*** 55 鍛錬見学 ***
心得たちはとりあえずホテルや独身者用の宿舎に収まり体を休めた。
その後は端末を通じてマリアーヌに接続し、さまざまな質問をしていたようだ。
そのうちに、彼らは宿舎から外出し、広大なショッピングモールやフードコートを歩き回り始めた。
驚くべきことにフードコートの料理は全て無料である。
また、ショッピングモールの製品も、すべて仕入れ値と同じ値段であったために極めて安かった。
心得たちはそのうちに表層階の自然環境ゾーンにも足を延ばすようになったが、ここも多くの者を驚かせた。
このような広大な空間をリラクゼーションのためだけに用意しているとは。
湖畔リゾートの中にある一際大きな建物に関して多くの質問が来たが、マリアーヌが『部門長のエリザベート・リリアローラ上級神さまの宿舎(別荘)です』と答えると、全員が硬直している。
尚、銀河宇宙に散らばる天使見習い心得たちは、そのほとんどが救済部門に志願して来た。
だがやはり、高齢の者や現在恒星系政府の重職に就いているものなどは、応募を躊躇った者もいたようだ。
中には恒星系政府の大臣や大統領までいたのである。
タケルは彼らに対してメールを送った。
まずは長い人生経験を持つ者こそ新興の救済部門に必要とされること、天使見習いになれば寿命延長の加護が与えられるためにその後長期に渡って勤務出来ること、現在重職に就いている者はその任期が終わってから応募して欲しいことなどを伝えたのである。
その結果、天使見習い心得たちは全員が救済部門に応募して来た。
こうした人生経験豊富な者たちは、総合レベルを上げる一方で諮問会議のメンバーとして仕事をしていくことになるだろう。
タケルは当初心得たちに自分の鍛錬を見学させることを躊躇していた。
あまりにも過激な鍛錬を見て心得たちが委縮し、救済部門への志願を取り消すことを危惧したからである。
だがやはり、志願者には全てを知らしむるべしとして公開に踏み切り、いつもの鍛錬場に隣接して、50メートル四方ほどの鍛錬空間を囲む2万人収容の小さなコロシアムが建造された。
そこには噂を聞いた心得たちが徐々に集まるようになっていたのである。
コロシアムではまずオーク族の奥様方や猫人サポートスタッフたちの軽い鍛錬が行われる。
対人戦闘ではなく、ストレッチから始まってパンチやキックなどの型やサンドバック打ちなどである。
それが終わるとオーク族の男性たちによる組手を中心とした鍛錬が始まった。
彼らの平均レベルは既に200に近づいているため、これだけでもかなりの迫力がある。
周囲には打突音が響いていた。
その後はいよいよタケルとオーキーの組手になる。
コロシアム中央に出て来た2名は、お互いに礼を取った後に相対した。
その体からは戦闘オーラが立ち上っている。
いつものように2人の実戦鍛錬が始まった。
強烈な打突や蹴りが飛び交い、肉がひしゃげる音がコロシアムに響き渡る。
最初は歓声を上げながら見学していた心得たちも、すぐに声を失っていく。
5分も経つとほとんどの者が顔面蒼白になっていた。
コロシアム中央では汗と共に血飛沫も飛び、ときおり骨が砕ける音も聞こえている。
HPがゼロになると、タケルは強い光と共にエリザベートの命の加護が発動して復活し、オーキーは一旦消滅した後にタケルが再召喚して元の体に戻っていた。
天使見習い心得たちの中には恐ろしさのあまり震え出している者も多い。
このコロシアムでは、念話でマリアーヌに質問することも出来た。
(あの、このお2人のレベルはおいくつなんでしょうか……)
『現在お二方ともレベル695ですね』
(そ、そんなに……)
(やはりタケルさまはあのタケルーさまの生まれ変わりだけあって、最初から高レベルだったのでしょうか)
『いえ、タケルさまには3次元時間で4か月前にタケルーさまの生まれ変わりであることが告知されましたが、その時点での総合レベルは僅かに6でした』
(!!!)
『ご存じのようにこの空間は時間の流れが速くなっていますが、タケルさまは地球にも頻繁に帰られていたために、3次元時間の4か月は生活時間では約15年になります。
ですから実際には15年間の鍛錬でレベル6から695にまでなられたということですね』
(それはあの超強者であったタケルーさまの生まれ変わりであるために、成長に補正がかかっていたということなのでしょうか)
『もちろんそうした生まれ変わりによる成長補正もあります。
ですが、仮にタケルさまがタケルーさまの生まれ変わりでなかった場合でも、同様な鍛錬を行っていたとすれば、レベル300に到達していると推測されています』
(そ、それでは我々も同様な鍛錬を行えば生活時間15年でレベル300になれるということなのでしょうか)
『ご覧のようにタケルさまの鍛錬は非常に激しいものです。
ここまでの鍛錬を行わなくとも、生活時間で30年も真面目に鍛錬していただければ、どなたでもレベル300には到達出来ることと思われます』
(はあ、30年ですか)
『ですが、この空間では30年でも3次元空間では僅か6か月です。
鍛錬してみる意義はあるのでは』
(そ、そうですね……)
『それになによりレベルが300にもなれば、体が非常に頑健になって寿命も伸びるでしょう。
その後の生活もかなり楽になります』
(あの、救済部門には戦闘職もあるのですか?)
『今後はまず自然災害世界の救済が優先されますが、これには3次元時間でもかなりの時間がかかるでしょう。
それに目途が立ったところで、次は未認定世界のうち紛争世界の救済を始める予定です。
この際には少なくとも自衛のための戦闘能力が必要になりますが、この時点で戦闘も有り得る職の募集が行われます。
紛争を鎮圧した後には、職員の方々はしばらくの間惑星総督補佐としての任務もありますので、やはり自衛力は必要です。
もちろんこうした戦闘の可能性がある職を希望せずに本部での管理職や技術職を希望することも出来ます』
(な、なるほど……)
『また、現在最も求められていることは魔石への魔力の充填です。
大規模転移結界装置の稼働等には神石が大量に必要になりますので、みなさまが充填された魔石をタケルさまが神力に変換されて神石を作らねばなりません。
救済部門職員の方々にはこの魔力充填作業も行っていただきますが、魔力を上げて行く過程では体力も同時に上げた方が効率的です。
従って総合レベルを上げて行って頂きたいのです』
(あの、戦闘の可能性の有る職でなく、管理職や技術職など職場は希望出来るのですか?)
『もちろん出来ます。
また、あまり頻繁では困るのですが、職種異動の希望も出せます』
(わ、わかりました……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあオーキー、オーク族の暮らしは順調か?」
「ブヒ(おかげさまで)」
「それならあと350組700人ばかりオーク族を増やそうと思うんだよ」
「!!」
「それでそいつらも村に住まわせてやって、鍛錬もしてやってくれるか」
「ブヒ(はっ)」
「オークの男たちには全員レベル300以上になってもらいたいんだ。
そうして、いつか俺が未認定世界の紛争停止任務をする際に、戦闘要員として参加してもらいたいんだよ。
構わんか?」
「ブヒヒッ!(もちろんです!)」
「ありがとうな。
それで人数も多くなるから、新しく買ったセミ・リゾート天体にオーク村を移してくれ。
どうやら家ごと『収納』して持って行けるみたいだから、そんなに手間じゃないけど」
「ブヒ(畏まりました)」
「畑はどうしようか。
今の畑と転移装置で繋いで通えるようにするか?」
「ブヒヒ、ブヒ(ちょうど収穫も終わったところですし、人数も大幅に増やして頂けるのであれば、新たな地で大きな農場を作りたいと思います)」
「そうか、それじゃあよろしくな。
あーそうそう、セミ・リゾート天体では店での食事や住居はタダなんだけどな。
でも服やら生活用品を買うにはカネが必要になるんだ。
だから、戦闘要員の男たちや天体内の保育園とかで働いてくれる奥さん連中には給料も払うからな。
天使見習いたちと同じ年10万クレジット(≒1000万円)でいいか?」
「ブヒ(カネというものを使ったことが無いのでよくわかりませぬ)」
「あー、そういやあそうだったか。
でもたぶん十分な金額だと思うぞ。
それに、将来の任務にも備えてカネの使い方も学んでくれ」
「ブ(はい)」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
また、このころになると、タケルの神域の一角では銀河工業恒星系のコンソーシアムによる巨大工場の建設も始まっていた。
差し渡し直径数百キロもある工場内には、3000万セット6000万基にのぼる恒星間転移装置や検疫所の製造ライン建設が行われており、同時に3000万基の5万トン級深重層次元恒星船建造のためのドックも連結されている。
この工場付近には見学のための空間が設置され、大勢の天使見習い心得たちが訪れていた。
宇宙空間では構造物の大きさは分かりにくいが、工場内で動いている無数の建設ドローンを見れば、その巨大さはある程度認識出来る。
ほとんどの銀河人たちが見たことも無いほどの巨大構造物であった。
神界救済部門はまだ人員を集め始めたばかりであり、その組織すら固まっていないが、その本気度を知るには十分な巨大投資である。
さらに、タケルが『抽出』した資源を用いて、マリアーヌが巨大転移結界装置の建造も始めていた。
当初は直径10キロ、展開結界100キロほどの実験機が建造されているが、同時に直径5000キロの大型機を建造するためのドック建設も始まっている。
こちらもほとんど誰も見たことのない巨大建造物であった。
午前中の鍛錬を終えて昼休息を取った後、タケルは魔力・神力鍛錬を兼ねて神石への神力充填を行う。
神石充填所では、ゆっくりとベルトコンベアーが流れており、ベルトの半球状の窪みには15センチ級の魔石が嵌っていた。
タケルは左手を神石に置き、右手をコンベアーの上にある魔石に置いて神石への神力充填を行っている。
コンベアーにはオーク族たちが次々にフル充填されている魔石を乗せていた。
一方で広大な魔石充填所も建設されていた。
そこでは既に魔法力がレベル200に到達しているオーク族の男たちが魔石への魔力充填を行っている。
まだまだ彼らの力では15センチ級の魔石を満タンにするのに延べで3か月近い時間がかかるが、それでも大勢がこの仕事に従事していた。
彼らはMPが10以下になると魔力充填を中止し、休息所で食事と休息を取る。
その後は農場で働いていたオークたちと交代し、魔石充填は常時200人ほどのオーク族によって続けられていた。




