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*** 86 格式 ***

 


『あのですね、1人当り年間30万クレジットということは、20人で600万クレジットにもなるのですよ?

 追加で10人雇えば900万クレジットです。

 たった150万クレジットの年金でどうやって給与を払えばいいのですか?』


「!!!」


『格式のために追加で雇うどころか、大幅に人員整理をしなければ、あなたさまは給与不払いの罪で神界刑務所に入れられてしまいますよ』


「!!!!!」


『それはあなたさまの仰る格式を大暴落させることになりますが、それでもよろしいのですか?』


「だ、だが侍従侍女などの人員整理をすれば、他の神々に笑われて……」


『わかりました。

 それでは10名追加で雇いますが、あなたさまの年金は2か月で消えて無くなります。

 貯金を合わせても3か月で無くなりますので、それ以降は神界刑務所でお過ごしください』


「ま、ままま、待てっ!

 刑務所に行かずに済む方法は無いのか!」


『ですから人員整理をする以外に方法はございません』


(そんなこともわからんのかこのボケジジイ)


「だ、だがそれでは我が一族の格式が……」


『あのですね、これはどの一族でも同じことなのですよ。

 ですからどの引退上級神さまの神殿でも人員整理は行われます。

 もし行われないとすれば、その方はすぐに刑務所送りですね』


「そ、そそそ、そうか。

 ならば侍従侍女は何人ぐらい残せるかの……

 10人ぐらいは残せるか?」


(こいつ、そんな計算も出来ないほど耄碌しているのか。

 いや、現役のころから計算は不得手だったか……)


『10人ならば6か月後に刑務所ですね』


「そ、そそそ、それでは5人残すのはどうじゃ!」


『それならば給与は払えます。

 ですがそれで年金は全て無くなりますね。

 酒どころか食べ物を買う金も残りません』


「な、ななな、なんじゃとぉっ!

 それならば4人残すのはどうじゃっ!」


『それならば生活費として30万クレジット残りますからなんとかなるでしょう。

 ですが今までと生活水準は変わりませんね』


「せ、せっかく年金が5倍になったというのに生活水準が変わらんと言うのか……

 な、ならば仕方ない、残すのは3人としよう」


『畏まりました』


「しかし腹が立つ!

 人事部門めなんということをしてくれたのじゃ!」


『いえいえ、人事部門の温情には感謝すべきですよ』


「な、何故じゃっ!」


『あなたさまは17人の従業員を解雇されるのです。

 これは雇用者都合の解雇になりますので、彼らの年収1年分を退職金として支払うことが法律に記載されました。

 ですが、当初の3か月に限り、退職金は人事部門が負担してくれることになっています。

 もしこの温情措置が無ければ、あなたさまは17人解雇と同時に刑務所行きでしたので』


「!!!!!」





 そして数日後。


(くそおう!

 わしの食事の際に正餐室で傅く侍従が3名しかおらんではないか!

 こ、これではとてもではないが、上級神たるわしに相応しい格式とは言えんっ!)


 そして1か月後。


「あの、上級神さま」


「なんじゃ」


「我ら3人辞めさせていただきたいと思いまして……」


「な、ななな、なんだとぉっ!

 な、何故じゃっ!」


「いや早朝から深夜までコキ使われていますので……」


「これでは体がもちません」


「なにしろ『格式を保つため』と仰られて、お食事の際には侍従侍女全員が周囲に立っていることを要求されていましたので」


「今までは20人でローテーションしていたのでなんとかなっていましたが……」


「それに、今なら人事部門が退職金を払ってくれますので」


「今までお世話になりました」


「「「 それではお元気で 」」」


「こ、こここ、ここな不忠者めがぁぁぁ―――っ」



「マリエル! すぐに3人の侍従侍女を雇え!」


『いえ無理でしょう。

 この神殿では早朝から深夜までコキ使われるとの評判が立ってしまっていますので、もはや誰も雇われようとはしないでしょうね』


「わ、わしはどうしたらいいんじゃ……

 い、いまさら掃除や洗濯やら出来んぞ……」


『それでは人事部門から介護ドローンを購入為されたら如何でしょうか』


「なに?」


『掃除洗濯から料理介護までなんでもしてくれる、銀河宇宙でも最新鋭の万能ドローンです。

 人事部門からの通達にも書いてありましたでしょう」


「そ、そんなものは知らん!」


『年金5倍増の通達はお読みになられていたのに、従業員の給与負担や介護ドローンについての部分はお読みになられていなかったのですか?』


「ぐぅ!」


『この介護ドローンは、本来であれば1体15万クレジットもする高級機種ですが、今なら人事部門から補助金が出ていますので、3体まで3万クレジットで買えますので』


「だ、だがそれでは我が神殿の格式が……」


『ご自分で掃除洗濯料理を為される方がよほどに格式が低いかと』


「ううううぅぅぅ―――っ……

 そ、それではその介護ドローンとやらを買っておけっ!」


『畏まりました』



 こうして上級神たちの見栄で神殿に雇われていた有為の人材が、神界に拡散されていったのである……




 またある引退上級神の神殿では。


「うはははは、わしの年金が5倍になったか!

 わしは部門長を引退する際に銀星勲章も受勲していたから、銀星勲章年金も10万クレジット受け取っておる!

 これで年金額は総額200万クレジットにもなったわ!

 そうだ、これで曾孫や玄孫一家も連れて、あの神界高級リゾートに旅行に行こうではないか!」


「まああなた、皆喜びますわ♪

 でも前に行ったセミ・リゾートと違って、お宿もレストランも有料だそうですけど大丈夫でしょうか……」


「なにを言っておるか!

 なにしろ200万クレジットもの年金があるのだぞ!

 何の問題もなかろうに!」


「それでは曽孫や玄孫たちに声をかけてみますね♪」



 こうして、引退上級神夫妻は曽孫、玄孫一家を引き連れて総勢50名もの人数で新築の神界高級リゾートへ旅行に行くことになったのである。

 尚、秘書AIに命じて5泊6日の湖畔邸宅宿泊最高級コースが予約されていた。



 神界にある高級リゾート専用転移ポートから、リゾート内のエントランスロビーに転移した一行は固まった。

 その広大な空間の高い天井には巨大なシャンデリアが輝き、その光が鏡面のように磨き上げられた黒大理石の床に映っている。

 周囲の壁も壁画やタペストリーに覆われ、そこかしこに生花も飾られていた。

 さらにそこには、ヒューマノイド型をした高級ドローンが30体も並んで頭を下げていたからである。

(神界にも大きな神殿はあるが、すべて無骨な白い石で作られており、装飾などはほとんど無い。

 灯りの魔道具はあるが、シャンデリアなどというものは無いのである)


 支配人ドローンが口を開いた。


「これはこれは、サステナール上級神さま、ご一統さま、ようこそ神界リゾートにお越しくださいました。

 それではさっそくご宿泊の湖畔邸宅ロッジにご案内させていただきましょう。

 フロートカーをご用意させていただいておりますが、よろしかったでしょうか」


「うむ、よきにはからえ」


 上級神閣下は『言ってみたいセリフベスト3』に入るこの言葉が使えたのでご満悦である。



 チェックインなどは秘書AIからの連絡で既に終わっていた。

 因みに、このエントランスは高額宿泊客専用であり、お客さまをお待たせしないように同じような場所があと19か所用意されているそうだ。

 リゾート内には支配人ドローンが30体いて、総支配人ドローンと連絡を取りながら勤務している。

 もちろん、支配人が相手をした方が客が喜ぶからである。



 ロビーの隣の車寄せには黒塗りの巨大なオープン型フロートカーが10台も並んでいた。

 それもボディにはところどころ金のモールディングが入っている超高級車である。

 上級神閣下はこの大行列に大いに満足されていた。


 一行を乗せたフロートカーの大行列が短いトンネルを抜けると、搭乗客から歓声が上がった。

 その道は左右を巨木の森に囲まれた美しい並木道だったからである。

(神界にも樹はあるが、さほどに大きな樹はない)


 一行のうち、若い夫婦やその子供たちは大喜びだったが、サステナール上級神閣下はやや不機嫌だった。


(道に人がいないではないか。

 これでは我が大行列を見せつける者がおらん!)


 まあ、ヴェブレンの言う典型的な誇示的消費、誇示的余暇である。



 フロートカーが小高い丘を登りきると、眼前には大きな湖が広がった。

 子供たちやその親たちからまた大きな歓声が上がる。

(もちろん神界には海や大きな湖も無い)


 フロートカーが湖沿いの道を走り始めると、サステナール上級神閣下のご機嫌が麗しくなった。

 湖で遊んでいる者たちが、高級フロートカーが10台も連なる大行列を見て、口を開けて驚いていたからである。

(その驚きの大半は、なぜ転移装置を使わずにあのような原始的な方法で移動しているのかという驚きだったのだが)


 リゾート側が転移装置を使わずにわざわざフロートカーを使ったのは、お客さまに神界には無い自然環境を楽しんで頂こうという趣向だったのだが、この上級神閣下は他人にマウントを取ること以外では何も楽しめないご性格だったようだ。





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