*** 79 資源リサイクル ***
この配信映像は更なる大反響を引き起こした。
多くの恒星系がこの日を『偉業の日』もしくは『タケル神偉業の日』と名付けて恒星系の祝日としたのである。
特に超新星爆発の脅威に晒されており、移住か避難かに悩んでいた恒星系の住民は熱狂的だったそうだ。
銀河全域でタケル神の像のある神殿前広場にいつもの人数に数倍する大群衆が押し寄せて来た。
なにしろ広場周辺に大量に置かれた喜捨箱に近づくのにすら数時間もの時間を要するのである。
喜捨の総額はさらに1万倍になった。
つまり昨年の喜捨総額に比べて1億倍である。
あまりの混雑に、ほとんどの恒星系ではタケル神殿を郊外に移転した。
さすがは銀河技術で神殿もタケル神像もそっくりそのまま移動させたそうだ。
こうして、郊外には100万人収容可能なタケル神像前広場が多数作られたとのことである。
それぞれのタケル神像周辺の喜捨箱の数は万を超えている。
その広場のどこにいてもタケル神像が拝めるように、タケルの銅像や石像はさらに巨大化させられた。
最小でも100メートル、最大で300メートル級のタケル神像が建立されたのである。
中には毎日正午になるとタケル神像が白く輝き、翼がワサワサと動くものまであったそうだ……
そのお姿をひと目見ようと、正午前には数百万人の群衆が集まるらしい。
タケル自身は『なんだよアレ……』と呆れていたらしいが……
だが、自身の神域でも正午に鐘を鳴らし、それに合わせて光りながら翼を出してワサワサしたら、ちょーウケたので頭に乗っているようだ。
おかげで正午が近づくと、天使見習いたちが大挙してタケルの周囲に集まって来るようになっている。
救済部門の次の実験では、銀河の外に転移させた2つの白色矮星を衝突させて、人為的(神為的?)に極超新星爆発を発生させることになるだろう……
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実は極超新星爆発発生実験には一つだけ技術的な問題があった。
それは端的に言って、爆発発生の瞬間を撮影出来ないということだったのである。
なにしろ爆発の光がカメラに届く際には超高エネルギーガンマ線も同時にやってくるのだ。
全てのカメラがガンマ線で焼き切れるか、場合によっては光崩壊を起こして消滅するだろう。
300光年も離れれば、ガンマ線は拡散してほとんど無害になり、爆発光も撮影出来るだろうが、その場合にはカメラに爆発の瞬間の光が届くのが300年後になってしまうのである。
もちろんそんなことはタケルや救済部門にとってどうでもいいことだったが、銀河連盟報道部が泣きついて来た。
『銀河25京人がその人工極超新星爆発の瞬間を自分の目で見たがっているのです!』
仕方なしに、タケルはこの問題を諮問会議にかけたのである。
これは難問だった。
もしカメラを転移結界で覆ってしまえば、結界そのものが黒体であるのでカメラには何も映らない。
カメラを通常の透明な遮蔽フィールドで覆ったとしても、超高エネルギーガンマ線に耐えられるのだろうか。
理論的な検討の結果、爆心点から10光分離れた地点では、技術的に最大強度限界になるクラス300の遮蔽フィールドを100重に張っておいても10秒ほどでフィールドは破壊されるとのことだった。
だが、これに連盟報道部が喰らいついて来た。
そのクラス300の遮蔽のフィールドを100重に張って保護したカメラを、念のために1光分(≒1800万キロ)ごとに10個並べ、爆発から10秒間だけでも撮影したいと言うのである。
これも銀河のヒューマノイドにとって歴史的な出来事になるので、1回だけでも記録を残しておきたいらしい。
根負けしたタケルは、このカメラセットを救済部門の資金で作ってやることにした。
カメラセットが全て完成して配置についた。
最初の白色矮星より10光分離れた地点から1光分ごとに10個のカメラが置かれている。
これらカメラは、重層次元経由でリアルタイム映像を1光年離れた臨時実験本部に届ける手筈になっていた。
2つ目の白色矮星が50基のダークエネルギー発生装置(斥力)と50基の重力発生装置(引力)にコントロールされて、定点に置かれた白色矮星に近づいて来た。
既にお互いの強大な重力によって接近は加速し始めている。
役割を終えたダークエネルギー発生装置と重力発生装置はそれぞれ転移で消えていった。
あと60秒ほどで2つの白色矮星は衝突し、Ⅰa型の凄まじい極超新星爆発を起こすだろう。
その接触の瞬間から10分後、実験本部にあった10個のスクリーンがそれぞれ10分の内に連続して全てホワイトアウトした。
人工極超新星爆発実験は大成功である。
実験本部の救済部門関係者から歓声が上がった。
そして、銀河連盟報道部門の技術者が鬼の形相で10個のカメラの映像をチェックしていたが、遂に10番目のカメラが10秒間だけ爆発の映像を捉えていたのを発見したのである。
その映像が再生されると、スクリーンには見事に2つの白色矮星が衝突し、超爆発を起こしている絵が現れた。
今だかつて誰も見たことのない極超新星爆発の瞬間である。
その爆発は、神々しいほどの光に満ちた神秘的なものであった……
報道部門関係者から大歓声が上がった。
ほとんどの者が号泣しており、救済部門関係者がどん引きしている。
その間にも、爆心点から30光分の距離に置かれた20基の転移結界装置が、超高エネルギーガンマ線とその後に飛び散って来る重金属原子を3.6003次元に置かれた出口装置に向けて転移させていた。
その次元空間にあったものは、連盟報道部にも知らせていない極秘の実験施設である。
そこでは平面型出口装置がパラボラ形に20基配置され、10万キロ離れた直径5000キロの小惑星に向けて照準をつけていた。
出口装置から放射されたガンマ線がまず小惑星に殺到した。
極超新星爆発から僅か30光分しか離れていない地点のガンマ線と雖も、直径2万キロしかない転移結界装置が集めたものでは、その総エネルギー量はそこまで大きなものではない。
計算通り小惑星は光崩壊も起さずにそこにあった。
だが、ガンマ線に遅れること数分でやってきた無数の重金属原子は、その運動エネルギーを全て熱エネルギーに変え、小惑星表面を溶融させ始めたのである。
10分後、小惑星が完全に溶融する前に転移結界装置が自ら転移し、重金属の転送を停止した。
後に残った煮え滾るマグマの塊はこの場に放置され、宇宙空間に冷やされた後はタケルの神域に転移されて資源に変わるだろう。
また、40時間後に爆発天体からのガンマ線放出が終了すると、総数100基の転移結界装置が周辺宙域に配置された。
最初の重金属収集に漏れた重金属が拡散して行くのを出来るだけ捕獲するためである。
これら装置は特に銀河中心から反対の深宇宙側に多く配置されており、これは銀河系内になるべく多くの重金属原子が留まるようにとの配慮である。
こうして捕獲された重金属原子も、すべて別の小惑星と衝突するよう転移させられていった。
そのため、この実験宙域には煮え滾る溶岩の巨大な塊が100個ほど出来ていったのである。
後日集計された結果では、こうした資源収集は、元々の白色矮星が持っていた質量のうち、約5%ほどの重金属を獲得出来たに過ぎなかった。
ただし、白色矮星の質量は元の太陽の質量とほぼ同じであり、2つの白色矮星の質量合計は4×10の30乗キログラムにもなる。
このうちの5%といえば2×10の29乗キログラムであり、これは地球質量の約3万2000倍に相当した。
これら大量の超高純度鉱石から『資源抽出』して元素を取り出すのは、タケルと雖も大変だろう。
だが、タケルが今備蓄している資源の総量は僅かに地球質量の10分の1でしかないのである。
つまりタケルは重金属の備蓄を約4万倍から5万倍にも出来るのだ。
それだけの資源があれば、おそらく銀河全体の需要を数百万年は賄えると見込まれていた。
捕獲出来なかった重金属原子の多くは拡散しながら銀河系を突き抜け、深宇宙へと拡散していくことになる。
だが、そのうちの何%かは多くの星々の重力に引かれてそれらの星に衝突していくだろう。
それが恒星や白色矮星や岩石惑星やガス惑星、果てはブラックホールなどであれば特に問題は無い。
5000光年も離れていれば、重金属原子の拡散も相当に進んでおり、その影響は無視出来るほどに小さくなっている。
もし向かう先が生命居住惑星であったとしても、その惑星には当然地磁気や大気があるはずである。
飛来する重金属原子も、地磁気に跳ね飛ばされるか大気圏で十分に減速されて、地表にはほとんど影響を与えないだろう。
そのような極小星間物質は、常に惑星に飛来しているのである。
そして、こうした元素は、巡り巡って恒星や重金属の豊富な惑星になることもあるのだ。
これこそが究極の資源リサイクルになるだろう。
この計画では、当初人工極超新星爆発を3.6500次元などの重層次元空間で行うことも議論されていた。
だがこの方法だと、取り逃した95%分の質量を3次元空間の銀河宇宙は失うことになってしまうのである。
これがタケルが3次元空間での実験に拘った理由であった。
こうして銀河の民は大規模災厄を回避する手段を得ると同時に、驚異の資源収集も可能になったのである。
残念ながら、資源価格暴落を防ぐためにこの重金属資源捕獲実験は当面極秘とされることになっているのだが、仮にこの資源を全て売却出来たとすれば、タケルは現在銀河連盟銀行に保有している資金の0.1%近くに達する現金を手に入れることになる。
今後白色矮星の消滅処理が進めば、その金額はさらに増加していくことだろう。
こうした一連の実験成功を受けて、救済部門には『脅威天体対応局』が発足した。
その局には『危機評価部』『ガンマ線被害排除部』『単独白色矮星排除部』『連星系白色矮星排除部』『大質量恒星形成抑制部』そして『重金属資源回収部』などの関連部署も作られている。
タケルはこれら『脅威天体対応局』3万人の人員の前で訓示した。
「我々救済部門は、この『脅威天体対応局』発足により、ついに超新星爆発被害を抑制する手段を手に入れた。
今後、『危機評価部』は超新星爆発可能性天体の排除優先順位を選定して欲しい。
『ガンマ線被害排除部』は、訓練とシミュレーションを重ね、来るべき超新星爆発被害に備えてくれ。
また、『単独白色矮星排除部』『連星系白色矮星排除部』『大質量恒星形成抑制部』は、危機評価部の決定した優先順位に従って作業を続け、同時に『重金属資源回収部』は資源収集を行うことになる。
このとき、最も優先されるのは安全である。
何故なら銀河の民は我々の一挙手一投足に注目しており、万が一の失敗の際には彼らを失望させてしまうからである。
当面『単独白色矮星排除部』『連星系白色矮星排除部』の白色矮星排除目標は、この神域時間で6か月につき白色矮星1個とするが、決して無理はしないように。
(3次元時間3日に1個)
もしこのペースを2倍にしたいのならば、人員と機材をそれぞれ3倍にすればいい。
我らの強みである資金と資源と人材の豊富さを存分に生かして任務に当たって欲しい。
俺からの訓示は以上である」
尚、局長はタケルの兼務とし、局長代行にはニャサブローが就任している。
また、これら部署の部長は科学・技術諮問委員会のメンバーから選出されているが、彼らには同時に後継者育成の任務も与えられており、10年以内に部長及び幹部が交代することを目標としていた。




