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ということで、銀河連盟報道部はトップから局長までの幹部全員30名が救済部門に視察にやって来たのである。
そこで案内ドローンの引率でタケルの神域内を廻り、あらゆる質問をしてその回答も貰っていた。
まあ、資源抽出の詳細だけは教えて貰えなかったようだが。
その結果、もちろん報道部門の幹部一同も救済部門の熱狂的な信者になった。
そうして、忘れかけていた報道の使命、すなわち極めて重要な出来事を多くの人々に知らしめたいというマスコミ人の本能のようなものに火がついたのである。
番組作りのためのスタッフは120人に増員された。
そうして彼らは『タケル神の神域紹介』『救済部門紹介』『銀河工業系コンソーシアムの活動』『銀河農業系グループの活動』『倉庫群紹介(含む資源倉庫)』『超新星爆発対策』『避難用人工惑星紹介』『その他救済計画』『白色矮星排除計画』『人工極超新星爆発計画』『巨大恒星発生抑制計画』というテーマ別に分かれて取材を開始したのである。
報道部門のメンバーからすれば、この神域には取材に足るコンテンツが山のようにあったのだ。
彼らのモチベーションは最高潮に達している。
部門長エリザベートと実行部隊責任者タケルのインタビューは、取材が進んだ後にまとめて行われる予定になっていたが、ニャイチローたちへのインタビューは随時行われることになっている。
このためニャサブローは毎朝しっぽにワックスを塗って撫でつけ、少しでも細くなるよう涙ぐましい努力をしていた。
まるで地球のバーコード頭のおっさんのような努力である。
あまりしっぽを動かすとすぐに毛が浮いて来てしまうために、極力下に垂らしたまま動かさないようにもしているらしい……
それで狸人族の子たちに愛想を尽かされないかはらはらしていたが、子供たちは報道部のインタビューを受けているニャサブローを見て『ニャサブロー兄ちゃん凄い♪』と喜んでいたのでほっとしていた……
連盟報道部の取材は、全体像を一通り掴んだ後は次第に深掘りされたものになっていった。
報道本部よりコメンテーターやレポーターを呼び、神域での活動に密着取材をしたのである。
冷静さで知られるコメンテーターは、救済部門諮問会議の政治分科会に加えてもらえることになったが、そのメンバーを紹介されて仰天した。
なにせ元恒星系政府大統領や閣僚クラスがごろごろといるのである。
他も大学の元教授や政府系研究所の元所長など超一流の専門家ばかりであった。
そのメンバーが、紛争世界の闘争停止とその後の統治形態について真剣な議論を交わしているのである。
特に未認定世界の文明度を細分化し、それらに応じて神界の関与を隠蔽しながら如何に紛争を鎮めていくかというケーススタディーは、実に臨場感溢れた素晴らしいものだった。
科学技術専門のコメンテーターは、科学技術分科会に加わって驚愕した。
なにせ全員が大学教授レベルか恒星系政府の技術大臣や顧問などの重職に就いていた者ばかりである。
彼らは特に白色矮星排除計画と、機器の設計製造について熱心に議論していたが、コメンテーターには理解出来ない内容も多かったのだ。
ニャイチローの鍛錬クラスには若手の有名レポーターが参加した。
初心者用鍛錬から始まって、オーク族相手のパワーレベリングにも参加させて貰えている。
レベルが1つ上がったレポーターは内心大いに喜んでいた。
もちろん周囲に浮かぶマイクやカメラを意識してのコメントやレポートも忘れていない。
だが……
このレポーターも、タケルとオーキーの鍛錬が始まると完全に沈黙してしまった。
そこで繰り広げられているのは、レベル700超同士の男たちの壮烈な肉弾戦だったのである。
よく『血の滲むような努力』とか言われるが、これはとてもそのような生易しいものではなかった。
レベル700超えなどというヒューマノイドは、銀河宇宙広しと雖も他には誰もいないだろう。
その超強者たちが血飛沫を上げながら本気で殴り、蹴り合っているのである。
レポーターは恐ろしさに震えが止まらなくなった。
もちろん肉がひしゃげる音、骨が砕ける音も立て続けに聞こえて来る。
だが男たちは戦闘を止めないのだ。
折れた腕で平然と殴りかかっていくのである。
(もっとも、もうタケルにもオーキーにも『痛覚超低減』のスキルが生えて来ているので、本人たちはあまり痛くないのであるが……)
やがてタケルかオーク族のHPが尽きて0になると、タケルは白い光に包まれてその場で復活し、オーク族の戦士はいったん消滅した後にすぐに元通りの姿でリポップしている。
そうして、念のため上級ポーションでさらに回復した後は、すぐにまた戦闘が続いていくのであった。
レポーターは、ただの組手がエスカレートして本気の格闘になってしまったのかとハラハラしていたのだが、2人に声援を送っている観客の様子を見るとどうやらいつものことらしい。
実際に2人は戦闘訓練が終わると親し気になにやら話し合っていた。
どうやら子供たちの様子とか畑の作物の出来などの話題らしい。
(ここにいる人たちは、疑いもなく格闘技銀河ナンバーワン決定戦であろう戦いを毎日観戦出来ているのか……)
銀河人には珍しく格闘技好きのレポーターはそう思った。
さらに彼は、タケル神が半年ほど前(3次元時間)にあの超英雄タケルーの生まれ変わりとして覚醒した時には、レベルが僅か6しか無かったと聞いて仰天している。
それほどまでにタケルーの魂による成長補正効果があったのかとも思っていたが、あのタケルーが今のタケルと同じ生活年齢だった時にはレベルが300だったと聞いてさらに仰天した。
そうして、努力というものの尊さを知って、人知れず涙を流していたのである。
また、別のレポーターはニャジローの魔力鍛錬場に派遣された。
彼は自分の魔力レベルが30もあることを誇りに思っていたのである。
その広大な鍛錬場では、実に5万人近い天使見習いたちが魔石に魔力を充填していた。
(あんな15センチもある魔石に魔力を込めているとは……
もしもあのクラスの魔石を満タンに出来たら、銀河宇宙では80万クレジット(≒8000万円)で売れるぞ……)
それは一般人が一生をかけて充填し、子孫への相続に充てるレベルの魔石だったのである。
もちろん彼が限界ギリギリまで魔力を込めても、魔石の色はほとんど変わっていない。
だが、監督官のニャジロー初級天使が魔力を込めると、透明だった魔石がみるみる濃い灰色になるのである。
周囲の天使見習いたちからは歓声と拍手が沸き起こっていた。
そこにタケル神がやって来た。
どうやら彼も魔力鍛錬を兼ねて毎日魔力充填を行っているらしい。
そして……
タケル神が空の魔石に手を置いて力を込めると、数秒でその魔石が真っ黒になるのである。
レポーターの口が開いた。
彼も半年ほど前にタケル神があの超英雄タケルーの生まれ変わりとして覚醒したときには、魔法レベルは僅かに5だったことを聞いていたのである。
タケル神は魔力回復ポーションを飲むと、次々に魔石に魔力を充填している。
時折ふらついているのは、魔力枯渇によるものだろう。
そうしてタケル神は、1時間ほどの鍛錬で15センチ級魔石を6個も満タンにしてしまったのである。
そうして満タンにされた魔石は、ドローンたちによって今度は神力充填所に運ばれていた。
そこには半裸の男たちが500人ほどもいて、雄叫びを上げながら魔石の魔力を吸収し、それを神力に変換してから神石に充填していたのだ。
(神界救済部門は、銀河の神界認定世界全てに恒星間転移装置を配置して物資を集めようとしているそうだが……
それに必要な6000万個もの神石はこうやって作られていたのか……
これでは、とてもではないが、転移装置の分配を催促するわけにはいかないな……)
彼も天使や神の努力を思って静かに涙を流したのであった……
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銀河連盟報道部門の番組が配信されようとしていた。
番組の題名はシンプルに『神界救済部門』である。
配信第1回は、神界に救済部門が創設されたこと、その準備内容の全般的な紹介だった。
ナレーターの抑えた口調による淡々とした紹介映像である。
だが、そこに映っているものはどれもこれも銀河人の度肝を抜くものだったのだ。
1か所に集積された工場施設としては疑いも無く銀河宇宙最大の工場群。
その見渡す限り並ぶ大工場が作り出している膨大な種類と数の救済機器。
既に集積されている100億人の数年分の食料。
現在も銀河宇宙から川の流れのように続々と届けられている食材群。
さらに神界救済部門が銀河宇宙に発注した機器の種類と数量、そしてその価格が紹介された。
その総注文に投下された資金額は、1000兆クレジットのさらに3億倍、銀河の標準的恒星系政府予算の実に1000億年分であった。
しかも代金総額の半分は支払いが終わり、残りも銀河連盟銀行の支払い準備預金にプールされているというのである。
この時点で初回僅か10兆人ほどであった視聴者は大硬直した。
食事中だった者は手を止めて料理が冷めるにまかせ、酒を飲んでいた者はその酔いが吹き飛んでいる。
そうしてそのまま喰い入るように画面を見続けたのであった。
メインコメンテーターは、その後まず救済部門の喫緊の目標について解説を始めた。
その目標とは、銀河宇宙最凶最悪の自然災害である超新星爆発の発生に際し、全ての生命にとって最大の脅威である超高エネルギーガンマ線を、重層次元空間に転移させてしまおうという壮大な計画だったのである。
その転移実験の映像が紹介されると、視聴者たちはさらに凍り付いた。
もしかしたら、ひょっとして、もう我々は避難も移住もしなくとも済むようになるのではなかろうか。
そして、救済部門は神界認定世界だけではなく、すべての生命発生世界をあの大災厄から救おうというのである。
多くの視聴者が涙を流し始めた。
神はこれほどまでに銀河の生命を慈しんでくれていたのである。
(銀河市民はE階梯が高いためにこうした無私の善にはすぐ感動する。
これが地球ならば『そんなにカネがあるなら俺に1億円貸してくれよ!』と思う者が8割を超えるだろう。
各国の為政者も、如何に借款を引き出してその半分を自分の資産として着服するか、如何に説得、脅迫、もしくは軍事的恫喝によって資金をせびるかを真剣に検討するだろう。
また、寄付を強要する者や投資勧誘をする怪しげな連中が数百万人は集まって来ると思われる。
中には自分が主宰する新興宗教に帰依させて寄付金を毟り取ることまで試みる者まで出てくるだろう(相手は神界なのに……)
E階梯の差というものは、それほどまでに大きいのだ)
その壮大な計画のためには直径5万キロや2万キロもの転移結界を展開可能な装置が必要であり、万が一の事故を防止するために、被害想定惑星には100億人を収容可能な直径1000キロ級の人工惑星が貸与されるそうである。
しかもその人工惑星は50基も建造予定であり、既に4基が完成しているとのことだった。
もちろん救済部門の救済計画は超新星爆発対策だけではない。
地軸の移動、氷河期の到来、海面上昇と下降、大規模火山活動、旱魃。
ありとあらゆる災厄に対して、その救済手段を準備しているというのである。
もちろんそれら救済機器の製造には超膨大な量の資源が必要になるだろう。
そのせいで銀河宇宙の資源価格をさらに高騰させてしまうのは本末転倒だと考えた救済部門幹部は、なんと独自の資源開発方法までをも創り出してしまったというのである。
この手法は『資源抽出』と呼ばれており、その詳細は伏せられているものの、必要魔法レベルは最低でも600、さらには神界の神にしか許されていない神法という能力も必要になるとのことだった。
あの5万年前の銀河の超英雄タケルーの生まれ変わりであるタケル神は、この境地を目指して超人的な努力を重ね、今では疑いも無く銀河最強であろう総合レベル700に到達しているそうである。
それに必要だった期間は、生活年齢で僅か20年ほどであったと聞けば、その努力が如何に凄まじいものだったかはお分かりいただけるだろう。




