*** 54 救済部門職員候補 ***
「それではもう一つ指摘させてもらおうかの。
先ほど『ヒューマノイドとの過剰な関りを禁止した神界慣習』を持ち出した者がいたが、何故そのような慣習が出来上がったのか考えられてみたことはないかな」
「ど、どういう意味だ……」
「あれはの、神界の神々は、銀河世界に対して与えられるものがまるで無いからこそ出来た慣習なのだ。
仮に深い関りを持とうとすれば、己の無知無能さを露呈してしまうからの。
神界に出来ることは、もはやただただ神殿への喜捨を希うことだけなのだよ」
「!!!!」
「考えてもみよ。
わずか5万年前まで神界の大勢は原理派だったのだぞ。
救おうと思えば救えた災害被害を無視された銀河世界が、神界に対して感謝などするわけが無かろう」
「だ、だが神界は天地を創造して、そこに発生した生命に知性を与えて来ただろうに!」
「天地を創造してやって、そこに生まれた単細胞生物が神界に感謝するとでも思っているのか。
知性の萌芽を与えた原始人が、それを神界に感謝するとでも」
「あぅ……」
「今までの銀河宇宙にとってはな、神界などあっても無くてもどうでもいいものだったのだよ。
関りが無いだけ有難いぐらいにしか思っていないのだ。
ところがこの男が神界に救済部門を作った。
それも驚くべき努力の末に神界、いや銀河宇宙最高の総合レベルまで得てな。
その上に銀河連盟大学最優等卒業という智慧と驚異的な神法力と銀河最高の財産を手に入れておるのだ。
もはや我らに出来ることと言えば、こ奴の邪魔など一切考えずに、黙ってその凄まじい業績を見守ることだけではないのかえ」
((( ………………………… )))
その場に静寂が広がる中、神界最高神政務庁主席補佐官エギエル・メリアーヌス上級神が口を開いた。
「さて、どうやら議論は出尽くしたようだの。
最後に一言付け加えさせて頂こう。
こちらのタケル神の言動は、すべてその秘書AIを通じて日々最高神さまに直接報告が為されておる」
「「「 !!! 」」」
「そして、最高神さまはその報告を毎日楽しみにご覧になっていらっしゃるのだ。
いつも目を細めてタケル神を称賛し、ときには嬉し涙も零されてな。
そのようなタケル神の行動を妨害などしようとしたら……
どのようなお怒りを被るか想像も出来んの。
先ほどの信じられぬほど愚かな若者の言動も、すべて最高神さまの知るところとなるだろう。
いやはや、転移部門は幹部の総入れ替えか…… いや取り潰しになるやもしらんの」
「そ、そのようなことになれば、宙域担当初級神たちが神界と往復出来なくなりますぞ!」
「案ずるな。
現在救済部門は救済用の機器資材を集めるために、銀河3000万の神界認定世界との間に恒星間転移装置を設置する準備を進めておる。
宙域担当初級神の帰省や報告のための移動は、その転移装置を使用すればよろしかろう」
「そ、それでは神々が銀河の一般ヒューマノイドと同じ施設を使用することになってしまいます!」
「ヒューマノイドの資材と同じルートで神が移動するなどと!」
「そうした神の特権階級意識を潰してこそ、神界は銀河世界と対等になれると最高神さまはお考えであらせられる。
今の神界は銀河宇宙と対等などとは全く言えずに、ただ単に喜捨を恵んでもらって養われている乞食のようなものだからの」
「えっ……」
((( …………………………………… )))
(あーそうか、この視察の本当の目的は、神界の重鎮たちに最後通牒を突き付けることだったんだ……
これ以上救済部門の妨害をしたら、お前らどうなっても知らんぞって。
だからエリザさまがこんなにドヤ顔で嬉しそうにしてるんだな……
それにしてもだ。
今の神界の連中って、最高神さまやエリザさまも含めてマジで初期銀河史のことを知らないみたいだな。
天族と呼ばれた連中がいたとか、今は神を名乗ってる自分たちも単に天族に雇われた天使に過ぎなかったとか。
101億年前に天族が親宇宙に帰還した後に、雇われ天使たちが自らを神だって僭称し始めた際には徹底的に天族のことを隠蔽したんだろう。
だから天族の残した天使への指示と使命も失われてしまったんだろうな。
天界に残った天使たちの本業は、天地創造と知性付与、高度魔法とその行使能力の継承、それに銀河宇宙の困難の際には、その高度魔法によって銀河宇宙を助けることっていう使命を。
まあ、あの天族ですら自分たちは神ではないと言ってたのに、雇われ人に過ぎなかった天使たちが神を名乗り始めた時点で阿呆しかいなかったのは明白だけどな。
だいたい高度魔法を銀河の民に使わせないのは当たり前だろうに。
なにしろ『強い相互作用遮断』だの『電磁気力相互作用遮断』だの『魔法生命体創造』だの好き勝手に使わせてたら、あっという間に銀河滅亡だったろうにさ。
だけどイザというときには、そういう能力を使って銀河の民を助けろって命令されてたんだろ。
その高度魔法能力すらも使えなくなってたら、自称神界の存在意義が全く無いだろうによ。
これはいつかこの阿呆で傲慢で怠惰な自称神連中に、初期銀河系史を教えてやった方がよさそうだな……
まあ信じたくないから信じようとはしないだろうけどな)
(マリアーヌ)
『はい』
(俺が銀河の初等教育から銀河連盟大学卒業まで学んだテキストの中で、『初期銀河史』っていうジャンルがあるんだけどさ、それをまとめていくつかの映像を作っておいて欲しいんだ。
そうだな、初等部用の概要ものを30分、中等部のものを2時間、大学の詳しいものを20時間ぐらいにまとめておいてくれ)
『畏まりました』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宿泊施設が完成したために、救済部門では本格的な人員募集が始まった。
名目上は、銀河の天使見習い心得たちはまず神界人事部門に配属され、その後募集をかけている部門に転属される。
このため神界人事部門長アルジュラス・ルーセン上級神は、部下を伴って心得たちの居住環境を視察に来た。
そして、大いなる驚愕と満足を得て帰って行ったのである・
神界救済機関に配属を希望する天使見習い心得たちは、所属する恒星系政府に申請するとアイテムボックスを貸与される。
その後、個人の荷物などを『収納』して、大統領府や政府機関などに集合していた。
神界人事部門からの通達により、当該宙域担当初級神のスタッフがこの集合場所を訪れて、まずは宙域担当初級神の神域に転移し、すぐに神界の人事部門宿舎に集められている。
ただし、この宿舎のキャパシティにも限りがあり、一定数の人数が集まるとすぐにタケルの神域内セミ・リゾート衛星に移動していた。
正式に採用が決まれば、後で家族と合流することになるだろう。
ただ、40万の宙域担当初級神の内、およそ30万人がこの通達に従わなかったのである。
理由は、担当初級神もしくはその上司である管区管轄中級神や、さらにその上司である統轄上級神が、強硬な原理派だったためである。
そもそも銀河宇宙に救済は不要であり、その救済に携わる神界救済機関への人員派遣も不要であるという論理だった。
これに対し、神界人事部門長アルジュラス・ルーセン上級神は、人事部門の通達を公然と無視した咎で、通達を無視した宙域統括神の全員を厳重注意処分にした上で、神界人事部門への出頭を命じたのである。
神界裁判所の裁判官は、いままで神界での犯罪行為がほとんど無かったために、わずかに20人しかいなかった。
このために裁判官たちは過労死の危機に晒されることになったのだが、AIたちに簡易審理を任せることでなんとか凌いだようだ。
こうして神界裁判所は、全員に対して1階級の降格処分を下したのである。
初級神などは天使に降格させられてしまったのだった。
出頭にすら応じなかった中級神や上級神は初級天使に降格の上、宙域統括部門を懲戒免職処分となっている。
多くの者はこれを不服とし、最高神政務庁に処分取り消しを求めて提訴したが、そもそも『新興の救済部門を援助すべし』という最高神さまの通達に反していたために、一切の反論は認められなかった。
また、上司の命令に従っただけという初級神の弁明し対しては、『違法命令を受け取った時点で司法機関に対して報告が無かった』という理由によって全ての減刑嘆願は棄却されている。
こうしたことを予期していた神界人事部門により、後任人事は速やかに発表された。
新たな宙域担当初級神はそのほとんどが他部門の上級天使からの昇格組である。
結果として、銀河の宙域担当神たちはその多くが救済派、もしくは中立派となったのであった。
原理派の重鎮であった宙域統轄部門長セルギアル・ミルゲリアも、神格停止処分100年の上厳重戒告処分となった。
その配下の幹部職員も同様の処分を受けたために、原理派の神々はその権勢を大きく減らしていったのである。
どうやらあの救済部門視察団に加わっていた部門長代理アロイラス・ミルゲリア上級神は、自らが属する宙域統轄部門に神界最上層部の意向を伝えることが出来なかったようだ。
最高神さまが政務庁に指示してあのような視察団を組まれた真の意図を認識出来るほどの知性は無かったらしい……
新たに志願した天使見習い心得たちは、続々とタケルの神域内にあるセミ・リゾート衛星に転移して来た。
そうして、まずは地下1階層の巨大ホテルやその周辺のマンション群に割り振られ、およそ1万人ごとにホテルの大ホールにてタケルの説明を受けたのである。
壇上にタケルが立った。
公式行事であるために神威の翼は展開されているが、大勢を前に話をする緊張に全身がやや光ってもいる。
どよめきが広がった。
「諸君、まずは神界救済部門への志願ありがとう。
わたしが神界救済部門の実行部隊長、タケル・ムシャラフ初級神だ」
志願者たちはタケルに興味津々である。
5万年前の銀河の超英雄タケルーさまの生まれ変わりであることは誰もが知っているが、タケル本人の為人は誰も知らない。
「諸君らは既に神界人事部により天使見習い心得に任ぜられている。
したがって、その資格、能力については充分だろう。
よって採用のための面接などは行われない。
ただし、諸君が救済部門に所属して天使見習いになるかどうかは完全に諸君の判断に委ねられている。
この後、救済部門の秘書AIからの部門説明を受けたのちに、本採用を受けるかどうかは自分で決定して欲しい。
また、待遇などを確認するために、今日から10日間はこの居住用人工天体で休暇としてもらいたい。
この天体内での行動は自由である。
その間の質問などは各宿泊施設に備えてある端末や、各人の持つモバイル端末からして欲しい。
秘書AIが答えるだろう。
この天体内の要所には、鍛錬空間への転移装置も配置されている。
そこではわたしとわたしの配下たちが鍛錬や作業を行っているが、これを見学してもらっても構わない。
そして、雇用契約を結んでくれた諸君の最初の任務は、まず自身の総合レベルを上げて貰うことになるだろう。
目標は最低でもレベル300以上、出来れば500以上になることである」
またどよめきが上がった。
「雇用契約締結後は、諸君らには寿命延長の加護が与えられる。
よって、いくら時間をかけても構わないので是非レベル300以上になって欲しい。
そうなればさらに寿命も伸びるだろう。
ある程度レベルが上がった後は、魔石への魔力充填が最初の任務になる。
何故ならば我々は多くの救済用機器のために膨大な量の魔石と神石を必要としているからだ。
例えば機器製造や救済用食料備蓄のために、銀河の神界認定世界全てとこの神域の間に恒星間転移装置を配備する予定である。
そのためには15センチ級神石が6000万個必要になるだろう。
神石への神力充填はわたしが行うが、そのためにも60億個の15センチ級魔石が必要になる」
(それだけの作業を行わせれば、皆の魔力も相当に上がるだろう。
そうすれば神に昇格させて神法を教えてやれば、高度魔法である神法の継承も出来るからな)
またどよめきが上がった。
「また、現在最も力を注いでいるのは、超新星爆発による被害が予想される世界の救済態勢だ。
そのために、現在展開直径5万キロクラスと2万キロクラスの転移結界装置を建造中である」
さらに大きなどよめきが上がった。
「この転移結界装置は、恒星間転移能力を持ち、超新星爆発が観測された後に超新星と生命居住惑星の間に転移し、飛来するガンマ線を重層次元に転移させる予定になっている。
この試みに成功すれば、被害予想惑星の自然環境は保全され、惑星住民が他の恒星系に移住する必要は無くなると期待されている。
尚、救済されるのは神界認定世界だけではない。
知的生命存在世界のみならず、生物が発生している世界はすべて救済するつもりだ。
数十億年後には、この銀河系に新たな知的種族が誕生出来るようになるかもしれないからな。
実際に転移装置に搭乗するのは中級AIになるだろうが、諸君のうちの一部にはこの計画のサポートをお願いしたいと思っている。
もちろんその他の自然災害世界の救済計画も進行中であり、これら救済も神界未認定世界にも広げる予定であり、現在計画を練り、機器を発注しているところである。
まあ詳しくは各居住室に備え付けてある端末、もしくは個人端末より救済部門の秘書AIに確認してくれ。
諸君にはこれより10日間、この居住用天体で暮らしてその住環境をチェックしてもらいたい。
もちろん転移装置経由で我々の鍛錬空間に移動し、鍛錬を見学することも歓迎する。
そうして10日後、順次集合して神界救済部門に所属するか否かの最終意思を確認させてもらいたいと考えている。
契約終了後には、諸君は正式に天使見習いとなり、合わせて呼び寄せた家族ともども寿命延長の加護も与えられるだろう。
わたしからの話は以上である」




