*** 81 神専用高級リゾート惑星 ***
最高神閣下がタケルに向き直った。
「ところで、そなたは神界法の条文をすべて諳んじておるのか?」
「ええ、これからは必要になるかと思いまして、空いた時間に覚えました」
「ははは、さすがは僅か4年で銀河連盟大学を卒業した男よの」
(どうも神界って、こうした知識や知恵についての認識が低いんだよなぁ。
まあこれはこれからの課題か……)
「だ、だがの、親族の昇格推薦を断られた神々の反発も大きいのではないか?」
「そのための年金3倍増ですね。
いえ、5倍増でもいいかもしれません。
そうして、親族の昇格拒否にクレームをつけて来た者には、『それは、神界人事部門への不信任ということですね』と言ってやってください。
また、『でしたら最高神政務庁へ人事部門の不信任案を提出してください』とも。
その上で、『ということは貴殿の引退に際し、年金の従来の5倍に増額するという人事部門の推薦も不信任ということでよろしいですか?』とでも言ってやりましょうか。
彼らのようなE階梯の低い者は、まず自分の幸福を優先させますので、間違いなく年金増額を選ぶでしょう。
それになにより彼らの発想の根本は、自分の権勢なのですよ。
それならば自分で使える金銭が増える年金増額を選ぶでしょうね」
「だ、だが年金がたとえ5倍増になったとしても、あの神界購買部の品では特に使い道も無かろうに……」
「もちろん今のままではダメでしょう。
わたしも見に行ってみましたが、あの購買部の品物は廉価品ばかりです。
せめて中級品の品揃えもするべきでしょうね」
「それにしても……」
「最高神閣下のご判断で、わたくしの神域で神々の休暇が許可されました。
ここには神界購買部では見られない美食、中級の酒、美麗な服などがたくさんあります。
現在神界中の神70%ほどに相当する神々がこの神域にお越しになられて、休暇を楽しんでおられます。
リピーターも多いですし。
ですから神々の中・高級品消費意欲は最近飛躍的に高まっていますよ」
「のうアルジュラスよ、この会合が終わったら一度この神域で休暇を取ってみよ。
驚かされることばかりであるぞ」
「は、はい」
「はは、わたしがこの神域で休暇を取るたびに楽しみにしておるあの酒も、中級品だと申すか」
「ええ、実は銀河宇宙の酒というものの価格には恐ろしいほどの開きがあるのですよ。
あの酒の価格は一瓶500クレジット(≒5万円)ですが、安い酒は5クレジットほどです。
また、中には一瓶10万クレジット(≒1000万円)で売られている酒まであるそうです」
「そこまで違うのか……」
「それは何が違うのかの」
「一般には味と希少性だと言われていますね。
ただし、味の方はよほどの専門家でもない限り10万クレジットの酒と500クレジットの酒の違いはわらないそうです。
まあ超高級酒を買う方のほとんどは、『俺はこんなに高い酒を飲めるほどの男なのだ!』という自己顕示欲のために買っているのでしょう」
「ははは、なるほど」
「わたくしの母惑星では『飴と鞭政策』という言葉があります。
この場合の『飴』政策は、年金5倍増ですね。
そして『鞭』政策は最高神政務庁と人事部門が人事権を取り戻すことです。
いっそのこと人事部門を格上げして、最高神さま直属の部門にしてもいいでしょうね」
「なるほどのう……
年金増額の予算があるうちに、新たな人事政策を固めてしまおうというのか……」
「はい。
それに加えてもうひとつ、神々専用のリゾート天体を用意させて頂きますので、これを神々に開放されたらいかがでしょうか」
「それは何故なのかの」
「最高神さまは、当初わたくしの神界での神々の休暇を要請された際に、わたくしが神々専用のリゾート惑星をご用意させて頂きますという申し出を断られました。
あれは、神々にも銀河の一般人の姿を見せてやりたいとのご配慮だったと考えております。
ただ最近、神々からのこのセミ・リゾート惑星へのクレームが増えて来ているのです」
「どのようなクレームなのだ?」
「例えば、『ホテルや居住区が銀河の一般人と同じである!』『レストランに神専用のフロアや個室が無い!』『ショッピングモールにしても、銀河人と同じものを買うのは神としての沽券に関わる!』などというものですね」
「ふむぅ、それは先ほどの7つの大罪のうちの『傲慢』の罪ということか……」
「それで各セクションに指示して、そうしたクレーム客のE階梯をチェックさせたところ、全員が見事に2.5以下だったのですよ」
「なんと……」
「そのような調査までしておったのか……」
「ええ、以前こうして意見を述べさせて頂いた折にも、『今後の神界改革』について考えておくように承りましたので」
((( ………… )))
「ですから、今度はセミ・リゾート惑星ではなく、神専用の『高級リゾート惑星』を用意しましょう。
神々はここでなら存分にその権勢を発揮出来ることになります。
他の神々がこうした権勢の発露を行っているのを見れば、E階梯の低い神々は挙って贅沢を競おうとするでしょうね。
もちろん高級リゾート天体はわたくしが寄贈させて頂きますが、宿泊も飲食も有料にして運営は神界が為されたら如何でしょうか」
「な、なるほど……」
「そうすれば人事政策に文句を言わず、皆が高額年金に走るというのか……」
「だが、そうした天体を作るのにもかなりの時間がかかるだろうに」
「実はもう完成しています」
「なんと……」
「わたしの神域のセミ・リゾート惑星には続々と神さま方が休暇に来ています。
それで遠からず手狭になると考えまして、あのようなリゾート惑星の建造を得意とする恒星系に『高級リゾート惑星』を注文していましたから」
「そ、それにしても建造に3年や4年はかかったろうに」
「ええ、全ての内装なども含めて5年かかっています。
ですが、わたくしの神域内で作らせましたので、3次元時間では30日でしたね」
「「「 !!!! 」」」
「ですからどうぞお使いください」
「ありがとうのタケルよ。
だが寄贈ではなく貸与にしてもらえんだろうか。
名義はそなたのままで。
それでリゾートは最高神政務庁にリゾート部を作ってそこに運営を任せることとする。
そうして少しずつでも利益を貯めて、いずれはそなたから買い取りたいと考えておるのだ」
「今の神界には莫大な喜捨が集まっているのではないですか?」
「いや、あれは銀河の民からの喜捨である。
神界の神々の生活のために使うならばともかく、リゾートのような娯楽のために使うのは問題があろう。
よって利用者負担で買い取り資金を貯めていきたいと考えたのだ」
「なるほど、畏まりました」
「ところでな、そうした政策で多くの神々が引退を選んだとして、後任のE階梯が高い者はどうやって補充するのだ?」
「雇用したばかりのE階梯が高い天使見習い心得は大勢いるが、いくらなんでもすぐに初級神や中級神に昇格させて、部門の幹部にさせるわけにはいくまい」
「現状では、神々が雇用されている侍従や侍女の給与は神界が負担されているのですよね」
「あ、ああ」
「ですから、年金5倍増という名の飴に付随して、『侍従や侍女の給与は雇用主である神々が負担すること』という鞭も追加しましょうか」
「「「 !!! 」」」
「そうすれば、如何に高額の年金を手にした神々と雖も、見栄のために大量雇用していた従業員を大勢解雇せざるをえなくなります。
わたくしの試算では、そうした従業員の雇用費用の方が年金増加額よりも遥かに大きいですね。
ですから神界予算全体としても節約効果があると思います」
「な、なるほど……」
「そして、その際には人事部門に『再就職相談センター』を作ってやってください。
彼ら解雇された従業員の内、E階梯が高い者が救済部門を希望するならば、全員わたくしが雇用します。
侍従長や家宰など優秀な方の中には既に初級神に任じられている方も多いでしょうから、中級神に昇格させてやれば、すぐにでも部門幹部が務まるでしょうね」
「E階梯が低い者はどうなるのだ?」
「侍女や侍従はそのほとんどが銀河宇宙出身者だと思います。
彼らは例えE階梯は低くとも、その知能や能力は優れていますので、新たに設立する神界農業部門で雇用すればいいでしょう。
昨今の銀河宇宙での農業は、肉体労働はすべてドローンが行うので、農業は知的産業になっていますからね。
あ、もちろん農業惑星も完成していますので、いつでも神界農業部門は立ち上げられます」
「高齢で身の回りの世話を必要とする神についてはどうなるのかの……」
「例えば侍従と侍女を数名残したとしても、彼らはすぐに超過労働を強いられて辞めてしまうでしょう。
ですから、神界が銀河宇宙から『介護ドローン』を購入して、高齢神には安く売ってあげればいいでしょうね。
銀河宇宙の『介護ドローン』の高級品は約15万クレジットですが、これを神一柱につき3体までは1万クレジットほどで購入させてやればよろしいでしょう」
((( ……………… )))
「あ、エリザさま、セバスさんや他の従業員の方が残留を希望されたら、皆さんの給与はすべてわたしが負担しますのでお気になさらず」
「ありがとうのタケルや♡」
最高神政務庁主席補佐官アルジュラス・ルーセンは仰け反っていた。
(こ、この男は……
あれほどの大功績を為した激務の間に、これほどまでのことを考えていたというのか……)
いや、タケルくんの場合、発想力はスゴいけど、トンデモなアイデア出したら後は優れた部下たちと銀河宇宙に丸投げだからね。
まあ本当にカリスマのある優秀な指導者はそれでいいんだけど。
だから自分の鍛錬は激しいけど、仕事に関しては激務とは程遠かったんだよ。
前最高神ゼウサーナが微笑みながら首席補佐官の肩をぽんぽんした。
「のうアルジュラスよ。
これでわたしやエギエルがタケルの意見を聞きたがる理由を分かってくれたかの」
「は、はい……」
「なにしろこの男は、資源力の怪物であり実行力の怪物でもあると同時に、智慧の怪物、発想力の怪物でもあるからのう、はっはっは」
(………………)
最高神閣下は、タケルとの会合の後に信頼する各部門のトップや神界上級神会議議長とも極秘裏に会談し、嫉妬と強欲に溢れた決議案を上程しようとしている一派の追放と、神界改革への協力を取り付けたようだ。




