*** 80 7つの大罪 ***
タケルの神域にて静養中の最高神閣下は、アルジュラス・ルーセン主席補佐官を伴ってお忍びで救済部門総司令部を訪ねた。
そこで前最高神ゼウサーナ・マイランゲルドとエリザベートも交えて会合を持ったのである。
まずは最高神閣下が口を開いた。
「タケルよ、今日はまたそなたの智慧を借りたいと思って参ったのだ。
故に前回と同じように忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」
その前回の会合には参加していなかったアルジュラス・ルーセン主席補佐官が少し驚いた顔で最高神閣下を見た。
(閣下はここまでタケルを信頼されているのか……)
「お役に立てる自信はありませんが、精一杯考えます」
「どうやら最近、上級神の一部に神界救済部門の罪をデッチ上げて糾弾し、部門を解体させると共にその富を神に分配することを目論んでいる者がおるようなのだ」
「はあ、動機は嫉妬と貪欲ですか。
その元になっているのは傲慢でもあるんでしょう。
まるで『7つの大罪』ですね」
「ん?
その7つの大罪とはなにかの」
「失礼いたしました。
わたくしの母惑星の原始宗教では、ヒトの罪として7つを挙げているのですよ。
すなわち、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食(暴飲)、怠惰です。
まあいろいろと問題の多い宗教ではあるんですが、この罪の分類は当たっているでしょうね」
「なるほど興味深い分類であるの。
特に今神界で蔓延っている傲慢と嫉妬と憤怒と怠惰がすべて含まれているではないか」
「そうですね……」
(我が家には『色欲』も親子で住んでますけど……)
と、最近キンタマのレベルが遂に100の大台に乗ってしまったタケルは思ったが、なにも言わなかった……
「僭越ながら、わたしは神界の神々はもう少し清廉だと思っていましたよ」
アルジュラス・ルーセン主席補佐官がまた少し驚いている。
いくら直言を許されたからと言って、この男はここまで言うのか。
前最高神ゼウサーナ・マイランゲルドが微笑んだ。
「はは、アルジュラスよ、あまり気にするな。
この男に忌憚のない意見を述べるように言ったのはエギエルであるぞ。
それよりも、この男に率直に話をさせると実に興味深いのだ。
今日はそのために集まっておるしの」
「はっ」
「それにしてもタケルよ、そなたにそう言われると返す言葉も無いな。
遥かな父祖の神々は皆そうだったのだろうが、140億年も経つうちにどうやら酷く変質してしまったようだ。
E階梯と能力を重視すべきが、家格と権勢しか頭に無い神が傲慢と嫉妬と憤怒と強欲ばかりをまき散らしておる。
これは我ら神界上層部の責任でもあるが」
「そうですね、たださらに失礼ながら、最高神さまや最上層部の神々がそうでないことを大変に心強く思っています」
「そこでだ。
我ら上層部は、今後まずそなたへの嫉妬に狂う傲慢で強欲な神々をすべて排除しようと考えておる」
「…………」
「まあその件は我らに任せておけばよいが、そなたにもいくつかの支援をお願いしたいと思っての」
「お聞かせくださいませ」
「まずは……だの、それから……だ」
「畏まりました。
早急にご用意させて頂きます。
マリアーヌ、手配を頼む」
『はい』
「感謝する。
また、それ以外にも神界改革をさらに推し進めたいと思っているのだがの。
そこでそなたの智慧も借りたいと考えているのだよ」
「わたくしごときがお役に立てるかは全く自信がありませんが、よろしければどのような改革をお考えなのかお聞かせください」
「うむ、まず神界の神々のE階梯を上げて行くことが急務と考えている」
「確か最近人事部門が中心になって、極秘裏に神々のE階梯を測定されていましたよね。
その結果は如何でしたか?」
(こ奴はそんなことまで知っているのか……
これではまるでこの男は最高神さまの非公式諮問委員、いや実質的な顧問ではないか……)
「はは、アルジュラスよ。
そなたもそろそろこうしたタケルの役割に慣れていった方がよいの」
「ご忠告ありがとうございます、ゼウサーナさま……」
「そのE階梯調査の結果なのだがの、現在神界の役職に就いておる者だけの平均では4.3、引退して無任の者を含めると僅かに3.7であったわ」
「それは酷いですね。
神界は自らの定めた神界認定基準『恒星系住民の平均E階梯5.0以上』を満たせていないということなのですか」
「残念ながらその通りだの……」
「ひとつお聞きしたいのですが、そのE階梯分布をグラフにした場合、分布はどのような形を描いていましたか」
「どういう意味だ?」
「それでは恐縮ですが、そのE階梯調査のデータを最高神さまの秘書AIからわたくしの秘書AIまでご転送願えませんでしょうか」
「うむ、マリアルよ、データを転送してやってくれ」
『畏まりました』
「マリアーヌ、そのデータをグラフにして視覚化してくれ」
『はい』
その場にE階梯の分布を表すグラフが出て来た。
全体の分布も役職者たちの分布も、平均付近をピークにする山形ではなく、平均を挟んで2つのピークを持つ形になっていた。
タケル以外の皆が驚いている。
「やはりそうでしたか。
これならば対処は相当に楽ですね」
「ど、どういうことなのだ?」
「この2つのグラフから読み取れるのは、神界で役職に就いておられる神々は、ここE階梯2.8を中心とする集団と、この部分の5.8を中心とする集団に分かれているということですね。
それが単純平均だと4.3になっているわけです。
マリアーヌ、引退者だけのグラフを出してくれ」
『はい』
今度出て来たグラフでは、E階梯5.8をピークにする部分が小さくなり、2.8付近のピークが大きくなっていた。
「このように、神々のE階梯分布は2つの集団の塊になっているのですよ。
真っ当なE階梯を持つ神のグループと、神に在らざるべき低いE階梯を持つ者のグループに。
これはあの宙域統轄部門と転移部門から1200万柱近い神や天使たちが逮捕投獄されている影響でしょうね。
もしあの不祥事以前にE階梯全体調査が行われていれば、全体のグラフでは2.5付近のピークの方がやや大きな山形になっていたと思います。
5.8をピークにするグループは、それほどは目立たなくなっていたでしょう」
「な、なるほどのう……
平均を見るだけでなく、このように分布も可視化して見るのだな」
「ええ、こうすれば対処法も見えてきますので」
「その対処法というものも聞かせてくれるか」
「既に役職を離れて引退されている神々は、E階梯が低くとも特に問題ありませんのでこのままでいいでしょう。
ですから、多くの部門で役職に就いている方々のうち、E階梯の低い者を引退させてしまえばいいのですよ。
そうしてE階梯の高い天使たちを神に昇格させて各部門に配置すれば、その分だけ神界各部門従事者のE階梯は急上昇していくでしょう」
最高神政務庁主席補佐官アルジュラス・ルーセンが口を挟んだ。
「だ、だがあの宙域統轄部門と転移部門の不祥事で逮捕された者の中には、天使たちも大勢いただろうに。
そのような者たちを神に昇格させても全体のE階梯は上がらないのではないのか」
「あの不祥事で逮捕された天使たちも、天使に昇格した当初は5.0を遥かに超えるE階梯を持っていたと思います。
なにしろそうでなければ人事部門が天使見習い心得にすらしなかったでしょうから」
元人事部門長のアルジュラスが頷いた。
「実際に採用の時点では心得たちのE階梯は最低5.5という条件をつけていたの……」
「ですが、銀河世界で100年程度の期間で培った高E階梯も、宙域統轄部門と転移部門の犯罪者集団の中で寿命を延長されて1000年2000年と過ごしているうちに、上司たちに影響されてE階梯を落としていったのでしょう。
両部門とも犯罪行為の露見を怖れて、他部門への移動などは全く行わせていなかったでしょうし、昇格もすべて内部昇格だったと推測します」
「た、確かにそうであった……」
「こうした現象を、わたしの母国では『朱に交われば赤くなる』と申します」
「はは、『朱に交われば赤くなる』か、なるほどのぉ。
それで、優秀な天使たちを引き上げるのはともかく、低E階梯の者たちを引退させるには具体的にどうしたらいいのかの」
「まずは莫大な喜捨により潤沢になった神界予算にて、引退された神々への年金額を3倍にしましょう。
それも人事部門の推薦によってその増額が行われるとも」
「「「 !!! 」」」
「それで各部門の役職者の給与はそのまま据え置けば、高齢の神々は何も勧告せずとも続々と引退していくと思います」
「な、なるほど」
「だが高位の役職者ほど引退に際しては後任に息子や孫などの親族を推薦していくぞ。
推測するに、その者たちのE階梯はかなり低いだろう。
それでは意味がないのではないか?」
「その対処も容易でしょう。
神界法第32条第1項には、『神界各部門の役職者の任用、昇格、異動については、上級役職者の推薦と最高神政務庁の承認によって、神界人事部門がこれを決定する』とあります。
まあ、今までは上級役職者の推薦があれば素通しだったんでしょうけど。
因みに第2項では神格や天使格の昇格について同様の規定がありますが、推薦がそのまま通るのは同じです。
おかげでわたしもエリザベートさまの推薦で初級神にしてもらえたわけですけど」
エリザベートが微笑んでいる。
「そなたを初級神にしたあのエリザベート・リリアローラ上級神の推薦は、大英断だったと思っておる。
もしもあのとき拒否などしておれば、救済部門の栄光も、あの『資源抽出』も、銀河の民からの支持も無かったかと思うと寒気がするわ……」




