*** 82 傲慢と嫉妬と強欲 ***
最高神閣下のご判断により、銀河連盟報道部が作成した番組『神界救済部門』が神界に於いても配信され始めた。
それらは既に合計20時間近いものになっていたが、録画配信なので特に問題は無いだろう。
この『神界救済部門』の番組配信は神界にも衝撃をもって迎えられた。
神々の反応は様々である。
救済部門が短期間でここまでの活動を始めていたことに驚く者。
その救済準備の周到さと規模に驚く者。
救済部門の資金力と実行力に驚く者。
中でも神々が驚いたのは、銀河連盟加盟恒星系3000万、25京人の民の姿である。
彼らは文字通りタケル神に熱狂し、各タケル神殿には日々数百万から数千万の民衆が集まって、感謝の祈りを捧げていたのだ。
このような光景は銀河140億年の歴史でも初めて見られるものだった。
ただ、神界の神々の半数近くが、密かにタケルへの嫉妬の炎も燃やし始めたのである。
神界上級神会議を構成する上級神300人のうち、10人ほどの神が発起人となって、救済部門の富を神界全体に配分する決議案を作成し始めた。
もちろん10人全員がヒト族系の神である。
彼らはそのことに気づいていたが、誰も口にはしていなかった。
そして、彼らの会合での議論は徐々に一方的なタケルへの非難になっていったのだ。
『神界生まれの真の神でもない若造が頭に乗っている!』
『所詮は下賤なる銀河人上がりの神が生意気である!』
『銀河の神殿はそもそも神界神殿である!
それをタケル神殿などと呼ばせていい気になっておるのではないか!』
『救済部門が保有する資源やそれを売却して得た資金は莫大なものだろう。
だがそれはそもそも神界の一部門としての資金のはずだ。
なぜ救済部門はその資金を我ら真の神々に分配しないのだ!』
『救済部門があれだけの資金を持っているからには、その実質ナンバー2であるタケルは、その資金をかなりの額横領しているのに違いない!』
(自分たちもそうしていたからこその発想である)
『この上は救済部門に監査を入れて、横領の罪であの下賤なるタケルを追放するべきだ!
(証拠はいくらでも捏造出来るだろう)』
『そうして、救済部門を解体し、その資産を神界全体に還元すべきである!』
つまり、この非難の元になっているものは、すべて傲慢と嫉妬と強欲だったのである。
あの下賤者は下賤者としての分を弁えず、高貴な神界出身の神であり有力一族の長であるこのワシに屈辱を与えた。
(単に自分より遥かに優れた功績を上げただけ。
それを『屈辱を与えた』とか言われてもねぇ)
故に奴の屈辱に歪む顔を見ないでは済まされんのだ!
(単なる逆恨みでしょそれ)
そのためには奴を脅してカネを奪ってやればよい!
(単なる脅迫か強盗でしょそれ)
さすれば奴は高貴なワシの力を思い知ることになるだろう!
(単なる思い上がりとカン違いだね)
ついでにワシこそが莫大なカネを手に入れるのだ!
(本音はやっぱりそれかぁ)
さすれば他の神々もワシの威光に畏れを為すであろう!
(単なる願望でしょうに)
実は最近まで、神界の多くの神々は確かに嫉妬深くまた傲慢でもあったが、それでも強欲ではなかった。
なぜなら神界購買部で売られている品は、食料も生活雑貨も質素なものであり、引退した神々の収入である神界年金や現役神の役職給で十分に暮らしていけたからである。
(神殿にて働く侍女や侍従である天使たちの給与も全ては神界人事部の負担であった)
ところが最近、神界の神々はタケルの神域での休暇を経験してしまったのである。
あの素晴らしい自然環境の中にある美しい別邸。
(もちろんエリザベートや前最高神たちの別邸のこと。
神界には大きな神殿はたくさんあっても、自然環境の中での別邸などは無い。
大きな森も湖も無い)
フードコートで供される素晴らしく美味な食事の数々。
(神界の神殿でも料理ドローンが使われているが、数億年間もデータダウンロードを行っていないために、その味は数億年前と変わらない)
あのショッピングモールにある目も眩むような豪華な生活用品の数々。
(神界購買部の商品は地味なものばかりである。安いから)
そしてモールの衣料品店にある見たことも無い綺麗な服の数々。
(神界の神の服装は基本白いトーガのみ)
しかもあの湖の畔のロッジで休暇を楽しむ者、フードコートで美食を楽しむ者、ショッピングモールで買い物を楽しむ者たちは、神どころか天使ですらない銀河の下賤なる一般人なのである!
神ならば、当然のごとくもっと美しい別邸を持ち、レストランの重厚な個室で更なる美味を楽しみ、神専用の店でさらに美しい品々の買い物が出来るようにするべきだ!
こうして、尊大な者ほど強欲に目覚めてしまっていたのであった……
そして、上級神会議議員有志は、救済機関の富を神界全体に分配せよとの決議案を作成し、過半数の上級神の賛成を集めて、最高神閣下にその実現を迫ろうとしたのである。
もちろん例え過半数の賛成があったとしても、その決議は法的拘束力を持つわけではない。
神界上級神会議の本質は、あくまで助言機関なのである。
(別の言い方をすれば、傲慢な神々に(見かけ上)高貴な職を与えるための名誉職機関でしかなかった)
だが多くの上級神が決議したともなれば、最高神閣下と雖も無碍には出来ないだろうとの目論見であった。
10柱の発起人たちが考えた決議案の草稿は以下の通りである。
・昨今銀河世界に於いて神界の支持率が急上昇し、神殿への喜捨も莫大な額に膨れ上がっているが、これはもちろん神界の威光を銀河の民がようやく認識したからである。
よって、現在の銀河神殿に集まっている喜捨は、当然のことながらすべて神界全体への喜捨と見做すべきである。
・にも拘わらず神界の一部部門の者が、銀河の神界神殿を己の名をつけて呼称させている。
これは明らかな反逆行為である。
よって、神界は速やかにこの反逆者を処罰し、銀河宇宙に通達を出して神殿の呼称を『神界神殿』に統一させるべきである。
・こうした喜捨は、すべて神界の功績によるものなので、神界の各部門に配分するのみならず、神界年金と役職手当を10倍増にする資金に回すべきである。
・また、神界救済部門は、神界の神法力を元に『資源抽出』の神法を開発し、これを独占している。
このような神法の私物化を行った者は、その責任を取らせて終身刑とするべきである。
ただし、『資源抽出』をレベル50以下の者でも行使出来るよう改良することに成功した場合、罪一等を減じて神界追放のみとする。
・この際、救済部門は解体し、その資金資材に加えて、天使見習いには分不相応な居住施設も神界に属するものとして、その全てを神界所有とする。
発起人たちはこの草稿を作り上げて大いに気炎を上げた。
当初、神界年金と役職手当は3倍増にすると記載されていたが、『それでは足りん!』ということで10倍にエスカレートしている。
中には100倍を主張した者もいたが、各部門に配分されるカネが10倍増になれば、あとは一族の役職者を送り込んでいくらでも横領が可能だろうということで、10倍増要求に落ち着いたらしい。
そうして彼らは、過半数の支持を得るために、上級神会議のメンバーの賛同者を集め始めたのである。
上級神会議メンバーの種族構成は、全体の上級神の種族比率に基づいて決められている。
300名の定員の内ヒト族は70名、猫人族は110名、犬人族は90名、残りの30名は他種族だった。
発起人10名を除くヒト族上級神の残り60人の内、57名はすぐに賛同している。
だが残り3名の内2名にはニベもなく断られ、残りの1名にも『あなた方は正気ですか? これは神界始まって以来の大功績を上げた英雄を数の力で追放し、その資産を奪おうという強盗に等しい行為なのですぞ』と指摘されて激怒していた。
どうやら彼らは嫉妬と強欲が日常過ぎて、もはや善悪の基準が判らなくなっているらしい。
その嫉妬と強欲の2つが無くなれば、彼らにはもはや自己顕示欲と本能しか残っていないのだろう……
次に発起人たちが勧誘に回ったのは、旧原理派のメンバーだった。
いや実は今でも原理派なのだが、あの宙域統轄部門と転移部門の大不祥事以降は、原理派的主張を行うと犯罪者の可能性大と思われてしまうために、その主張を為せないでいたのである。
そもそも彼らが原理主義を標榜していた理由は、銀河世界を災害から救う能力も知恵も財力も無かったための言い訳に過ぎなかったということには気づいていないようだ。
もちろん隠れ原理派神たちもこの決議案に賛成した。
彼らの心中は、能力も智慧も資金も人望も全てを持っている若造への嫉妬心で煮え滾っていたからである。
しかもそ奴は神界出身の真なる神ではなく、あの銀河宇宙出身の下賤なる偽神なのである!
この旧原理派の数は68名、その全員が決議案に賛同している。
これで過半数まであと16名。
発起人たちはここに来てなりふり構わず走り始めた。
本来過半数の署名が得られた決議案と雖も、上級神会議は単なる助言機関である。
それがあとたった16名の賛成で全ての要求が通ると思い込むほどに、彼らは視野狭窄を起こしていたらしい。
或る神はエリザベートとタケルを追放した後、救済部門整理機関の幹部の椅子を約束されて、決議案に署名した。
そうしたポストであれば横領はし放題である。
また或る者は、その曽孫が初級神に昇格後に、発起人の親族が幹部を務める部門に補佐官として登用されることを代価に署名した。
また或る神は救済部門の資産の内、極秘で金塊1トンを譲渡されることを条件に署名を承諾したのである。
こうしてついに残り16名、合計で151名の署名が集まったのであった。
(尚、この151人のE階梯は、平均で2.2、最高でも2.5しか無かったのである)
発起人たちは前祝いとして盛大に祝杯を挙げたあと、50名の動議により臨時上級神会議の開催を主張した。
尚、この会議には「謹んで」と言いながら、最高神閣下のご臨席も依頼したのである。
臨時上級神会議開催当日。
議場内の議員席前部中央には決議案に署名した151柱の神々が座っていた。
その周囲には署名を拒否するか勧誘すら受けなかった神々が着席しており、壇上中央には最高神閣下、その斜め後ろには議長閣下が座っている。
だが、普段はほとんど人のいない周囲の傍聴席が満員になっていたのである。
傍聴席前列には救済部門に友好的な各部門の部門長と幹部たち、後方にも部門の管理職たちが座っていたのだ。
その中にはもちろんタケルの姿もあり、穏やかな笑みを浮かべて座っていた。
その笑みを見て決議案発起人たちのタケルヘイトはますます高まり、額には青筋も浮かび始めている。
一方で、買収に応じて決議案に署名していた者たちが不安そうに周囲を見渡していた……




