*** 63 マウント欲求 ***
「それでは僭越ながらわたしの印象を述べさせていただきます。
その前にまずは教えて頂きたいのですが、神界は工業力も農業生産力も持っていないのですよね」
「そうだ」
「それは何故ですか?」
「う……」
前最高神さまもエリザベートも驚いている。
「そのようなことは考えたことも無かったわ……
もはや生れ落ちてより数千万年が経過しようとしておるのにの。
そうさの、遥かな昔の神々は魔素のエネルギーのみで命を繋いでいたそうだ。
神殿も身の回りの質素な品々も魔法や神法で作れたそうだしの」
「でも今は食事も摂っていますし、生活資材も自分で作ってはいませんよね。
それらはどのようにして手に入れているのですか」
「銀河宇宙の神殿に於いて得られた銀河の民の喜捨を集めて、銀河連盟神界対応部より購入しておる。
同様に喜捨を神々に給与として分配し、神界購買部が一括して購入した物品を贖わせておるの」
「その購買部が神界で販売している商品の中に、高級酒や宝飾品などといった高額商品はあるのですか?」
「いや、ごく一般的な品々ばかりだと聞いている」
「ですが、神界調査部が宙域統轄本部の幹部神たちの神殿から押収した物の中には、そうした高額商品が多数見つかったそうですよね」
「うむ、どうやら奴らは宙域担当初級神に命じてその配下の天使たちに現金喜捨を横領させ、そのカネでそうした高級品を買い漁らせていたようだ」
「原理主義者が聞いて呆れますね。
でも、そうした品々は大っぴらに他の神々に見せることは出来なかったはずです。
神界上級神会議に出席するのに宝飾品で着飾っていくわけにはいかないでしょうし、他の神々に見せても出所を疑われるでしょうし。
ですから親族の会合やごく親しい者たちを集めてのパーティーなどでしか宝飾品は使えませんですし、高級酒を味わうことも出来なかったでしょう。
にも拘わらず、喜捨の強要という大罪を犯してまで、それらの高額品を求めたのはなぜなのでしょうか」
「なぜなのか……
わたしには見当もつかん」
「それは『他者よりも優れた物品を手にすることによって、自分は他者より優れていると思いたい』『そうした品を見せることによって、一族内での自分の地位をより確固たるものにしたい』、つまりは『より尊敬されたい』という欲求から来たものでしょう。
もっと平たく言えば自己顕示欲、もしくはマウント欲求ですね」
「マウント?」
「ヒト族はサルから進化しました。
そしてサルには階級を伴った集団に属したいという本能的欲求があるのですよ。
この集団内で階級を巡る争いが起こったときの解決方法は、サルの場合ほとんど威圧か暴力になります。
そうして階級の上下が確認されると、上位のサルは下位のサルの上に乗って押さえつけることがあるのですが、これをマウンティングと言います。
まあ階級の上下を確認する行為ですね。
この発想はサルから進化したヒト族になっても色濃く残っています。
例えばわたしの出身地である地球の日本では、企業という商業集団に於いて、役職という階級が上がるとオフィスの椅子を大きくしてもらえるのです。
サルの場合、通常上位のサルほど体が大きいのですが、まさかヒト族の会社で役職階級が上がっても体が大きくなるわけはありませんよね。
ですから階級が上の者ほど大きな椅子に座るというのは、本能の代わりをする代償行動なのですよ。
よって、
『他人より高級な酒や宝飾品を手に入れて周囲や一族に自慢し、そのことをもって周囲に対して優位に立ち、自分の地位をより確固たるものにしたい』
という行動は、類人猿由来のマウンティング行動だったと思われるのです」
((( ………… )))
「ヒト族のマウント欲求というのは実に強固なものなのです。
あの宙域統轄部門長も転移部門長もヒト族系の神々でしたからね」
「「「 !!!!! 」」」
「り、両名がヒト族出身の神だったのは偶然ではないと言うのか……」
「はい」
メリアーヌス次期最高神が、無意識に自分の頭の上の犬耳に手をやった。
前最高神さまとエリザベートも自分の猫耳に手を持って行っている。
「もちろん犬人族の方や猫人族の方にも多少のマウンティング欲求はあるでしょう。
ですがわたしの見たところ、ヒト族に比べて比較にならないほど微弱ですね」
エリザベートが口を開いた。
「だがタケルや、妾の目から見てそなたは一切他者にマウントとやらを取ろうとしていないではないか。
他種族に対しても他のヒト族に対しても。
ベッドの上ですら妾にマウントを取ろうとはしないしの」
タケルの頬が赤くなった。
(どうも猫人族って性に関して開放的なんだよな。
羞恥心が低いというかなんというか……)
「そ、それはわたしの育った環境が特殊だったからだと思います」
「どういうことだ?」
「わたしの周囲の人はほとんどがムシャラフ恒星系から移住して来た方々でした。
それもタケルーさんの生まれ変わりであるわたしの生活環境を守るためだけに。
ですから、今考えても周りの方々は異様にわたしに対して好意的だったんです。
それはもう神のように崇められて。
わたしはもの心ついた頃からその境遇をとても不思議に思っていました。
そしてこうも思っていたのです。
『この皆さんの俺への扱いは異常だな』
『しかもこれは俺の努力によるものではない』
『だからこんな扱いを当然と思っているようだと、碌な人間に育たんぞ』と……
ですから常に自分を戒めて律するように心がけていたんですよ」
「だからそなたは誰に対してもマウントを取ろうとはしなかったのだな……」
「その反動で、わたしに対してマウントを取ろうとした奴にはやや過剰に反応するようになってしまいましたけどね、はは」
「そうか……
ヒト族と雖も必ずしもマウンティング欲求が強すぎるというわけではないのか」
「そなたはあの人事部門アルジュラス・ルーセンをどう思う?
かの者もヒト族であるぞ」
「あの方はわたしよりも遥かに自分を律しておられます。
およらくマウンティング欲求は微塵も持っておられないでしょうね」
「そうか……
それにしても、同じヒト族でこうも違うのだな。
それは端的に言って何が違うからかの」
「わたしの口からは申し上げにくいのですが……
『他者を認識してその感情を理解し、合わせてその喜びにも痛みにも共感出来る能力』、つまりE階梯のレベルの違いによるものなのではないでしょうか」
「確かにそなたは地球人最高のE階梯6.3を持って居るし、あのアルジュラスは8.0ものE階梯を持っておったの……」
「さすがですね。
ところで部門長などの役職決定の際にはE階梯は参考にされないのですか」
「いや…… 現在は参考にしておらんな。
重職者は最高神の推挙か推薦人の多さで決めておるからの」
「たぶんですけど、その重職者推薦の際にも多額の金品が動いていたのでしょうねぇ」
「そうかもしれん……」
前最高神の猫耳と次期最高神の犬耳がやや垂れ下がった。
「ところでE階梯の高さの違いは何に起因すると思うか。
やはり生まれ持った知能か?」
「いえ、地球のヒト族の場合は主に8歳までの外部教育環境と、両親などの内部教育環境に起因すると思います。
もちろん本人の知能の占める役割も大きいですが」
「詳しく説明してくれるかの」
「子供は0歳児から1歳児になるころまでは、彼らの世界の中には自分しかいません。
乳を与えてくれる母親も彼ら自身の一部なのです。
この時期は一人称期と呼ばれます。
これが2歳児になるころには、ようやく世の中には自分と母親という2つの存在があることを認識します。
これが二人称期ですね。
そして、3歳児からは、自分と母親以外に世の中には他者も存在すると認識出来るようになり、三人称期に入ります。
つまりここでようやくE階梯1.0に至るのですね」
「なるほど、3歳児までは皆E階梯1未満ということなのか……」
「仰る通りだと思います。
そして、3歳児からは多くの幼児が幼稚園という場所に通い、ここで同年代の子供たちが集められて、遊びや言葉や簡単な文字などを学びます。
もちろん彼らのうちのほとんどはまだ他者を認識出来ていませんし、他者に配慮することも出来ません。
ですから、他の子が遊んでいるおもちゃに興味を持てば、これを平気で取り上げて自分が遊ぼうとします。
その際に、幼稚園に勤める大人が、『人が遊んでいる物を取ってはいけませんよ』『みんなで交代で仲良く遊びましょう』と諭してやることによって、他者の存在や他者との関りを学んでいくのです。
こうして幼児たちはE階梯1.0を超え、その後も集団生活を通じて他者の感情を理解してE階梯を上げて行くのでしょう」
「例えば10歳を過ぎてからでも他者を認識出来るようにはならんのかの」
「理由はよくわかっていないのですが、どうやら8歳になるまでこうした同年代の子供たちとの集団行動経験が無いと、他者を認識する能力がかなり低いままになるようです。
そうそう、地球には『人生に必要な知恵は全て幼稚園の砂場で学んだ』という有名な本がありましたよ」
「「「 ………… 」」」
「辺境に住む子供の中には、こうした幼稚園に通えない子もいます。
そうした子は少年期に入っても他者に配慮出来ないか、他者との関りを持てない子が多いようですね」
「ふむ、幼児期の集団教育は非常に重要だということなのだな」
「仰る通りです」
「そういえばアルジュラスは、一族が集まって暮らしていたために、周囲には常に同年代の親戚が大勢いたといっていたの。
その世話役の祖母が厳しかったらしく、おもちゃの取り合いなぞしておると、両方とも激しく尻を叩かれたそうじゃ」
「それが幼稚園の代りになっていたのでしょうね。
それに、その尻を叩くという行為も一種のマウンティングです。
『お前たちの上位者であるわたしの命令に従って、おもちゃの取り合いなどするな!』ということなのでしょう」
「なるほどのぅ……」




