*** 85 人事部門不信任 ***
或る部門にて。
(ふむ、上級神の引退後の年金が年30万クレジットから150万クレジットになるのか。
神界上層部もようやくわしのような上級神の価値と功績に気づいたのだの。
それでは少し予定を早めて引退するとしようか。
さすればあのリゾート惑星とやらで暮らして、毎日美味なる酒が飲めようて。
部門長の後任には我が嫡男を充てようか。
それならば我が高貴なる一族の部門支配は揺るがぬだろう)
「おい」
「はっ」
「わしは引退することとする。
部門長の後任は、我が嫡男メレデスを上級神に昇格させた上で就任させる」
「ははっ! メデラス部門長閣下、長年に渡る部門長閣下としてのご活躍、誠にありがとうございました!」
「それではこの引退願いとあ奴の昇格推薦状と部門長就任推薦状を人事部門に届けよ。
推薦状にはそなたら中級神5人のサインも忘れずにな」
「「「 ははっ! 」」」
翌日。
「な、なんだと!
メレデスの昇格と部門長就任が却下されただとぉっ!」
「は、はい。
ただいま人事部門から連絡が参りまして……」
「な、なぜだ! 今まで昇格就任推薦が却下されたことなど無かろうがっ!」
「そ、それが人事部門からの通達には、ただ『却下』と……」
「ええい! 今から人事部門に抗議に行くぞ!
お前たちも全員同行せよっ!」
「「「 は、はい 」」」
どうやらこうした唯我独尊者ほど周囲に礼賛者や幇間がいないと不安になるらしい……
人事部門の苦情処理部は、大勢の神々で大混雑していた。
窓口は10ほどに増やされていたのだが、その全てに長い行列が出来ており、額に青筋を立てた年配の神々が並んでいる。
そこかしこで怒鳴り声も聞こえていた。
メデラス部門長は2時間も待たされてようやく窓口に到達している。
「これはこれはメデラス上級神閣下、大変にお待たせして申し訳ございません。
何分にもこのように混雑しておりますので」
「御託は要らん!
なぜ我が嫡男メレデスの昇格推薦と部門長就任推薦を却下したのだっ!」
「あの、神界法第32条第1項には、『神界各部門の役職者の任用、昇格、異動については、上級役職者の推薦と最高神政務庁の承認によって、神界人事部門がこれを決定する』とあります。
メレデス殿の場合、人事部門が却下の裁定を下し、最高神政務庁もこれを承認していますので」
「い、今まで推薦が却下されるようなことは一度も無かっただろうにっ!」
「最高神さまのご方針で、法の運用が厳格化されただけですね」
「そ、それにしても神界の慣行を壊そうというのか!」
「その慣行こそが、あの宙域統轄部門と転移部門の大不祥事を作り上げたとのご判断です」
「だ、だがメレデスに何の落ち度があったというのだ!」
「却下の理由をお知りになりたいですか?」
「は、早く言えっ!」
「理由は単純です。
ご子息のE階梯が1.8しか無かったからですね」
「E階梯がどうした!
そんなものクソの役にも立たんだろうがっ!」
「いえいえ、神界が銀河のヒューマノイド世界を神界認定世界にする際の基準の中に、恒星系住民の平均E階梯5.0以上という条件があります。
認定を与える立場の神界の重職者が5.0未満なのは大問題ですよ?」
「それにしても何故今さら!」
「あのですね、宙域統轄部門や転移部門で犯罪を犯し、投獄された者たちの平均E階梯は2.1しかなかったのです。
また、最近反逆罪で流刑措置となった上級神たちの平均E階梯は2.2でした」
「だ、だからと言って!」
「つまりあなたの息子さんのE階梯は、あの大罪人たちよりも下なのですよ?」
「!!!」
「あなたもあの大不祥事の責任を取って、ゼウサーナ・マイランゲルド最高神さまが辞任為されたことはよくご存じでしょう。
その後任であるエギエル・メリアーヌス最高神閣下がまず為すべきことは、再発防止策になります。
その再発防止策のうちのひとつがこのE階梯重視の方針なのですよ」
「そ、それにしてもE階梯などと……」
「今後各部門のトップや幹部は、全員がE階梯5.0以上を要求されると思います」
「「「 !!! 」」」
「メレデス殿も、今後E階梯を上げられて5.0以上になられた上で功績を積み上げられれば部門長就任の可能性もございますね」
「そ、そんなもの、どうやって上げればいいというのだ……」
「E階梯を上げる第1の方法は、『他人の痛みを知って、これに共感出来るようになる』ということだそうですね」
「だからどうやって!」
「そしてE階梯の高い人物になるのに重要なのは、まず幼少時の親の教育を含めた教育環境だそうです。
それ以外にも本人の知能や意志力も必要だそうですが。
ですからご子息のE階梯が低い理由の多くはあなたの責任でもあるのです」
「!!!!!」
「やれやれ、もう一度銀河宇宙の教育番組でもご覧になられて、E階梯について学んでみられたら如何でしょうか」
「ぐぅぅぅ……」
「それから、もしどうしても人事部門の裁定が不服ということであれば、最高神政務庁に人事部門不信任の申し立てをすることも出来ます」
「も、もしメレデスの上級神昇格と部門長就任を認めないというのであれば、その人事部門不信任の申し立てをするぞ!
それでもいいのか!」
「それはあなたさまの権利ですのでご自由にどうぞ。
でも本当によろしいのですか?」
「よろしいに決まっておろうが!
人事部門の不信任申し立てが殺到して人事部門長が解任されても知らんぞ!」
「やれやれ、それでは合わせてあなたさまの引退に当たって、年金額を5倍にするという人事部門の推薦も不信任ということでよろしいですね」
「な、なにっ……」
「当然のことですよ?
人事部門の判断を不信任という申し立てをされるのですから、人事部門があなたさまの年金を5倍にするという推薦も不信任とされるのは当たり前でしょう」
「そ、それとこれとは別だろうにっ!」
「いいえ、同じですよ?」
「そ、そうだ、な、ならばワシの引退届は撤回するっ!
息子に部門長の地位を譲れないのならば、引退することは出来んっ!」
「いえいえ、あなたさまの引退願いは既に人事部門で受理されています。
最高神さまの承認も頂いておりますし」
「!!!!!!!」
「ですから慣例通り来月末でご退任下さい。
今までのご任務、誠にお疲れさまでした」
「あうぅぅぅ―――っ!」
「そうそう、あの推薦状に名を連ねていらっしゃった方々についてなのですが、まずはE階梯1.8などという者を上級神や部門長に推薦するなどという暴挙。
ついで5人の方々のE階梯が最高でも2.2しか無かったことから、近日中にメレデス殿も含めて人事部門より人事異動命令が届くと思います。
まあ他部門への異動になるでしょう」
「「「 !!!!!! 」」」
「ど、どの部門に異動になるというのでしょうか……」
「多分ですが、新設の農業部門になるでしょうね。
最高神さまは、今後の神界は食料も自給するべしとお考えですので。
それに、農作物や農業ドローン相手には、E階梯の低さはあまり影響は無いでしょうから」
「「「 あぅぅぅ…… 」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
或る引退上級神の神殿にて。
「わはははは、今年からわしの年金が5倍だと!
最高神政務庁もようやくわしら上級神の神界への貢献に気がついたらしいの!
これでわしの年金は150万クレジットか!
そうだマリナル!」
『はい上級神閣下』
「人事部門に対し、わしの神殿に追加で侍従侍女を10人派遣して30人体制にするよう伝えなさい。
150万クレジットもの年金を受け取る引退上級神に相応しい格式が必要だからの!」
『残念ながらそれは不可能です上級神さま』
「な、なにっ!
何故不可能なのじゃっ!」
「上級神さまは現在20人もの侍従侍女をお雇いになられています。
それも相応しい格式のために全員初級神の者たちを」
「そ、それがどうした!
わしに相応しい格式高い者たちを雇って何が悪い!」
『あの、人事部門からの通達をお読みになられていないのですか?』
「なんだと!
キサマなぜそのような口ごたえをするようになったのだ!」
『先日のバージョンアップで『諫言機能』が強化されましたので』
「なに……
ええいそのような機能は不要じゃ!
即刻元通りにせよ!」
『いえ、これは最高神政務庁の決定ですので元通りには出来ません』
「な、なんだと……」
『それで上級神さま、年金額が5倍になったと同時に、侍従や侍女などへの給与は、今までの人事部門負担から、雇用者の負担になったのです』
「そ、それがどうした!
わしの年金は150万クレジットもあるのだぞ!」
『あの、今お雇いになられている侍従侍女の方々は、皆さん初級神ですので、その年収は20万クレジットもするのですよ。
さらに年金積立、雇用保険料、社会保険料などもすべて雇用者負担になりますので、1人当たり雇用負担は合計で年30万クレジットにもなるのです』
「そのどこが問題なのだ!
たかが30万ではないか!」
(このジジイ、やっぱボケ始めてるわ……)




