*** 74 避難用人工惑星 ***
そのホールは直径が30キロほどもある広大な空間だった。
空間内にはやはり短距離転移装置が無数に置かれて何重もの輪を形成している。
「ここは先ほどの住民収容用転移装置の対になる転移装置と、この人工惑星の居住空間への転移装置が並んでいます。
それぞれ10万基ずつありますね。
ですからこのようなホールがあと10か所用意されていまして、住民の方々にはここから各居住棟に分散して頂く予定です」
見学者たちがまたしても硬直している。
犬人族と猫人族のしっぽは膨らみっぱなしになった。
「念のため皆さまには地表で転移装置に搭乗して頂く際に、認識票や居住区ナンバーを記したタグを配布させて頂きますので、迷った際にも案内ドローンが対処させていただきます。
案内ドローンは5000万体ほどおりますのでご安心ください。
それでは我々は視察用円盤に乗ったまま各居住区に視察に行きましょう。
まずは最表層のリラクゼーション区画からですね」
そのリラクゼーション区画に転移した一行は心底驚いた。
そこには山や川や森に加えて海までもがあったからである。
天井には人工太陽があり、天井部分にはバーチャルな青空が広がっていた。
「この区画には居住棟がありません。
単に皆さんに解放感を味わって頂くだけの空間です。
その代りレストランやコテージ、ロッジなどは大量にありますが。
また、天井のバーチャルスクリーンは夜になると星空を映し出します」
((( ………… )))
「それでは海岸沿いに行ってみましょう」
その海には穏やかながら波まで出ていた。
沖合にある造波装置の仕事である。
波打ち際から50メートルほど離れた区画には、無数のレストランもあった。
「因みにあのレストラン街での飲食は全て無料になっています」
((( …………………… )))
「被害惑星の近傍には、ガンマ線が到来する半年ほど前からこの人工惑星を配置しましょう。
その後、当該惑星のマスコミの方をお招きして惑星施設の紹介番組を作って貰いたいと思っています。
実際に避難入居が始まるのはガンマ線到達の3か月ほど前からにいたしますか。
それまでに現地マスコミの方々に十分な紹介を行って頂きたいですね。
それでは第2層の公共フロアに参りましょう」
その階層にあったのは、政府庁舎、官庁街、病院施設、各種学校街、図書館、スタジアム、体育館、室内プール、公園、コンサートホール、ショッピングモール、レストランその他の公共施設だった。
それぞれが1か所ずつではなく、500のブロックに分かれて無数に存在している。
なにせ直径1000キロの球体と言えば、その表面積は日本の面積の8倍を超えるのだ。
この人工惑星は各フロアの高さが約500メートルとなっていて、中心部の工場・倉庫区画を除けば900のフロアがある。
これらの総面積は14億2700万平方キロ、つまり地球の表面積の2.8倍もあり、陸地面積だけを比較すれば10倍近いのである。
その短期避難用建造物の定員が100億人とは、タケルも随分と余裕を見込んだものである。
詰め込めば10倍の1000億人でも余裕で入るだろう。
フロアの高さを250メートルにすれば2000億人である。
「ご覧のように、このフロアにあるのは公共施設ばかりです。
ここのレストランも無料です。
残念ながらショッピングモールの各種商品は有料ですが。
それでは居住区に参りましょう」
その階層には100階建ての高層建築物が見渡す限り整然と並んでいた。
ただし、建蔽率は20%しか無いのでかなりの開放感がある。
「それでは円盤を降りて頂けますでしょうか。
実際の居住区をご視察頂きたいと思います」
その高層建築の1階は全て短距離転移装置が設置されていた。
「ご覧の通りこの建物にはエレベーターがございません。
100階建てともなるとエレベーターは空間の無駄ですからね。
各階の移動は全て転移装置で行って頂きます」
(ここにある転移装置だけでいったいいくらになるのだろう……)
誰もがそう思っていた。
銀河宇宙でも転移装置はかなり高価である。
彼らはまだ救済部門が転移装置を自作出来ることを知らない。
その1階フロアにはコンシェルジェ・ドローンが待機していて、住民の要望や質問に答えてくれるそうである。
「それでは実際の住居内をご視察ください。
単身者用住宅の広さは80平方メートル、2人世帯用は150平方メートル、4人家族用は240平方メートルの広さがあります」
(我が家よりも遥かに広いではないか……)
多くの銀河人がそう思って心の中でため息を吐いていた。
銀河連盟加盟星ともなると、都市部の土地代金はそれなりに高い。
実際にこの緊急避難用惑星が稼働し始めると、ガンマ線の脅威が去った後に母惑星の自宅に帰った際には、ほとんどの住民がため息を吐くことになる。
その住居内には、家具、各種魔道具、寝具、料理器具など全てが揃っていた。
掃除に関しては、クリーンの魔道具があるのでボタンに触れるだけで住居内が綺麗になるだろう。
半分だけ楽しみに取っておいたおやつがお掃除されてしまって、泣きだす子供もいるかもしれないが……
また、万が一の火災の際などには、ミニAIが救助ドローン1個中隊を出動させて住民を転移させると共に、火元に続々と消火剤を転移させる手筈になっている。
「如何でしたでしょうか皆さま。
いくら短期避難用施設とはいえ、些か狭いことをお詫び申し上げます」
「い、いえいえいえいえ!
これだけの広さがあれば、十分でございます!」
どうやらタケルは生まれた時からつい最近まで、敷地面積1万平方メートル、建物総床面積3300平方メートルの邸に家族3人で住んでいたために、この程度の家では相当に狭く感じるらしい。
なにしろ実家は、ダイニングから50畳の自室に行くまでに、60メートルも歩かなければならない建物なのだ。
子供の頃に近所のお友達と家の中でかくれんぼをして遊んだことがあったが、鬼が誰一人見つけられずに泣き出してしまったのですぐ止めたほどである。
隠れた場所で寝てしまった子がいたため、臨時捜索隊が組織されてしまった家なのだ。
何しろ広い廊下の総延長が800メートルを超え、部屋の総数が32もある邸なのであった。
(32SSSLLDK+トイレ8つ+風呂4つ+中庭3つ+講堂1つ+駐車場20台分)
この家で猫など飼ったら、迷った猫が5日で餓死しかねない恐るべき家なのである。
タケルくん……
これ絶対に誰にも言わない方がいいと思うよ……
「さて、それではみなさんそろそろお疲れでしょう。
本日宿泊して頂くホテルに行ってしばらくご休息を取って頂いた後に、歓迎の晩餐会にご招待させていただきたいと考えております」
「あ、ありがとうございます……」
歓迎晩餐会はセミ・リゾート惑星のメインホテル迎賓の間で行われた。
そこにはエリザベートも出席してくれている。
銀河連盟親善訪問団の皆は、エリザベートの白く輝く3対6枚の神威の翼を見て大硬直していた。
銀河連盟の最高幹部たちと雖も、滅多に上級神には会えないらしい。
一通りの挨拶と歓迎の辞、感謝の辞が終わると早速乾杯が行われて晩餐会が始まった。
もちろん料理を作ったのはミランダの最上級調理ドローンとその配下の1個小隊のドローンたちであり、料理の内容も銀河の一般的な最上級晩餐会メニューである。
だがしかし、タケルのアイデアで若干の改良が為されていたのだ。
猫人族のお客さまのスープには『ちゅ〇る』が加えられている。
そのお客さまは、ひとくちスープを飲むと目がまん丸になり、その後は夢中で飲んでいた。
タキシードを着たウエイタードローンが静かに近づいて来て、『もしよろしければスープをもう一皿如何ですか』と話しかけている。
ほとんどの猫人たちがお代わりをしていた。
一方でヒト族のお客さま用のスープは、あの武者ラーメンのスープを若干アレンジしたものであり、こちらもお代わりが相次いでいる。
また、犬人族のお客さまのスープに浮かんでいたのはクルトンの代わりのカリカリであった。
それを一口食べた犬人族も目がまん丸になり、カリカリだけお代わりをしていたようだ。
こうして、銀河連盟の親善視察団を歓迎する晩餐会は、大成功のうちに終了したのである……
翌日、午前中の会談で銀河連盟最高評議会議長閣下が切り出した。
「タケル神さま、今回の親善訪問はおかげさまでたいへんに有意義であったと確信しております。
我々一同、この上は連盟評議会でもタケル神さまの方針を徹底的に説明し、早急に賛成の議決を採りたいと考えます」
「ありがとうございます。
深く御礼申し上げます」
「それでですね、誠に恐縮なお願いが2つあるのです」
「お聞かせくださいませ」
「我らはタケル神さまの行動指針に十分に納得致しました」
その場の重鎮たちが深く頷いている。
「ですが総勢500人おります連盟最高評議会のメンバーにも、このご神域とタケル神さまのご偉業を見せてやりたいのです。
もちろん今回のような歓迎は必要ございません。
案内用ドローンをつけて頂ければ充分でございますので、どうかお願い出来ませんでしょうか」
「畏まりました。
秘書AI経由でご連絡いただければ、いつでも何度でも歓迎させて頂きます」
「あ、ありがとうございます……
もう一つのお願いは、銀河連盟の報道部を受け入れて頂けないかということなのです。
評議員たちにタケル神さまのご意思を知らしむるばかりでなく、銀河世界の民にも教えてやりたいと思いまして」
「それも願っても無いことですね。
滞在先には同じホテルをご用意出来ますのでいつでも何人でもどうぞ」
「重ねてありがとうございます……」




