*** 69 逮捕者続出 ***
セミ・リゾート惑星のホテルにて。
「なんだと! 神専用のフロアは無いと申すか!」
「はい、当ホテルには神さま方専用のフロアはございません」
「なんという不敬なホテルだ!
それでは特別に神殿滞在で許してやる!
直ちに神専用神殿に案内せよ!」
「あの、この神域には神殿もございませんし、神さま専用の居住区もございませんが……」
「こ、ここな無礼者めがぁっ!
ええぃ、キサマのような下賤者では話にならん!
ホテルの責任者を出せぃっ!
さもなくばお前を不敬罪で処罰するぞぉっ!」
しゅん。
クレーマーが消えた。
ホテルのフロントマンは大きくため息を吐いている。
(やれやれ、これで今日は5人目だ。
それにしてもどうしてこう神には傲慢な者が多いんだろうかねぇ……)
クレーマー神は一瞬にして狭い部屋に転移させられていた。
部屋の中には簡易ベッドとトイレしか無く、部屋の一面は鉄格子で覆われている。
「な、なんだここは!」
壁のスクリーンに映っている男が口を開いた。
「ここは神界簡易裁判所の留置場です。
あなたは神界最高神政務庁通達違反の疑いで現行犯逮捕されました。
現在量刑についての審議が行われていますので5日ほどお待ちください。
念のため申し添えますが、その独房には転移阻害措置が為されていますので、転移魔法で逃げることは出来ません」
「な、なんだと!
いったい何が違反だったというのだ!」
「それすらもわかりませんか……
いまの発言は証拠として記録されます」
「ぐうぅっ!」
「それでは5日後に法廷でお会いしましょう」
「ま、待てっ!
お、俺は上級神会議常任委員の嫡孫だぞ!
その俺にこのような不当な仕打ちをするのなら、お前こそ神界刑務所に落としてやるっ!」
だがしかし、スクリーンは消えたままだったのである。
5日後。
「被告人、中級神バスラン・シュトームゲルン、起立しなさい」
「な、なんだと! キサマ、シュトームゲルン一族嫡孫の俺に命令しようと言うのかっ!」
「裁判長の起立指示に従えない場合は法廷侮辱罪に問われます」
「な……」
「警備ドローン、この者を留置場に移送しなさい」
「はっ」
「ま、待てっ!
た、立てばいいんだろ立てば!」
「それでは罪状を読み上げます。
被告人バスラン・シュトームゲルンは5日前、タケル神の神域内に於いて、自分が神であると公言した上で銀河人を不敬罪で処罰すると脅迫しました。
よって最高神政務庁通達違反の罪に問われています。
罪状を認めますか」
「な、なんだと!
どこにそんな通達があるというのだ!」
「あなたはタケル神の神域に於いて休暇を申請した際に、その通達を目にしているはずです。
加えて了承のサインもしていますね」
「あ、あれはあの銀河ヒューマノイド上がりの下賤なタケルとやらが、勝手に書いた注意書きではなかったのか!
そ、そんなものは無効である!」
「いえ、あの神域内ルールは確かにタケル神が作ったものですが、それを承認して通達まで出されたのは最高神さまです。
あなたはそれに公然と反する行動を取られたのですよ」
「な……」
「それでは判決を言い渡します。
あなたは2階級降格とし、上級天使となります。
また、今後1000年間神界の公職に就くことは禁止されます。
もしこの判決に不服があれば、最高神政務庁に申し出てください。
ただし、念のため申し添えますが、あなたと同じ罪を犯した方は既に1530人もいます。
そのほとんどの方が最高神政務庁に不服を申し出ましたが、反省の色が無いという最高神さまのご判断で、全員がさらに2階級の降格になっています」
「!!!!」
「あなたの場合はさらに2階級降格すると初級天使になってしまいますが、それでもよろしければ不服申し立てを行ってください」
「あ、あぅ……」
「なぁおい、あのホテルとやらって銀河人たちと同じ建物なんだろ」
「ったくフザけてやがるよな、なんで俺たち神ともあろう者が、下賤な銀河人共なんかと同じホテルに泊まらなきゃなんねぇんだよ」
「居住区の神殿に泊めろって言っても、そんなものはねぇって言うしな」
「お、なんだあれ、あの湖の脇にあるのって邸じゃねぇか?」
「なんだよなんだよ、ちゃーんと俺たちみたいな神用の建物だってあるじゃねぇかよ」
「今日はあそこに泊まるか」
「お、なんか入り口に鍵がかかってるぞ」
「はは、こんな扉、俺様の火魔法でぶち壊してくれるわ」
どどーん!
「はは、ザマァみろ」
「おいそこのドローン、俺たちに酒とつまみを持って来い」
「お断りします。
あなた方はマスターとして登録されていません」
「なんだとこの野郎っ!
お前もぶち壊してやる!」
どがーん!
「お、酒があったぞ」
「ツマミは…… なんかハムぐらいしか無ぇか」
「まあいい、酒でも飲まねぇとやってられんな」
そして、3人の若い神たちは、泥酔しているところを逮捕されて神界裁判所に移送されたのであった。
「被告たちの罪は現住建造物不法侵入、並びに器物破損と窃盗行為になります。
なにか申し開きがありますか」
「なんでぇなんでぇ、どうせあのチンケな家はあのタケルとかいうナマイキな銀河人のもんだろ!」
「そんな下賤な奴の家ぇぶっ壊して、何で俺たち神界生まれの神が罰せられるんだよ!」
「そもそも、俺たちを銀河野郎共と同じホテルに泊まらせようとしたあのタケルが悪いんだろうによ!」
「あなた方の罪には神界最高神政務庁の通達違反も加わっています。
よって、天使見習いへの降格を命じます」
「なんだとコラ!」
「俺たちの祖父は神界総務部門の副部門長だぞ!」
「最高神政務庁に訴え出てお前こそ天使見習いに降格させてやる!」
裁判官はため息を吐いた。
「最高神政務庁に訴え出られるのは止めておいた方がいいでしょうね」
「なんだよ! もうビビっちまったのかよ!」
「あなた方はあの建物がどなたさまの別邸なのか知らないのですか?」
「はん! どうせあの下賤なタケルとかいう野郎のもんだろうに!」
「確かに所有権はタケル神にありますが、あの邸は最高神さまがお使いになられている別邸でした」
「「「 !!! 」」」
「そして、あなた方が飲んでしまわれたあの酒は、最高神さまご自身がお買い求めになられ、休暇の度に楽しみにお飲みになられていた酒だったのですよ」
「「「 !!!!!! 」」」
「そうそう、最高神さまからの伝言があります。
『終身刑にならなかっただけ有難く思え!』だそうです」
「「「 あ、あぅ…… 」」」
こうして、休暇でタケルの神域を訪れた神々の内、当初僅か1か月でおよそ5000人が罪に問われて何らかの処分を受けたのである。
そして、そのうちの実に95%がヒト族系の神であったのだ。
タケルが予想した通り、この休暇制度の試みは神界からE階梯の低い者を排除することになっていたようだが、このヒト族系神の酷さには最高神さまも頭を抱えているらしい。
神界の幼児教育、初等教育改革の結果はさらに悲惨なものだった。
現役の初等学校教師、教員希望者のうち、誰一人として銀河教育大学の幼児・幼年教育の学位を取得出来なかったのである。
学力が足りずに入学試験すら通れなかった者も多かったようだ。
再び頭を抱えた最高神は、神界文部部門を解体して臨時に人事部門の管轄とした。
そうして、教諭教員の全員を学位取得まで停職処分とし、銀河教育大学に依頼して神界の幼児幼年学校の教育制度を銀河宇宙と同じく通常はWeb授業、週に数回は集団授業という体制にしたのである。
もちろん幼児生徒の年齢が下になるほど集団授業は多くなる。
そうしてタケル配下の天使見習いやその家族のうちの有資格者に依頼し、大勢の幼稚園教諭と幼年学校教師を雇い入れたのであった。
自分が取得出来なかった教諭・教員資格を持っている銀河人がいるという事実に、神界の教師たちはある者は激怒して文句を吐きまくり、またある者は茫然としていたそうである。
神格と学力には何の相関も無かったのであった……
だがもちろん、自分の子が天使見習いや一般銀河人教師に教育を受けるなどということに反発する親は多かった。
そして自らの子弟を退学させて自宅で家庭教師の下で教育を受けさせようとしたのである。
そうした行動を取った親の90%はやはりヒト族系であった。
彼らはヒエラルキーが上位の者が下位の者に教えを受けるということを理解出来なかったらしい。
これを予期していた最高神閣下は、自主退学者が一通り出た後は、なんと毎日のように幼稚園や幼年学校を訪れ、1時間や2時間と短い時間ながら教員補助の仕事をされたのである。
もちろん給食も子供たちと一緒に食べていた。
子供たちを前にニコニコ微笑んでいらっしゃるお姿は、神界広報部も頻繁にそのメディアで紹介している。
どうも最高神閣下は、タケルの提言を信じ、神界改革の重要な柱の1つは幼児・幼年教育にあると思われているようだ。
こうして、子供を退学させて自宅で学習させていた親たちは、雪崩をうって子弟を学校に再入学させることになったのである。
就職や昇格に於いて縁故が重視されていた神界では、最高神さまに面識を得るなどということはこの上なく重要なことだったからである。
ただし、再入学を許されたのは以前の学校ではなく、『再入学教育学校』と呼ばれた施設であり、もちろん最高神さまの来訪も無かった。
このため、やはり親たちは下賤なる一般銀河人に我が子が授業を受けていることが我慢出来ず、3か月もするとまたもや『再入学教育学校』の自主退学者が相次いだ。
するとやはり最高神さまが『再入学教育学校』を訪れるようになり、親たちは再びパニックになった上でその子弟を『再々入学教育学校』に入学させたのである。
こうした一連の騒動の中で、神界人事部門は入退学を繰り返す幼児児童生徒たちとその親たちのE階梯を詳細鑑定していった。
もちろん元の教育学校の幼児児童生徒とその親たちも。
その調査研究の結果、『教育学校』『再入学教育学校』『再々入学教育学校』の順に、親たちにはかなりはっきりしたE階梯の差異が見られたのである。
やはり、再の字が多くなるほどヒト族系の神が増えていき、E階梯も低くなっていくのだ。
幼児児童生徒たちのE階梯は、親と同様の傾向が見られるものの、親ほどのはっきりした傾向は無かった。
これは、E階梯の高さが遺伝によるものではなく、直系尊属や親戚など子供たちの成育環境の影響が大きいからだと考えられている。
親のE階梯が低くとも子のE階梯が高かった場合には、学校を通じて人事部門からの推薦により、子供たちには元の『教育学校』への編入が推奨されるようになっていた。




