*** 7 記憶移植 ***
惑星ミランダでの歓迎っぷりも母さんの言ったとおりだったよ。
母さんは終始ドヤ顔だったけど。
そりゃまあ大英雄の生まれ変わりを生んだ王家の姫ってことだから、ドヤ顔も仕方ないんだろうけどさ。
でもまだ地球は銀河連盟に加盟してないし、銀河ネットにも繋がっていないから、俺は地球でなら静かに暮らせそうだな。
銀河ネットワークの放送クルーが密かに地球に常駐する話も断ってくれたみたいだし。
「ところで今でも銀河連盟合同防衛軍って地球にいるのかな」
「ふふ、なにしろもうあなたが生まれているからね、
防衛駐留軍も大幅に増派されて、1個大隊4000人も駐留してるのよ」
「ええっ!
そ、そんなのよく見つからなかったね!」
「3.001次元空間に駐留してるからね。
今の地球の科学力では絶対に見つけられないわ」
「そ、そうだったんだ……」
「それに我々が住む市にも、連盟軍の防衛エージェントが300人ほど潜んで普通の地球人として暮らしているしね」
「えええっ!」
「まあお前が前世の記憶と能力を取り戻して、私たちが銀河世界に帰ったとしたら、地球の防衛体制は大幅に削減されるだろうが。
それに、お前が生まれる前から、私たちにはエリザベートさまの最強最大の防御魔法がかかっているしな。
銃弾どころかミサイルの直撃を受けても傷ひとつつかんぞ。
それに加えて地球の全ての軍事組織や反社会的組織には、連盟軍のエージェントピコマシンが浸透していて、私たちに危害が加わりそうになれば、即座にジョセフィーヌさまの神域に転移させてもらえる体制も整っているんだ」
「ピコマシン?」
「ナノメートルマシンのナノは10億分の1メートルのことだけど、その大きさだと地球人に解析されると存在がわかってしまうかもしれないでしょ。
だからそのさらに1000分の1の大きさ、つまり1兆分の1メートルの単位で作られた銀河宇宙でも最新鋭のマシンよ。
それがあなたの行動範囲だけでも10兆個ほど配備されてるの」
「銀河連盟は俺のために随分と資金も人員も使ってくれてるんだね……」
「ふふ、前世のあなたが直接に救った銀河人は210億人、間接的に救ったのは81兆人。
これは銀河ギ〇スブックにも載ってる銀河史上断トツ最高の大偉業だもの。
倫理度の高い銀河人たちは重大な恩義を決して忘れないのよ」
(銀河ギ〇スブック……あるんだ……)
「それだけの恩義を今世で返すのはたいへんだなぁ」
「あら、彼らはあなたの前世の恩に感謝してやっているのだもの。
今世の業績に期待しているわけではないわ。
もちろん何にもせずに静かに地球人として暮らしていても、誰も文句は言わないわよ。
まあ銀河のあちこちの世界から行幸依頼は来るでしょうけど」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それではいよいよタケルに5万年前の使徒タケルーさまの精神記憶と肉体記憶を移植するかにゃ。
その前ににゃにか質問はあるかにゃ?」
「あの、それはわたしの人格がタケルーさんと入れ替わるっていうことですか?」
「それは違うにゃ。
あくまで記憶を取り戻すだけにゃよ。
まあ言ってみれば昔の記憶を思い出すようなものにゃ」
「安心しました。
でもちょっと不思議なんですけど、タケルーさんって5万年前にやらかしてすぐ死んじゃったんですよね。
よくそんな記憶とか残されていましたね」
「ふふふ、当時のタケルーさまは、平常時の総合レベル1250、戦闘レベル1200で魔法レベルは実に1300もあったんにゃ」
「……」
「いずれも、銀河の知的生命体居住1億2000万恒星系、当時の全人口約24京人の中でダントツ最高峰の能力にゃ」
「す、すげぇ……」
「にゃから、銀河連盟大学理学部の中に『タケルー学科』が作られて、みんにゃでタケルーさまの肉体や精神の研究をしてたのにゃぁ」
(なんだよその学科……)
「その大学には詳細にゃ記録があったし、5万年の間にはそうした記憶を生まれ変わりに移植する技術も進歩したんにゃよ」
「そ、そうだったんですね」
「もちろん蘇るのは記憶だけで、レベルや能力は変わらにゃいけどにゃ。
でもその後のトレーニングでレベルを上げたり能力を得る効率は格段に上がることが立証されてるにゃ」
「その記憶を他のひとに移植すると能力上昇効率は上がるんですか?」
「その効果を期待して研究が為されていたんにゃけど……
でも残念にゃがらレベルアップに影響を及ぼすほどの記憶は、魂と密接に結びついていることが明らかになったんにゃ。
にゃから本人の死後、輪廻転生した肉体には効果があるけど、他人にはそれほど効果は無いんにゃよ」
「なるほど」
「中には何度も輪廻を繰り返してレベルを上げていった人もいたけどにゃ。
記憶の記録や移植にはかなりのコストがかかるから、それほどまでには広まっていないのにゃ。
それに10回も輪廻と移植を繰り返しても、タケルーさまの至ったレベルには遥かに及んでいないしにゃ。
タケルーさまが如何にしてあそこまでレベルを上げられたのかは、いまだに大いなる謎にゃのにゃぁ」
「そうだったんですね……
あ、それから、エリザベートさまってあれほどタケルーさんの生まれ変わりに会うのを楽しみにされていましたよね。
でもなんで私が15歳になるまで待たれていたんでしょうか」
「もちろんタケルが生まれてすぐ、エリザベートさまは地球に行かれたにゃ。
そうして生まれたばかりのタケルを抱いて1日中泣いていらしたにゃよ」
「そうだったんですね……」
「それに脳容積の問題もあったにゃ」
「?」
「タケルは確かにタケルーさまの生まれ変わりにゃけど、まだ記憶を移植されたわけではないにゃ。
でも記憶移植には移植される側の脳の容積も必要になるんにゃよ」
「なるほど。
小さな子供の脳に大人の記憶を移植してもオーバーフローするかもしれませんもんね」
「その線引きが銀河標準年齢で16歳、地球年齢で約15歳っていうことだったんにゃ。
でもエリザベートさまは毎日のように映像でタケルの成長は見ていたにゃ。
そしてまた会える日を楽しみにされていたんにゃよ。
それに数千万年もの寿命がある上級神さまにとって、15年待つことにゃんてなんともにゃいからにゃぁ」
「そうだったんですね……」
(だから予め俺の脳の記憶野に拡大措置が為されていたのか……)
「それじゃあそろそろ始めてもいいかにゃ。
移植とその後の順応措置にはほぼ24時間かかるにゃよ」
「よろしくお願いします」
記憶移植用の部屋には白衣を着た大勢の猫人たちがいた。
彼らが一斉にタケルに跪いて挨拶した後、タケルは中央に置かれたコクーンに入る。
暫くするとタケルの意識はゆっくりと落ちていった。
タケルが目を覚ますとそこは普通の病室だった。
目の前にはニャルーン首席補佐官がいる。
「ご気分は如何ですかにゃタケルーさま」
「そ、そんなニャルーンさん、タケルーさまとか言わずにタケルと呼び捨てで結構ですってば」
「いえいえ、何と言ってもタケルーさまは銀河の超英雄。
加えて上級神さまの元首席使徒兼上級天使さまで、わたくしの大先輩でもあらせられますにゃ。
最上級の敬意を払わせていただくのは当然のことですにゃよ」
「そ、そうなんですか……」
「ところで5万年前の記憶は如何ですかにゃ」
「うん、言われてた通り、たくさんの昔の記憶が蘇って来たみたいなカンジだね。
体の動かし方や魔法の使い方も含めて。
でもたぶん俺本人の人格はそんなに影響を受けていないと思うよ」
「それは元々の魂が同じせいで、人格そのものも似てるからだろうですにゃぁ。
でも顔つきはけっこう変わられましたにゃ。
なんかすごーく精悍な顔になっていらっしゃいますにゃよ」
「そ、そう?」
「それじゃあ応接室へ参りましょうかにゃ。
エリザベートさまやそのご子息さまたちがお待ちですにゃよ」
「うん」