*** 66 とんでもないアイデア ***
タケルは会議場を出てから3柱の神たちを振り返った。
「ということで、みなさんよろしければいつでもこの神域にご来訪下さい。
特にわたしや秘書AIに連絡の必要もございません。
また、新たな諮問会議メンバーとして、あのブレーンストーミングに加わっても面白いのではないでしょうか」
前最高神さまと次期最高神さまはこの視察に大変な感銘を受けた様子で、タケルに大いに礼を言った後に帰っていった。
そしてエリザベートは……
「のうタケルや、妾はこの神域に引っ越して来ようと思う。
もちろん今の神殿の従業員たちも全員連れての」
「!!!」
「そうして生まれて来る子供たちをあの幼稚園とやらに通わせてやりたいのだ」
「なるほど、それはいいお考えですね」
「だからそなたもあの別荘に住んではくれんか♡」
「は、はい」
「ありがとうの♡
そしてジョセフィーヌも宙域担当を辞任させてこの神域に住まわせようと思うのだ。
もちろん今のスタッフたちも一緒にな」
「えっ……」
「そうして銀河の高等教育を受けさせて、一人前の神にしてやりたいのだよ……」
「それも素晴らしいお考えだと思います」
「それからの、そなたにお願いばかりしていて申し訳ないのだが、妾やセバスの曾孫たちもあの幼稚園に通わせてやりたいと思うのだ。
その他の従業員の子供たちも。
あの幼児期の集団教育とはE階梯上昇に素晴らしい効果がありそうだからの」
「了解しました。
あ、ですが子供たちやその両親の住まいはどうしましょうか。
この別荘の周辺に住宅群でも作りますか?」
「いや、この人工惑星の3階層以降は住宅スペースになっておったろう。
そこで構わん」
「それでは天使見習いやその家族たちと同じ街に住むことになってしまいますが……」
「それも構わん。
というよりもむしろそうして欲しいのだ。
神だからという特権階級意識を捨て去ることは、今後の神界改革の第一歩となるだろうからの」
「了解しました。
それでは希望される方々はすべて受け入れさせて頂きたいと思います」
「ありがとうの♪」
その後、タケルの神域内神石充填所では、前最高神さまが神石に神力を充填している姿が頻繁に見られるようになり、土木部門からの出向者を大困惑させていた……
もちろん前最高神さまも大勢の曾孫や玄孫や昆孫とその両親を引き連れて、セミ・リゾート惑星の一般居住区に移住して来ている。
そうして幼児たちを全員幼稚園に入園させたのであった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
また或る日、ニャサブローは元上級技術者や大学の元物理学教授などで構成される諮問会議技術分科会に出席していた。
このうちの元大学教授は空間転移理論の権威とされている人物である。
「あにょ、今日はみにゃさまにお願いがございまして参加させて頂いております」
「ほう! 是非お聞かせ下され」
「実はタケルさまがまたとんでもないアイデアを持ち出されまして、みにゃさまにそのアイデアが理論的技術的に可能か否か、もし可能であれば何を準備すればいいかをご検討願えないかと仰せにゃのです」
技術や物理学理論のプロたちの目が輝いた。
「あのタケルさまの新アイデアですかぁ」
「それは楽しみですなぁ」
「あの転移結界装置を大型化させて超新星爆発のガンマ線被害を防ぐというアイデア。
あれには心底感動致しましたからの」
「しかもあっという間に実験機まで完成されるとは」
「して、今度は如何なるアイデアなのですかの」
「あにょですね、やはり恒星間転移装置を搭載した超大型転移結界装置に大型推進機もつけて、精密な航法の下に飛ばそうというもにょなのです……」
「それは何のための装置ですかの」
「まずその装置をある程度の速度で移動させにゃがら転移結界を展開させた上で、恒星と連星系を為す白色矮星の近傍に転移させます。
その後は、慣性で移動するという装置にゃんです。
そうして、超新星爆発予想天体である白色矮星そにょものにぶつけ、銀河系の外に転移させてしまおうというアイデアにゃんですよ……」
「「「「 !!!!! 」」」」
会議室に驚愕の静寂が広がった。
なんという壮大なアイデアであろうことか。
超新星爆発の被害を防ぐどころか、その超新星爆発予想天体そのものを排除してしまおうというのだ。
その場のほとんどの者に鳥肌が出ていた。
(もちろん猫人と犬人はしっぽを膨らませている)
「だ、だがしかし、白色矮星のような大重力の天体に近づけば、巨大な転移装置が潮汐力でバラバラに破壊されてしまうのでは……」
「いや…… 転移結界は重力子すら転移させてしまうのだぞ」
「だが、転移結界内で推進機を発動させて、果たして通常空間内で進路を微調整したり出来るものなのか?」
「転移結界装置はなにも球形である必要は無いな。
円盤型の装置を建造して、片面に転移結界を発生させ、反対側の面に搭載した推進器で進路調整すればいいだろう」
「転移結界を展開したまま装置は自ら転移出来るのか?」
「転移結界よりも大きな範囲を指定した自己転移を行えば、理論的には可能だろうな」
「それならば早速円盤型転移結界装置の設計を始めよう。
球形の方が構造的に円盤型よりも強固だが、そこは純粋資源を使うなり、構造を工夫して対処出来るだろう」
「それならこの計画は実現可能か?」
「あの装置は結界を展開しない状態でどれほどの潮汐力に耐えられるのだ?」
「どの程度の白色矮星にどこまで近づくように装置を転移させればよいのだ?」
「そもそもガンマ線を転移させるのと違い、白色矮星のような巨大な物体を転移させられるのか?」
「例えば転移結界が白色矮星を半分呑み込んだ状態だとして、2か所に存在する半球状の白色矮星はどうなるのだ?」
「何を言ってるんだ。
それなら転移装置を通過する人体もおなじだろうに。
いちいち引き裂かれたりはしていないぞ」
「そ、そういえばそうだった、あれは空間同士を繋いでいるのだったな……」
「だが急に連星を失うと、対になって連星を為していた恒星が遠心力で暴走するぞ」
「それならばその暴走方向が銀河平面に対して垂直になるようにするとか、他の恒星系から離れた方向にするとか、転移結界装置の軌道を調整してタイミングを図ればどうにでもなるだろう。
さすがに恒星級の物体を転移させられるほど大型の装置建造は困難だろうし」
「その恒星を巡る惑星上に生命がいたらどうするのだ?」
「いや、そうした惑星は仮に存在したとしても、恒星と白色矮星の2か所からの大重力を受けていたことになる。
そのために軌道が大きく乱されて、遥かな昔に放浪惑星となっていることだろう。
連星系に惑星は存在出来ないのだよ。
仮に存在出来ても彗星のような離心率の大きな軌道を描いていることだろう。
そのような惑星には生命は発生しえないのだ」
「実際に大型転移装置が白色矮星を飲み込み始めたとしよう。
その際には当該宙域にあった白色矮星の重力が急速に減少することになる。
そうすれば、暴走を始めるのは連星を為す恒星だけではなく、転移途中の白色矮星も暴走を始めるぞ」
「仮に恒星と白色矮星の距離が1光月離れていたとして、グラビトンが到達するにも1か月かかるから、恒星暴走は1か月後からか」
「だが、転移途中の白色矮星は自身の質量減少によってすぐに暴走を始めるぞ」
「そのためにも大型転移装置は結構な速度で動いている必要があるか」
「通常の白色矮星では直径はせいぜい1万5000キロだろう。
ならば光速の5%で移動していれば1秒で転移させられるか」
「それでもその1秒間で転移途中の白色矮星の残り部分は暴走を始めるだろうが、それは精密な軌道計算によってなんとか予測可能だろうな」
「暴走恒星の進路をコントロールするには、自走式の重力発生装置やダークエネルギー投射装置が必要になるだろうが、それぞれ何基ぐらい必要だろうか」
「みにゃさん、そういったことこそがタケルさまの疑問点でした。
どうか理論的解析と技術的対策の検討をお願いいたします」
(((( ………………… ))))
またしても沈黙が広がった。
その道のプロ中のプロたちが頭の中で高速で考えを巡らせている。
しばらくしてからまたニャサブローが口を開いた。
「それからですね、仮にその方法で銀河系から白色矮星を排除出来たとします。
タケルさまはそうした白色矮星を2個、銀河系の外縁であり、生命居住惑星から5000光年以上離れたところに転移させて衝突させ、人為的に極超新星爆発を引き起こすことも考えていらっしゃいました」
「「「「 !!!!!!!!!!! 」」」」
「周辺には十分に安全な距離を取った上で大量の転移結界装置を配置し、極超新星爆発のr過程で作られた重金属を捕獲して、そのうちの一部を一か所に集められないかともお考えです。
いわば白色矮星に閉じ込められた素粒子のリサイクルですね」
(((( …………………………… ))))
「さらには多量の星間物質が集まる空間を調査し、将来大質量の太陽が形成されて超新星爆発可能性天体ににゃらにゃいよう、星間物質の多くを転移結界装置で別の場所に集めてしまったらどうかとのアイデアもお持ちでした……
もしそんにゃことが可能であれば、銀河系内の超新星爆発の数はさらに激減するかもしれません」
「「「「 !!!!!!!!!!! 」」」」
「以上のアイデアにつきましても、理論的解析と技術的解決方法の提言をお願い出来ませんでしょうか……」
科学者、技術者たちはしばらく硬直したまま動けなかった。
なんという、なんという発想力だろうか。
この銀河宇宙から超新星爆発現象そのものを排除してしまおうとするとは……
あの男はまさに発想力の怪物と呼ばれるに相応しい存在だったのである。
そして……
もしもこれらのアイデアが実現出来たとすれば、銀河系史上最大、空前にして絶後の作戦に自分も参加出来るかもしれないのである。
これほどまでの大快挙が為せるのならば、あのタケル神さまはいくらでも資金も資源もつぎ込むことだろう。
つまりコスト的な問題は何もないのだ。
後は自分たち科学者と技術者の双肩にかかっているのであり、これは科学者・技術者としての生涯を送って来た自分たちの集大成と言ってよい大事業なのである。
多くの者たちは自然と涙を流していた……




