*** 60 諮問会議の進言 ***
或る日、ニャサブローは諮問会議の内、出身恒星系では大統領や閣僚クラスだった者がメンバーになっている政治分科会に出席していた。
こうした分科会での議論は社会経験に乏しいニャサブローにとって、実に得難い学習の場となっている。
政治分科会の会合が休息に入った。
皆が飲物を手にリラックスして歓談をしている。
その中でも重鎮である恒星系大統領経験者がニャサブローに話しかけて来た。
「時にニャサブロー初級天使殿」
「あにょ、わたくしはみにゃさまに比べて圧倒的に若輩者です。
ですからどうかニャサブローとお呼び頂けませんでしょうか……」
「ははは、我らの上司である方を役職名もつけずにお呼びするのは気が引けますが、まあ親しみを込めてニャサブローさんとお呼びさせていただきましょう」
「ありがとうございますにゃ……」
元大統領閣下の表情がやや真剣味を帯びた。
「ニャサブローさん、わたしはこの救済部門に来て、本当に感動しておるのですよ」
多くの重鎮たちが頷いて賛意を示している。
「まずは超新星爆発の脅威から銀河世界の民を救おうとされ、その後はあらゆる自然災害被害をも防いで救済為されようとしている。
それも認定世界だけでなく未認定世界や生命が生まれて間もない世界までも。
この救済部門の活動が順調に進めば、いったいどれほどの生命が救われることでしょうか」
分科会の全員が頷いている。
「わたくしは、もちろん余生の全てを懸けて、この計画にほんの少しでもお役に立てればと思うております。
まあ、戦闘までは手が及ばないかもしれませぬが」
「あ、ありがとうございますにゃ。
それもこれもあのタケルさまのお力と深謀遠慮があってのことでしょう」
「もちろんその通りです!
あのお方さまの努力、魔力に神力にその操作力、加えて発想力に企画力に智力、さらには果断に投資する実行力、他人を引き付けてやまないカリスマ力。
どれを取っても生活年齢わずか33歳の若者とは思えませぬ。
まさしく銀河の超英雄の生まれ変わりと申せましょう!」
(そのイタズラ力も恐ろしいものがありますにゃ)とはニャサブローは言えなかった。
最近ようやく膨らみっぱなしになっていたしっぽが元に戻ったところである。
最初に衝撃を受けたニャイチローは未だに膨らんだままだが。
いつもシャワーの後にしっぽを撫でつけて、元に戻そうとしている姿が少し哀れである……
神域幼稚園にいる小さな子供たちに『タヌイチローお兄ちゃん』と呼ばれたときには、涙目になると同時に耳がマンチカン族のようにヘタっていた。
「そのようなお方さまの計画に口を挟むなど、畏れ多いことではありますが……」
「いえいえ、タケルさまはまさにそのようなことを諮問会議の方々に期待されていますにゃ」
「そう言って頂けるとありがたいです。
では、これも我が職務と思って敢えて進言させてくださいませ。
タケルさまは、自然災害で苦しむ世界を救済されるために、どのようにしてそうした世界を発見されようとしていらっしゃるのでしょうか」
「あにょ、多分ですが、各宙域を担当する初級神さまたちに、そうした災害世界や紛争世界の存在を報告して貰おうとされているかと」
「やはりそうでしたか……
では謹んで申し上げましょう。
彼ら宙域担当神を頼られるのは絶対に避けた方がよろしいかと思います」
「えっ…… それは何故にゃのでしょうか……」
やはり多くの諮問会議メンバーが頷いている。
「宙域担当初級神や、その配下の天使たちはもう完全に腐りきっているのですよ」
「!!!」
「例えば我が母惑星には年末が近づくと初級神の配下である初級天使がお忍びでやって来るのです。
彼らは一応『原理派』を標榜しているので、堂々と銀河の民と接触は出来ませんからね。
そして、その1年間に惑星全域の神殿に集まった現金喜捨をすべて持って帰るのですよ。
電子マネーの送金による喜捨はそのまま神界財務部に送られるので手を出さずに、現金での喜捨だけを集めてそれをすべて。
惑星政府は各神殿の現金喜捨を集めてまとめておくように命じられておりますし。
それも送金ではなく現金のままで」
(…………)
「それでその現金金額が昨年よりも少ないと、政府を脅すのです。
『このままでは神界はこの惑星の神殿を神界の神殿と認められない』と言って」
「!!!」
「それで仕方なく政府は足りない分を予備費から拠出して現金で渡しておるのです。
まあ大した金額ではないのでなんとかなっていますが」
「わたしの母惑星でもおなじですな。
喜捨は現金にて行わせるようにと神殿に触れを出せとも要求しますし」
「我が母惑星の星民たちも、神殿を心の拠り所としておりますからな。
その神殿が神界に否定されるなどして星民たちを悲しませるわけには参りません」
「あにょ……
神殿の神職さんたちの給与などは……」
「もちろんそれらは政府持ちです」
「神殿に併設されている孤児院などの経費も」
「我らが孤児院を建て直したりしていると、天使さまは『そんなことをしている予算があるのなら、なぜその分を神界に喜捨しないのだ!』と激怒されますしね」
(…………)
「それで現金を集め、足りない分は政府に出させて、昨年よりも多い現金喜捨を得た天使は、政府の交際費で散々飲み食いした後に、高級な酒やら宝飾品やら贅沢品を買い漁って神域に帰って行くのですよ。
どうやら上司の中級神や上級神への貢物にしているようですな」
「わたしの星では電子マネーがかなり普及していて、神殿への喜捨も電子マネーが多かったのですけどね、『神殿への喜捨は現金のみ認める』という法を制定しろと言われましたわ。
もちろんそうしなければ神界がこの惑星の神殿を破門するとも」
(………………)
「もちろん彼らは電子マネーによる喜捨は神界財務部や監査部に知られることは承知しているはずです。
ですが、現金は黙っていればわからないでしょう」
「当然のことながら、そうして集めた現金は天使や初級神が着服したり、管区統轄中級神に流れたりするのでしょうね」
「最終的には宙域統轄部門長の上級神に流れているのでしょう」
「どうもそうしたカネの流れの大小によって、天使たちや初級神の昇格や降格が決められているようですわ」
「ウチの星に来る初級天使は、よく『このままではノルマにまったく届かないではないか!』と喚いていましたよ」
「あにょ……
みにゃさんの星では自然災害が起きたときなどに、管区担当初級神に救済を依頼されたりしましたか」
「ウチの星では小氷期が訪れたので救済をお願いしたのですけどね、それまでの10倍の現金喜捨を要求されてしまったのですよ。
それでも何の連絡も来なかったものですから、『救済の進行はどうなっていますか』と問い合わせたところ、『現金喜捨の額が全く足りなかったので無効である』と言われてしまいました。
それで乏しい予備費をやりくりして人工太陽を購入してなんとか凌ぎました」
「ウチの星はそういう話を聞いていましたので、最初から人工太陽を購入したのです。
そうしたら、『何故宙域担当初級神さまに救済を依頼しなかったのだ』と初級天使が激怒していましたわ」
「ということでですね、認定世界に於ける災害発見を宙域担当神を通じて依頼するなどということは全く意味の無いことなのです。
コチコチの原理派神が救済部門に伝えるなどということは有り得ないですしね」
「まして未認定世界の自然災害報告などは絶対に不可能です。
なにしろ未認定世界にはカネをせびれる神殿がありませんから、奴らは気にもしていませんから」
「故に救済部門ではまず認定世界の政府と直通連絡網を構築されることをお勧めします」
「また、未認定世界では、余分なコストがかかってしまうでしょうが、ナノマシンによる観測網と、それらをコントロールするAIによる報告態勢を構築されたら如何でしょうか」
「あ、ありがとうございますにゃ。
この勧告は必ずやタケルさまにお伝えさせて頂きたいと思います」
「それは嬉しいですな。
ニャサブローさんを通じれば、直接タケルさまにご報告が伝わるとは」
「組織が大きくなれば途中で握り潰す者が必ず出て来ますからな」
「さすがは我ら10万の天使見習いを束ねる3大天使さまのお一人です」
少し顔を赤くしたニャサブローが言った。
「あにょ、それでみにゃさんにお願がいがございます」
重鎮たちが微笑んだ。
「なんなりとどうぞ」
「今のみにゃさんのお話を、もう一度わたしの秘書AIに個別に語ってやって頂けませんでしょうか。
出来ればみにゃさまのお名前と旧ご役職と出身恒星系名と担当初級天使の名前も込みで」
重鎮たちの笑みがさらに深くなった。
「秘書AIがその報告を文書にまとめ、音声記録と一緒にタケルさまに提出したいと思います。
間違いにゃくその報告はエリザベートさま経由で最高神政務庁のトップや最高神さまにも届くかと思われます」
重鎮たちが歓声を上げた。
「それでは微に入り細を穿って報告させて頂きましょう♪」
「これでようやくあの尊大な天使に一泡吹かせてやれますな♪」




