*** 62 神界転移部門も壊滅 ***
数日後、神界の捜査官が銀河宇宙の取引相手先恒星系に転移し、政府の恒星系外取引部門責任者を訪ねた。
捜査官は挨拶が終わるとすぐに質問を切り出している。
「銀河の一般的工業製品は、その原価に適正な利潤率を加えた価格が銀河連盟から公示されていますね」
「は、はい……」
「3メートル級の恒星間転移装置の適正価格は、銀河連盟によると1基当り525万クレジット(≒5億2500万円)から550万クレジット(≒5億5000万円)ということで間違いありませんか」
「……は、はい……」
「にもかかわらず、何故貴恒星系は神界に対し1基当り600万クレジット(≒6億円)もの請求書を出したのでしょうか」
「…………」
「理由を教えて頂けない場合には、貴恒星系は神界との永久取引禁止措置が取られることになりますよ」
「!!!」
タケルが膨大な量の機材を銀河宇宙に発注しているため、各恒星系にとって神界との取引停止は死活問題である。
「それでも教えて頂けないのならば、この件は大統領閣下に直接お尋ねすることにいたしましょうか」
「あのっ!
じ、実は神界転移部門物品購入部の初級神さまから、実際の代金は525万クレジット(≒5億2500万円)とし、差額の75万クレジットのうち50万クレジットは我が恒星系銀行の偽名口座に入金して、残りの25万クレジットは現金か金で直接お渡しするよう命じられておりました……」
「そのように巨額のリベート支払いを毎年1000基もの取引で行われていたのですね」
「は、はい……」
「それは明確な銀河連盟法違反であり、神界に対する詐欺行為でもあります。
なぜ拒否しなかったのですか」
「そ、それは……
もし拒否すれば取引先を別の恒星系に変えるだけだと言われまして……」
「そうですか……
それでこうした行為はいつごろから始まっていたのでしょうか」
「あの……
伝え聞くところによれば2万年もの昔からだそうで……」
(それはワイラスが部門長に就任した時期と一致するな……)
「そ、そのころは代金の5%ほどのリベートだったとのことなのですが……
徐々にエスカレートして来まして、今ではその金額のリベートに……」
「そうでしたか、それではそれら取引の詳細を提出してください。
それからその偽名口座も凍結して資金移動を停止してください」
「か、畏まりました……
あ、あのあのあの、我が恒星系の処分は……」
「捜査に協力的だったこともあり、神界との取引停止措置は300年ほどで済むでしょう」
「さ、300年……」
「ご不満の場合は神界裁判所に申し立ててください」
「い、いえ! 寛大なご処置に感謝申し上げます……」
それから数日後、神界調査部門と監査部門の合同捜査班が一斉に神界転移部門に入った。
まずは部門長であるゲオルグ・ワイラス上級神を拘束し、その身柄を神界裁判所に送致している。
同時に転移部門の上層部を占めるワイラス一族の親族全員も逮捕してその身柄を拘束し、さらに別動隊が彼らの神殿に入って、家人や使用人を退去させて徹底的な家宅捜索を行っていた。
神界転移部門が使用する恒星間転移装置は、そのすべてが銀河宇宙で作られたものであるが、装置そのものが高額であるために、購入の際には転移部門からの請求に基づいて財務部門が実際の支払いを行っている。
銀河全域には、宙域統轄部門が管理していた初級神管理本部やその取りまとめを行う中級神本部を繋ぐために50万組100万基近い恒星間転移装置網が張り巡らされているが、このうち老朽化した機器は毎年1000基ほど交換されていた。
そして……
この交換の際には、神界財務部門が転移部門から回されて来た請求書の通り銀河宇宙に支払っていた代金が、やはり1基当り600万クレジット(≒6億円)だったのである。
ということで、神界転移部門長とその幹部たちの罪状は横領罪となった。
神界では、神界の資金全てを統括する財務部門相手の横領は反逆罪に等しいと見做されて、大変に重い処分が下される。
転移部門長ワイラスは神格剥奪の上終身禁固刑。
その親族である部門幹部たちもやはり神格剥奪の上禁固5万年から1万年。
特に物資調達部は部長以下全員が神格を剥奪されて、禁固2万年から5000年の刑に服することになった。
もちろん偽名口座資金は神界に押収され、各神の神殿にあった財産も神殿ごと没収されたのである。
ワイラス部門長が原理派の主張を強硬に唱えていたのは、宙域統轄部門と同様に、神界の神々が銀河宇宙と接触すると、やはりこうした横領行為が露見するかもしれないことを怖れてのことだったようだ。
タケルが銀河宇宙と取引を始めた際には相当に緊張していたらしいが、どうやらタケルが3メートル級の転移装置は購入せず、15メートル級ばかり買っていたので安心していたらしい。
これにより神界の原理派は完全に沈黙した。
もしも原理主義的な主張を為そうものなら、宙域統轄部門や転移部門と同じ違法行為を疑われてしまうからである。
あの部門長の嫡孫であるガブリエル・ワイラス部門長代理は、神界刑務所の独房で『俺は上級神だぞぉ―――っ!』『もっと敬意を払えぇ―――っ!』と喚き散らしながら暮らしているそうである。
『カネならいくらでもくれてやるからここから出せぇ―――っ!』と言ったときには、刑務官から『お前の財産は全部神界に没収されているから、お前にはもうカネなんか無いのだぞ』と言われてさらに逆上しているらしい……
こうした一連の不祥事を受けて最高神は引責辞任し、最高神政務庁の顧問に就くことになった。
後任にはエギエル・メリアーヌス元最高神政務庁主席補佐官が指名されている。
この人事が銀河連盟に伝わると、あの真摯に頭を下げられる神が最高神に就任したとあって、神界への期待はさらに増したそうだ。
また、最高神に就任したエギエル・メリアーヌス閣下は、エリザベート・リリアローラ上級神に神界転移部門の部門長を兼任するよう要請して来ている。
これを了承したエリザベートは、もちろんその実務をタケルに丸投げした。
だが、転移部門が行って来たことは、毎年わずか1000基ほどの恒星間転移装置の入れ替え以外には横領行為と神石充填作業だけしか無かったので、タケルの負担はほとんど無かったのである。
(タケルはニャサブローとマリアーヌに丸投げ)
ニャサブローは神界転移部門長代行補佐に任命されたときの衝撃で、可哀そうにまたしっぽが膨らみっぱなしになった。
毎晩ニャイチローと一緒にしっぽを撫でて元の太さに戻そうとしている後ろ姿には、かなりの哀愁が漂っている。
街中では小さな子供たちに『狸人族のお兄ちゃん』と呼ばれて涙目のまま棒立ちになっていた。
そうした2人を見て、ニャジローはタケルの前に出るときには常時イカ耳になって警戒している。
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退任する予定の最高神さまと最高神に就任予定のメリアーヌス元最高神政務庁主席補佐官は、エリザベートを通じてタケルに非公式な協力を申し出てきた。
その協力とは、つい最近まで銀河世界の一般住民であり、また銀河の恒星系元政府重鎮たちを多くスタッフに持つタケルに、神界の改善案についてヒアリングしたいというものだった。
そのヒアリングは、エリザベートの意見を取り入れてタケルの神域内のエリザベートの別邸に於いて行われた。
そこならば多忙なメリアーヌス次期最高神やタケルの時間を無駄に使わずに済むからである。
エリザベートの別邸からは眼下の美しい湖が見下ろせ、そこでは休日を楽しむ救済部門スタッフたちが家族と共に遊んでいた。
特に子供たちには、湖の救助員であるイルカやマーメイド型ドローンの背中に乗って泳いでもらう遊びが大人気のようだ。
前最高神さまは、そうした子供たちの様子を目を細めて眺めている。
一行は応接室に移動し、まずはメリアーヌス次期最高神が口を開いた。
「そなたも知っての通り、この度神界は銀河系誕生以来と言ってよい大不祥事に見舞われた。
これには我々上層部も大いに反省せねばならぬ。
そこでこうした不祥事の再発防止策を真剣に考えるに当たって、その摘発に大きく関わったタケル神の意見も是非聞いてみたいと考えたのだ。
本よりこれは正式な意見聴取でもなく諮問でもない。
単なる意見を聞く会であるので、どうか忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「はぁ、わたしは母惑星ではまだ成人もしていない若造ですし、神界の事も良く知らないのですが、それでもよろしければ」
「是非頼む」




