*** 56 親子丼 ***
「のうニャルーンや」
「はいですにゃエリザベートさま」
「ジョセフィーヌの対人恐怖症というか男性恐怖症は相変わらずか」
「はい…… 残念にゃがら……」
「それでタケルは相当にレベルを取り戻しつつあるのだな」
「はい、今は総合レベル700を越えられましたにゃ。
あのタケルーさまが15歳の時にはレベル350だったそうですにょで、既にタケルーさまを遥かに上回りつつありますにゃぁ。
しかも魔法レベルは800に達し、タケルーさまが100歳の時点をも凌駕しておられます」
「そうか、それではジョセフィーヌがバーサーカー化してもタケルならば抑え込めるの」
「はいですにゃ」
「ならばタケルにジョセの男性恐怖症治療を依頼してみようか。
タケルに近寄られてバーサーカーになってもすぐに抑え込まれているうちに、ジョセの恐怖症も治まってゆくかもしれん」
「畏まりましたですにゃ」
ということでさ、俺はエリザベートさまやニャルーンさんに頼まれて、ジョセフィーヌさまの荒療治もすることになったんだよ。
ジョセさまも母親のエリザベートさまに説得されて、恐る恐る治療に同意したそうだし。
でもさ、やっぱり最初は体長10メートルの巨大猫に変身してバーサーカーになって暴れたんだ。
これがまた強いのなんの。
俺なんか何回猫パンチでぶっ飛ばされたことか。
特に上から下への猫パンチなんか、俺の身長が縮んだかと思ったわ。
俺がフットワークとか使って動いてると、狩猟本能が刺激されるらしくって、ものすごい瞬発力で飛び掛かってくるしな。
冗談でネズミみたいなしっぽつけて走り回ってたら、マジで喰い殺されそうになったし。
猫に喰われた神とか末代までの恥だよなぁ……
それでも俺がベアハッグで抑え込んだりチョークスリーパーで落とすと、割と大人しくなってその日のうちには元に戻るようにもなったんだ。
そんな治療を週1ぐらいで続けていると、ジョセさまもどんどん俺に耐性がついていったんだよ。
俺が近づいたり肩に手を置いてもバーサーカー化するまでの時間も伸びていったし、そのうちとうとうお話も出来るようにもなったし。
そして或る日……
俺が肩に手を乗せたとき、ジョセフィーヌ初級神はプルプルしながらも顔を上げた。
最初は泳いでいた目も、次第に動きが無くなって最後は俺を見つめている。
(あ、前髪切ったのか。
目元も見えるようになってるな。
おっ、こうしてよく見ればすっげぇ美少女……)
「……ステキ♡……」
「……は?……」
ジョセフィーヌさまの頬が赤くなった。
「タケルさまステキ♡」
(なに?)
「あの、あのあのあの……
わたくし、ようやく100年前から発情フェロモンが出るようになったんですっ!
お友達はもう500年も前から出せてたのに」
(さすが神さまタイムスパンが違うわー)
「そ、それで、今もフェロモンが出てるんですけど……」
(そう言えば少し甘い匂いもしてるか……)
「あの、如何でしょうかわたくしの発情フェロモン♡」
(いや如何でしょうかって聞かれても……)
「あの、わたくしまだ殿方と一緒に発情したことは無いんですけど……
もしよろしければわたくしと一緒に発情して交尾もして頂けませんでしょうか……
やっぱり初めての交尾はこうやってお話出来るようになったタケルさまと…… (ぽっ)」
(なんだよこの告白っ!)
「そしてたまにはまたわたくしを押さえつけながら無理やり♡」
(なんかヘンな性癖に目覚めちゃったぞこの娘っ!)
タケルがふと横を見ると、女神ジョセフィーヌのお付きの子猫たちがいた。
2人とも鉢巻たすき掛け姿で両手にはそれぞれ扇子のようなものを持って動かしている。
よく見ればそれは三々七拍子になっていた。
きっと女神さまを応援しているのだろう。
まだ子猫であるために顔は無表情のままであり、ナカナカにシュールな光景であった。
「あ、あのさ、俺ってほらヒト族だから、猫人族のキミとは発情の仕方が違ってさ」
「? そうなんですか?
お母さまが『ヒト族の若い男は年がら年中発情しているから、ちょっと肌を見せてやればすぐに交尾してくれるぞ』って仰るものですから……」
(なんだよその性教育っ!)
「あ、ご、ごめんなさい、わたくしまだ肌をお見せしてませんでした!」
ジョセフィーヌ初級神がいそいそとマッパになった。
しっぽがピンと立ってふりふり揺れている。
(うわっ、やっぱりすっげぇ可愛いしスタイルもいい……
あのエリザベートさまに比べるとまだまだ発展途上だけど、それでもかなりのもんだ♪
それも超イイトコのお嬢様で間違いなく処女。
うへへへへへ……
はっ! い、いかんっ! こ、ここで反応してはいかんっ!
色即是空、空即是色……)
「あ、あのさ、ヒト族って猫人族とはかなり性習慣が違っているんだ。
ほ、ほら、種族特性っていう奴が」
「そうなんですか?」
「だ、だからさ、まずはお友達というか、お話とかして、それでお互い気に入ったらデートとかもして……
そ、その辺りはニャサブローに聞くと詳しいぞ」
「わかりました♡
それではお母さまのご都合も聞いておきますね。
お母さま3人で発情してタケルさまに親子丼というものをして欲しいそうですので♪」
(実の娘に何てこと言うんだ上級神さまぁぁぁぁ―――っ!)
子猫たちは扇子を仕舞い、てしてしと無表情で拍手をしていた……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
恒星系ムシャラフを中心とする工業恒星系コンソーシアムは実に熱心だった。
なにしろあのタケルさまからのご用命である。
それも超膨大な数の機材の製造であり、その代金は既に銀河連盟銀行の支払い準備預金にプールされていた。
しかも、こうした大口取引にありがちな値引き交渉も無く、十分な利益率も保証されている。
さらにタケルさまからの発注は尽きることなく、今後数百年間に渡って続くのである。
過剰生産設備の心配は全く必要無かった。
こうした工場群での実際の作業は、多くの工場用ドローンたちが行っている。
そのドローンの取りまとめをする親方ドローンたちは、製品や工場そのものの設計図を熟知しており、ヒューマノイドの工程管理者と時折打ち合わせを行うのみである。
そして、このヒューマノイド駐在員の仕事は各恒星系の人員にとって非常に魅力的なものだった。
まずは、あのタケルさまのご神域で働けるということがある。
加えてタケルが駐在員の住居としてあのセミ・リゾート惑星の使用を許可したために、最高の環境で暮らせている。
希望すれば家族の同伴すら認められていた。
さらにである。
この神域で1年頑張って働けば、もちろん遠距離赴任手当の加わった高額年俸を手に出来る。
だがしかし、その間母惑星のある3次元空間ではわずか6日しか経っていないのだ。
実際に働く時間は1年でも、不思議なことにかなりのお得感があるらしい。
その駐在員たちは、タケルの資源備蓄倉庫に案内されて驚愕に震えていた。
(な、なんだこの資源の山は……)
(こんなん見たこと無いわ……)
(しかも全ての元素が揃っているのか……)
(固体酸素や固体水素までこんなに……)
(これでは完璧な配合の合金が作り放題ではないか……)
(これだけのものがあれば、全てのご注文の材料が揃うな……)
そうして彼らは、事務所に戻ったあとは真剣に各種資源の値決めを考えるのである。
「なあ、各元素について銀河標準価格はあるけどさ……」
「でも純度100%の資源なんか普通は存在しないから、値決めのしようがないぞ」
「タケルさまはご注文の製品製造に必要な物は、さほどに高額の根付けをする必要は無いと仰られていたぞ」
「それにしたってあまり安い値をつけるわけにはいかないだろう」
「仕方がない、コンソーシアム本部にお伺いを立ててみるか」
もちろんコンソーシアム本部でも議論は紛糾した。
このままでは神域時間で何年もの無駄な時間が過ぎてしまうだろう。
そこでタケルは値決めをしないままでの元素使用を許可したのである。
まるで現代日本における鉄材の扱いであった……
だが、日頃コストダウンに必死になっている技術者たちは、単なる構造材に純度100%の資源を使用することに相当な躊躇いがあるらしい。
そこで、超高純度な金属資源を必要とする銀河の工業恒星系にこれらタケル資源を輸出し、その代金で普通の高純度鉄を輸入して製品製造を行うことが提案されたのである。
タケルは、一応エリザベート経由で最高神政務庁の許可を受けた上でこれを了承している。
まあタケルも政務庁も、純度100%の鉄資源が、純度99.99%の高純度鉄に比べて20倍もの値段になったのには驚いていたが。
どうやらそういう純粋金属資源による合金は、核融合炉の炉心や宇宙船の噴射ノズルや燃料タンクなどの安全性を高めるために相当に有用だそうだ。
こうしてタケルが発注した機器の製造は加速していったのである。
ただ、誤算もあった。
それは銀河3000万世界に配置する恒星間転移装置の出口設備である。
なにしろ直径15メートルもの円環状の装置なのだ。
もしもこのようなものを円形に配置したとすれば、その周囲は50万キロになってしまう。
これは地球周囲長の12.5倍なのである。
そこで階層構造が提案されたが、例え1000階建てにしたとしても、その周囲は500キロにもなってしまうのだ。
五重の円形に配置したとしても周囲100キロである。
銀河世界からの部品や中間製品の搬入のみならばともかく、将来的には恒星系同士の取引にも使わせてやりたいのである。
仕方なく、こうした1000階建、周囲10キロのハブ施設が10棟建設され、建物内で利用する短距離転移装置も追加で1億基ほど発注されていた。
ただ、さすがは銀河宇宙のロジステクスだけあって、当初恒星系側の入り口で設定しておけばタケルの神域内ハブを通って自動的に相手恒星系にまで搬入出来るそうである。
銀河宇宙の運送ドローンたちは優秀だった。




