畏れを為すであろう!
(通路を歩く客は、そうした積み上げられた箱もディスプレイの一種だと思って気にもしていない)
一行は買った服をそのまま着ている者がほとんどだったが、多くは派手な極彩色のアロハシャツを着ている。
もちろんカラフルな服が嬉しかったからだった。
一行が次に向かったのは高級宝飾品店だった。
特に目を引くのは、ディスプレイの中央に飾られた周囲2メートルもの3連大粒真珠のネックレスだった。
もちろんディスプレイの目玉として店側が飾ったもので、売り物ではない。
もしも値段をつけるとすれば20万クレジット(≒2000万円)は下らなかっただろう。
上級神夫人が言った。
「あら素敵なネックレスね♪
ちょっと見せて頂けるかしら」
「さすがは奥さまお目が高くていらっしゃいます。
この真珠は恒星系アゴワン産の天然真珠でございまして……」
「いえ、こんな短いものではなく、あの長いのを見せてくださいな」
店長ドローンは内心の驚愕を押し隠し、ディスプレイから2メートル級ネックレスを外して夫人の首にかけた。
小柄な夫人がそんなものを身に着けると、ネックレスの下端が膝付近に届いている。
しかも夫人は曾孫とお揃いの原色アロハシャツを着ているのだ。
壊滅的なまでのファッションセンスであった……
もはや土人の酋長夫人かシャーマン並みである。
「あなた、どうかしら♪」
「うむ、よく似合っておるぞ。
それにしなさい。
それにしてもこの石は白ばかりなのだな。
もっとカラフルな石も仕入れるようにせよ」
「は、はい」
もちろんカラフルな真珠も存在しないことはないが、お値段が1ケタか2ケタ違って来るだろう。
上級神閣下は、そのネックレスがどう見ても超高価に見えることが気に入られたらしい。
「曾おばあさまがそのネックレスになさったのなら、わたしたちもお揃いで短いものにしましょうか」
こうして一行のご婦人たちもフツーの長さの最高級真珠ネックレスをお買い求めになられたのであった……
アロハシャツに真珠のネックレス姿の集団は異様に目を引いた。
特に先頭を歩いているのは、膝まで届く真珠のネックレスをぶら下げている極彩色アロハシャツ姿の老婦人である。
あまりの驚愕に立ち竦む神々も多かった。
それを見た上級神閣下も大変にご満悦である。
一行は夕食を予約してある超高級レストランに着いた。
ここではやはりヒューマノイド型の高級ドローンが20体も出迎えてくれたために、上級神閣下はさらにご満悦になられた。
もっとも支配人ドローンもウエイタードローンも、内心の大驚愕を押し隠していたのだが……
(いくらリゾートでドレスコードも緩いとはいえ、このリゾート最高のレストランにアロハシャツ姿でお見えになるとは……
しかも子連れで……
これは2名さまか4名さまのお客さまがいらっしゃったら、個室料金無しで個室を使っていただこう)
さすがにバーには50人も入れるスペースが無かったために、上級神閣下一行はアペリティフを楽しむこともなくすぐにテーブルに案内された。
上級神夫人は、そのまま座るとネックレスの端が床に届いてしまうために、2重の輪にして首から下げている。
つまり全部で6連のネックレスになっており、土人のシャーマン感が激上がりしている。
上級ソムリエ・ドローンがワインリストを持って閣下の下にやって来た。
だが、閣下は碌にワインリストを見ることも無く、こう仰られたのである。
『この店で一番高い酒をじゃんじゃん持って来い』と。
これだけの人数であれば、オードブルからメインまで、赤と白のワインをそれぞれ2種類ずつぐらいは召し上がっていただき、料理とのマリアージュを楽しんで頂こうと考えていた上級ソムリエ・ドローンは衝撃を受けた。
もちろん彼は上級シェフ・ドローンと本日のメニューを綿密に打ち合わせ済みである。
だが、さすがは上級ソムリエだけあって、衝撃は表には出さずに言った。
「申し訳ございませんお客さま、当店最高のワインは残り3本しかございませんで、後は2番目のワインでよろしいでしょうか」
「なに! なぜ3本しか無いのだ!
もっと大量に用意するよう支配人に言っておけ!
まあいい、高い順にじゃんじゃん持って来い!」
「畏まりました……」
(55年物で1本8万クレジット(≒800万円)もするワインなどそう簡単には手に入らないのだがな……
だがまあ40年物なら最近多めに仕入れたからあれでいいだろう。
それでも1本5万クレジット(≒500万円)するが……)
ソムリエは55年もの8万クレジットと40年もの5万クレジットのワインを持って来てコルクを抜き、そのコルクを上級神閣下の前に恭しく置いた。
「なんだこれは!
わしはワインを持てと言ったのであって、こんなものを注文したのではないっ!」
(やはりコルクチェックも知らないか……)
「大変失礼いたしました……」
ソムリエ・ドローンはコルクをそっとポケットに仕舞った。
「それでお客さま、こちらのワインはそれぞれ55年と40年ぶりに空気に触れることになります。
香りを引き出すためにディキャンタージュさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「うむ、よきにはからえ」
上級神閣下はまたこのセリフが言えたので満足そうだった。
「はっ、ありがとうございます」
さすがは上級ソムリエ・ドローンだけあって、そのディキャンタージュの手際は見事なものだった。
ワインボトルから流れ出るワインが50センチ以上もの流れとなってディキャンターに注ぎ込まれている。
大人たちも子供たちも大喜びである。
子供たちは早速真似をして配られたジュースを同じように別のグラスに移そうとし、盛大にテーブルにぶちまけていた。
ソムリエ・ドローンはその光景からそっと目を反らし、上級神閣下の前に置いてある2つのグラスにそれぞれ2センチほどのワインを注いだ。
「なんだこれは!
わしを誰だと思っている!
ケチケチするな、もっと並々と注げ!」
「失礼いたしました……」
(やはりテイスティングも知らないか)
ソムリエはグラスに6分ほどのワインを注いだ。
「なにをしておる!
並々と注げと言ったであろう!」
「重ねて失礼いたしました」
(そんなに注いだらワインの香りを楽しめないだろうに……)
ソムリエはグラスのフチ近くまでワインを注いだ。
「うむ、それでよろしい。
まったく最初からそのようにすればよいものを。
それではすぐに皆の者に注げ」
「はい……」




